第29話 森に灯る希望 ― 精霊の盟約 ―
――夜明けの森が、青白い光に包まれていた。ルゼリアの大樹の下、ケインたちは再び集まっていた。風の神殿が崩壊して数日。導師の残した“虚無の瘴気”は、森の奥深くへと広がりつつある。精霊たちは姿を隠し、森の気は濁り、花は萎れていた。
「……やはり封印の喪失は深刻だな」
リーフェルが老いた声で言った。
「封印の代わりに“新たな契約者”を立てねば、この森は数日のうちに死ぬ」
ケインは顔を上げた。
「契約者……それは、俺たちにできることなのか?」
リーフェルは頷く。
「可能だ。ただし、森の“主精霊”の認めを得ねばならぬ」
「主精霊……つまり、風の精霊そのもの?」
エリスが息を呑む。
「そうだ。だが、虚無に侵され、正気を失っておる。暴走を鎮め、心を繋ぎ止められる者が必要だ」
リーフェルの視線が、ケインを射抜いた。
「おぬしの中に宿る雷の核――それは“風の精霊”と対の力。ゆえにこそ、呼び覚ませるかもしれぬ」
ケインは拳を握った。
(導師が言っていた……俺の中に“星の血”が流れていると。もしそれが真実なら、この力は――破壊ではなく、救いのために使う)
薄霧の漂う森の奥。
古代樹が絡み合う中を、ケインたちは進む。エリスの”ライト・アロー”が静かに光を灯し、足元を照らす。
「この辺り、空気が違う……」
アイカが呟いた。
「瘴気が薄い……でも、風が重い」
ミーシャが耳を立てる。突然、空気が震えた。低い唸りのような風音――いや、声だ。
『……誰だ……この森に踏み入る者は……』
木々がざわめき、霧が形を取り始める。そこに現れたのは、透き通る翠の巨躯。人の形を模した風の塊。
「風の精霊……!」
エリスが膝をつく。
『……封印が……解かれた……虚無が迫る……我は……怒りに囚われている……』
その声は苦悶と悲嘆が混ざり合っていた。
「お願い、落ち着いて!」
エリスが祈るように叫ぶ。だが、精霊の目が紅く光り、突風が吹き荒れた。
「下がれ!」
ハントが盾を構え、”ウォール”を展開。だが、風圧で光壁が砕け散る。ケインが一歩前に出た。
「……俺にやらせてくれ」
ケインは刀を抜いた。
「……風の主よ。俺は雷を宿す者――ケイン・クロウフィールド。虚無を祓い、あんたを取り戻しに来た!」
『……雷……その名、その気配……まさか、貴様が……』
風が震え、雷光が呼応する。ケインの周囲に青白い電光が散った。
「みんな、援護を頼む!」
「了解!」
アイカが双剣を抜き、”エア・カッター”を放つ。
「”ファイア・ウォール”!」
アリーシャが防壁を展開し、仲間を守る。
「”ヒール”の準備、いつでもできます!」
エリスが祈りを捧げる。ケインが踏み込み、刀を振り抜いた。
「”サンダー・ボルト”!」
雷撃が一直線に走り、風の精霊の体を貫く。だが、完全には届かない。
『……雷よ……なぜ我に逆らう……』
「逆らってなんかいない! お前を“繋ぎ止めたい”だけだ!」
雷と風がぶつかり、光が弾けた。ケインの体を中心に、雷陣が形成されていく。その刹那、頭の奥に声が響いた。
『名を思い出せ……我が
(真名……?)
『我は“ラグネル”。雷と風を司る始源の精霊。お前にその名を授ける。共に、虚無を退けよ』
「――応えろ、”ラグネル”!!」
雷鳴が轟き、森全体が光に包まれた。風の精霊の姿が一瞬にして霧散し、次に現れたのは――翠の髪をした青年の幻影だった。
『……よくぞ、我を呼んだ。契約は果たされた。雷の子よ、我らはひとつとなろう』
ケインの胸が熱く光る。そこに、雷の紋章が浮かび上がる。
「これが……精霊契約……!」
風がやみ、森に再び緑が戻り始めた。花が咲き、葉が光を取り戻す。エリスが感嘆の声を漏らす。
「……森が、息を吹き返してる……」
リーフェルが杖を突きながら歩み寄った。
「見事だ、ケイン。精霊ラグネルとの契約……これで森は再生する」
ケインは額の汗をぬぐい、静かに笑う。
「……あの声が、俺に力を貸してくれた」
「声?」
アイカが首を傾げる。
「俺の中の雷の精霊――ラグネルだ。導師が作った“器”じゃない。自分の意思で呼び覚ましたんだ」
アイカが微笑んだ。
「つまり、あんたが“本当の契約者”になったってことね」
「……ああ。やっと、俺は自分を信じられる気がする」
夜、ルゼリアの広場で。小さな焚火を囲みながら、仲間たちは一息ついていた。
「ふぅ~……やっと一段落ね!」
ミーシャが尻尾を揺らす。
「本当に……生きた心地がしませんでした……」
エリスが苦笑する。
「だが、これで森は守られた」
ハントが杯を掲げた。
「乾杯だな。精霊と人との新たな盟約に」
杯がぶつかる音が静かに響く。アリーシャがケインに目を向ける。
「導師の影はまだ消えていません。ですが――あなたの中の光が、それを打ち払うはずです」
ケインは焚火の炎を見つめながら答えた。
「導師の狙いが何であれ、俺たちは歩みを止めない。“果ての道”がどこに続こうとも、進むしかないんだ」
風が吹く。焚火の炎が揺れ、森の葉が囁く。まるで精霊たちが祝福の歌を奏でているようだった。
夜が更け、全員が眠りについた後。ケインだけが一人、森の端に立っていた。風が頬を撫で、雷光が一瞬、雲間を照らす。
「ラグネル……俺は、お前の力をどう使えばいい?」
『答えは簡単だ。守りたいもののために振るえ。その剣が人を導く限り、我は雷となって共に在る』
ケインは静かに頷いた。
(……そうか。守るために、進むために――)
「ありがとう、ラグネル」
夜空に雷鳴が響いた。それはまるで、精霊が応えるように笑った声のようだった。
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