第20話 烈火の覇者 ― 決勝戦:アッシュ vs カーン ―

――砂の都サンドリア。

灼熱の陽光がコロシアムの円形闘技場を黄金に染め上げていた。群衆の熱気が渦巻き、歓声が嵐のように吹き荒れる。今、ラーミア王国一年に一度の武の祭典――決勝戦の幕が上がる。立つのは二人。


若き炎の拳闘士、アッシュ・フレイム。

そして、歴戦の重戦士、カーン・ドレイク。


年齢差は二十。

だが、漂う気迫は互角――否、それ以上。互いの存在が、すでに伝説のように場を支配していた。


◆開戦 ― 炎と鋼の咆哮

審判の声が響く。

「決勝戦――開始ッ!!」

瞬間、アッシュが砂を蹴った。炎が拳に宿る。

「”フレア・チャージ”!!」

紅蓮の閃光が一直線に走る。カーンはその突進を受け止めるように、巨大な戦斧を横に構えた。

「遅ぇぞ、若造!」

鉄と火がぶつかり合い、爆音が砂塵を巻き上げる。アッシュは拳を打ち込みながら後ろへ跳び、炎をさらに強めた。

「この力、全部ぶつける! ――”フレア・スピン”!」

炎の渦が彼の周囲を包み、竜巻のように広がる。カーンは地を踏みしめ、斧を振り上げた。

「”ストレングス”、全開だァッ!!」

赤い魔力が全身に溢れ、筋肉が膨れ上がる。まるで巨人が動いたかのような衝撃が、闘技場全体を揺らした。炎と鋼が激突。音ではない、爆発が響いた。観客席の一部が揺れ、砂煙が視界を覆う。


獣の咆哮と、闘志の閃光

「ぐっ……!」

アッシュの腕が痺れる。拳を打ち込んでも、まるで岩壁。

「やっぱ、硬ぇな……!」

カーンが笑う。

「だが悪くねぇ! 若者の拳、心臓に響くぞ!」

アッシュは立ち上がり、拳を構え直した。血が滲み、炎が再び燃え上がる。――この男に勝てば、自分は“本物”になれる。

「行くぞ、オッサン!!」

「上等だ、来い若造!!」

二人が同時に踏み出す。拳と斧が交差し、火花が空に散った。アッシュの炎が斧に伝わり、鋼が赤熱する。だがカーンは怯まない。

「熱い……だが、戦場はいつだって熱いもんだ!」

そして、カーンの目が光った。

「終いだァ――ッ!!」

大地を踏み砕き、上段から斧が振り下ろされる。アッシュはそれをかわすと同時に、右拳を突き上げた。

「――”フレア・ナックル”!!」

紅蓮の閃光が炸裂。炎と鋼が交わり、闘技場を包み込む轟音が響いた。砂が吹き飛び、熱波が天を焦がす。


沈黙。砂煙の中に、二つの影が立っていた。一歩、二歩。どちらも動かない。観客が息を呑む中、先に膝をついたのは――カーンだった。巨大な斧が地に落ち、音を立てて転がる。

「……見事だ、若造」

その声に、アッシュの拳が震えた。

「あんたの壁、越えられた気がする……!」

「越えたさ。だが――次はもっと高くなってるぞ」

カーンは笑いながら、アッシュの肩を叩いた。その一撃に、彼の体は再びふらついた。だがその笑顔には、敗北の悔しさよりも誇りがあった。

『勝者――アッシュ・フレイム!!』

観客席が爆発したような歓声に包まれる。旗が振られ、炎のような紙吹雪が舞い上がる。彼の名が、砂漠の都の空に響き渡った。


夕暮れ。燃えるような赤空の下、王家の旗が掲げられた。壇上にはアッシュとカーン、そして準決勝までを戦い抜いた戦士たちが並ぶ。中央に立つのは、ラーミア王国の王女シェリナ。黄金の髪を風に揺らしながら、柔らかな笑みを浮かべた。

「――アッシュ・フレイム。あなたの炎、その信念に王国の名誉を授けます」

彼女が王家の紋章入りの金杯を手渡すと、アッシュは深く頭を下げた。

「……ありがとうございます。俺はただ、拳を信じて戦っただけです」

王女は微笑み、囁いた。

「拳が炎である限り、あなたの戦いは人々を照らすでしょう」

カーンもその隣で笑った。

「若者の拳は、未来の灯火だ。俺の時代は、もう十分だな」

「……そんなこと言うなよ。あんたの背中、まだ熱いぜ」

拍手が鳴り止まない。炎の戦士と、巨壁の戦士――その戦いは、すでに伝説となっていた。


夜、酒場に明かりが灯る。ケイン、アイカ、ハント、アリーシャ、ミーシャ、エリス――仲間たちが全員集まり、ひとつの長テーブルを囲んでいた。ミーシャがジョッキを掲げる。

「アッシュ、優勝おめでとーっ!!!」

「お前らの応援がなきゃ、ここまで来れなかったよ!」

ケインが苦笑しながら杯を掲げる。

「勝者に乾杯。……そして敗者にも」

「おっ、気が利くじゃん雷の兄貴」

「うるさい。お前の拳、明日筋肉痛で泣くなよ」

アイカが笑いながら口を挟む。

「アッシュ、本当におめでとう。でも――次は私が勝つわよ?」

「ははっ、望むところだ!」

笑い声が響き、食堂の灯がゆらゆらと揺れる。エリスが手を合わせ、祈るように言った。

「神よ、この平穏な夜を感謝します」

その祈りに、皆が静かに杯を掲げた。外では、まだ祭りの余韻が続いている。砂漠の風が吹き抜け、遠くに王城の光が見えた。ケインは夜空を見上げ、月を仰いだ。

「……これが、世界を照らす炎か」

アッシュは隣で笑う。

「そうだ。けど俺の炎、次はもっとデカく燃えるぜ」

「なら、俺の雷で試してやるよ」

二人の拳が、静かにぶつかり合った。その音は、小さな雷鳴のように夜空へと消えていった。

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