第19話 風と炎、信念の剣 ― 準決勝の誓い

砂漠の夜が明け、再び太陽が昇る。王都サンドリアの空は燃えるように赤く染まり、闘技場の外壁がその光を反射して煌めいていた。


――コロシアム準決勝。

四人の戦士が残り、観客たちはその名を胸に刻んでいた。


アッシュ・フレイム――炎の拳闘士。

アイカ・ラーミア――風の舞姫。

カーン・ドレイク――老練の重戦士。

ニコラス・グレイヴ――聖光の騎士。


歓声が高まる中、ケインは観客席の最前列に座り、静かに二人の姿を見つめていた。昨日、自らの敗北を経て、彼の胸には奇妙な清々しさと、次なる戦いへの熱が同居していた。


◆第一試合:アイカ vs アッシュ ― 風と炎の舞踏

「両者、構え!」

審判の声と同時に、空気が張りつめる。アイカは軽やかに砂上に立つ。薄布の衣が風を孕み、まるで舞うように揺れた。一方、アッシュは上半身をはだけ、拳に紅蓮の炎を灯していた。

「舞う風か……悪くねぇ相手だ」

「あなたの炎、綺麗ね。でも、燃えすぎると風が消えるわよ?」

軽口を交わすと同時に、砂が跳ねた。アッシュが踏み込み、炎の拳が一直線に迫る。

「”フレア・チャージ”!」

爆音と共に地面が抉れるが、アイカの姿はそこにはなかった。――風が揺らめき、背後から斬撃。

「”ソードダンス・初式”!」

刃が炎を切り裂き、アッシュの肩をかすめた。

「ははっ、速ぇな! でも、俺は止まんねぇ!」

炎が拳に収束する。空気が震え、灼熱が襲う。アイカは剣を交差し、風を巻き上げた。

「”ソードダンス・二式・流風花輪”!」

竜巻のような連撃が炎を相殺し、二人の中心で衝撃波が弾ける。観客席から歓声が上がる。まるで舞と炎の競演――誰もが目を奪われた。だが、アッシュの表情は険しい。炎が弱まり、息が荒い。

「ちっ……まさかここまでとは……」

対して、アイカの額にも汗が滲む。彼女の魔力も限界に近い。

「……そろそろ決めましょう」

二人が同時に詠唱を始める。アッシュの炎が燃え上がり、アイカの周囲に風が舞う。

「”フレア・バースト”!!」

「”ソードダンス・終式・天花”!!」

炎と風が空を染め、光が爆ぜた。結界が唸り、砂嵐が吹き荒れる。視界が晴れたとき、二人は背を合わせて立っていた。一拍――二拍――そして。アイカの剣が砂に落ちた。彼女の肩口から、淡い光が散る。アッシュが振り返り、拳を下ろす。

『勝者――アッシュ・フレイム!』

歓声が爆発する中、アイカはゆっくりと膝をつき、それでも笑った。

「……負けた、か」

「お前の風、マジで綺麗だった。炎が嫉妬するぐらいにな」

「ふふ……お世辞でも嬉しいわ」

アッシュはその手を取り、立たせた。観客は拍手し、砂上の二人に喝采を送る。


◆第二試合:カーン vs ニコラス ― 信念の剣と誇りの戦斧

次の戦いは、力と信念のぶつかり合い。砂上に立つ二人の姿は、まるで古の英雄譚のようだった。

「お前の光、信じる力がある。だが――戦場で勝つのは信念よりも経験だ」

「それでも、信じる心が剣を導く!」

カーンの斧が振り下ろされ、砂煙が上がる。ニコラスは”ライト・ウォール”で受け止めるが、盾ごと吹き飛ばされる。

「ぐっ……!」

衝撃で腕が痺れる。カーンは一歩、また一歩と迫る。その圧はまるで巨人のよう。

「まだ立てるか?」

「もちろんです……!」

ニコラスが剣を掲げ、光が放たれる。

「”ライト・スラッシュ”!」

光の刃が斧を弾き返し、カーンの腕を裂く。だが彼は笑った。

「そうこなくちゃな!」

両者の武器がぶつかり合い、結界が軋む。観客は声を失い、ただ息を呑むだけ。そして、最後の一撃。カーンが全魔力を解放。

「”ストレングス”、最大出力!」

斧が閃光をまとい、ニコラスの剣を叩き落とした。

『勝者――カーン・ドレイク!』

砂煙の中、カーンはニコラスを抱き上げるように支えた。

「いい戦士だった。お前の光、いつまでも忘れねぇ」

「あなたの力……まさに壁そのものでした」

互いに笑い、拳を交わす。


決勝戦への道、そして夜の祝宴。日が沈み、夜風が心地よく吹く。コロシアムの外、灯火の揺れる食堂。そこでは、勝者も敗者も関係なく、仲間たちが集まっていた。テーブルの中央には、焼き鳥と香辛料の香りが漂う豪華な料理。ミーシャが酒瓶を掲げて叫ぶ。

「勝っても負けても今日は宴よーっ!!」

その勢いに、ハントも笑いながら杯を掲げた。

「おう、祝勝会だ! ケインも飲め!」

ケインは苦笑しながらも盃を受け取る。

「……ったく、お前ら元気だな」

アイカは隣で静かに微笑んでいた。腕には包帯が巻かれているが、その表情は晴れやかだった。

「ケイン、悔しくないの?」

「悔しいさ。けど……あの瞬間、お前が俺を超えた。誇らしいよ」

「ふふ、そんな顔して言われても素直に喜べないわ」

「そうか?」

二人は目を合わせ、笑い合った。その笑顔には、戦いを越えた絆があった。アッシュが大皿を抱えて現れた。

「おーい、食え食え! 明日は決勝なんだ、力をつけねぇとな!」

カーンも豪快に笑いながら杯を掲げる。

「決勝は俺とお前の一騎打ちだ。覚悟しとけよ!」

「望むところだ、オッサン!」

酒が進み、笑い声が夜空に響く。誰もが、この一夜を忘れない。ケインはふと窓の外を見た。遠く、コロシアムの上空に月が昇っている。その光を見つめながら、静かに呟いた。

「……世界の果てを目指すなら、まずはこの熱を越えねぇとな」

隣でアイカが頷く。

「うん。私たちの旅は、まだ始まったばかりだもの」

風が吹き、ランプの灯が揺れた。そして、夜は静かに更けていった――。

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