第21話 再出発 ― 砂漠を越えて ―
夜明け前のラーミア王都サンドリア。
昨日までの熱狂は嘘のように静まり返り、街を包む砂の風が穏やかに吹き抜けていた。薄明の中、訓練場の片隅で二つの影が動く。――ケインとアイカだ。ケインは木刀を握り、黙々と素振りを繰り返していた。その動きは無駄がなく、刃筋の通りが音でわかるほど正確だった。対してアイカは、軽やかに双剣を舞わせている。風が彼女の周囲を纏い、砂を弾く。互いに言葉を交わさず、ただ鍛錬に没頭する。昨日の決勝戦で見た、アッシュの「強さ」が、二人の胸に深く刻まれていた。――まだ、上がいる。――そして、もっと遠くへ行かなくてはならない。その思いが、今の彼らを突き動かしていた。
少し離れた木陰から、その様子を見つめる者がいた。白衣を纏い、杖を抱えた少女――エリス。彼女はそっと手を合わせ、小さく微笑む。
「……朝からすごい気迫。二人とも、本当に努力家さんだなぁ」
聖女として、癒しと祈りの道を歩む彼女。だが、どこかその瞳には、憧れのような光が宿っていた。――強くなりたい。ただ守るだけでなく、共に立って戦えるように。エリスの心に芽生えたその思いは、静かな炎のように燃え続けていた。
鍛錬を終え、朝の風に汗を流す二人。ケインが木刀を収め、空を見上げた。
「……いい風だ。砂の国も、ようやく朝が涼しく感じる」
「こっちは涼しいどころか、砂が目に入って最悪よ」
アイカが目を細めながら笑う。
「でも、こうして動くと気が引き締まるわね」
「そうだな。俺たちは戦いの後こそ、鍛え直すべきだ」
彼の言葉に、アイカは頷いた。
「次は……森の国、だったかしら?」
「ああ。スフィン公国の森都ルゼリア。『古のダンジョン』の文献を調べるためだ」
ケインの表情が引き締まる。今回の旅の本来の目的――それは、「古のダンジョン」の最下層と、世界の果ての手掛かりを探すこと。このラーミアでも、重要な情報がいくつか得られていた。
王国魔導院・記録庫にて(前日)
ケインたちは表彰式の翌日、王立魔導院を訪れていた。
案内役を務めるのは宮廷魔導士のサーシャ。
「――これが、古のダンジョンに関する現存記録です」
重厚な扉の奥、薄暗い石造りの部屋には古文書が並び、その中には、ケインの故郷で語られる「果ての道」と同じ文様が描かれた写本があった。ケインが目を凝らす。
「……この紋章、間違いない。フラム共和国の遺跡で見たものと同じだ」
「記録によると、ダンジョンの第78層以降には“樹の迷宮”が存在すると記されています」
「樹の……迷宮?」
「はい。精霊の加護を持つ森の国、スフィン公国の地下と繋がっている可能性があります」
その一言に、ケインの瞳が光る。
「やはり、繋がっているのか……」
サーシャは頷いた。
「古のダンジョンは一つではなく、“世界の根”のように各地と交わっているとも言われています。もしあなたたちがスフィンへ行くのなら、現地の大賢者“リーフェル”に会うといいでしょう」
こうして、彼らの次なる目的地は決まった。
現在 ― 出発の朝
朝食を囲む仲間たち。テーブルの中央には、まだ湯気の立つパンとスープ。ハントが腕を組みながら言った。
「ふむ、森の国か……砂の次は湿気地獄だな」
「ふふ、ハントさんは暑いのも湿気も苦手ですもんね」
ミーシャが尻尾を揺らして笑う。
「でも緑いっぱいの国って、ちょっとワクワクしません?」
「俺は虫が多いと聞いたぞ」
「えっ!?やだやだ、虫イヤ!」
そんな掛け合いを見ながら、アリーシャが静かにスープを口にした。
「……でも、行かなくちゃね。あの森の下に、“何か”があるなら」
「そうだ」
ケインが頷く。
「古のダンジョンの構造を解くには、各地の情報を集める必要がある。ラーミアでは確かに収穫があった。……だが、まだ全貌には届かない」
「全貌、ね」
ハントが低く呟く。
「つまり、俺たちはまだ序章ってわけだ」
「そうだ」
ケインは笑った。
「物語はまだ始まったばかりだ」
昼。一行は王都の外門に集まっていた。砂漠を越え、北西へ向かう街道を進めば、森と湖の国――スフィン公国がある。護衛の馬車に荷を積み、エリスが祈りの言葉を唱える。
「この旅路が祝福されますように……神よ、彼らに風と導きを」
その光が馬車の車輪を照らし、柔らかい光が風に舞った。ケインが空を見上げ、静かに呟く。
「……俺たちの旅が、また動き出す」
「次は森の迷宮。何が出るかしらね」
アイカが笑いながら剣を背負う。
「戦闘か虫退治か、どっちも覚悟しておくさ」
「虫の方は勘弁してほしいけどね!」
ミーシャが叫ぶ。笑い声と共に、馬車が動き出す。ラーミアの白い城壁が遠ざかり、砂丘の向こうへと消えていく。
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