きみへのプレゼント

箔塔落 HAKUTOU Ochiru

きみへのプレゼント

「イズミくん、きみ、今日誕生日だろう」

 そうタケモトに話しかけられたとき、イズミは怪訝な顔をした。理由としては、①その情報が間違っていたからではなくむしろ正しかったこと、②ただし、タケモトとイズミは誕生日を互いに祝い合うような親しい間柄ではないこと、③かてて加えてここはそんな話題を振るにはふさわしくない場所であったこと、などがあげられる。ここ、すなわち戦場である。

 イズミはうつむいて、塹壕をふたたび掘りはじめる。土を掘った経験がほとんどないイズミにとって、その行為は体力以上に精神力を削られるものであった。なんとなく、自身の墓穴はかあなを掘っているような気分になったからである。ただし、「自分はここで死ぬのだ」、という思いは、イズミのなかで、確かに強くあったものの、まだ若いイズミにとっては、「自身の死」という現象があまりにも漠然としたものでありすぎたため、結果としてとらえどころのない、放り出されたような思いで、イズミは「墓穴」と向き合いつづけることとなった。

「ああ」

 押し当てたスコップが土のひときわ硬い部分に押し当たったとき、イズミはようやく返事をした。痺れがきはじめている腕と足に力を籠めるのをいったん止め、タケモトを見返す。タケモトは、にやにや笑いながら、

「去年はどう過ごした?」

「妻と娘とバースデーケーキを食べた」

「そうか。絵に描いたような幸せが、絵に描いた餅に今年はなったわけだ」

「まあそういう言い方をするのならな」

 ふふ、とタケモトはスコップのの部分に両手を載せ、両手の上に顎を載せ、笑う。このときになってようやく、イズミはタケモトが悪意をもって自分に接している可能性にも思い至った。探るような眼でタケモトに目線をやると、タケモトは顔を空に向けていた。

「もうすぐ満月だねえ」

 イズミもまた「もうすぐ満月となる月」に向けて顔をあげる。が、ほんのわずかのあいだに流れてきた黒い雲に、「もうすぐ満月となる月」は覆い隠されてしまい、イズミはそれを見ることがかなわなかった。くやしい、とイズミは思った。くやしい? たかだか満月を一回見られなかったことが? それとも、何か別のことが?

「この戦争は敗けるよ」

 軽妙な調子でタケモトがつづけたので、イズミは一瞬聞き流しそうになる。けれども、その言葉があまりに戦場にふさわしいといえばふさわしいものであったことにすぐに気が付いて、やや驚く。タケモトはひとつ頷くと、

「金の面でもヒトの面でも、圧倒的な不足がわが国にはある。――わが国なんて言葉、一生使うことはないと思っていたがね。まあともかく、蟻が獅子を相手にするようなものだ。掌で愉快な踊りを踊ることくらいならできるかもしれないが、それ以上はない」

「それは……」

 イズミがそう言いさし、言いさしながら続ける言葉をもたなかったとき、視界の隅で何やらがチカリと光った。

「伏せろ!」

 イズミは反射的にそういって掘りかけの塹壕にうずくまるが、タケモトは突っ立ったまま陶然とした笑みを浮かべているだけだ。銃弾はちょうどふたりの間をかいくぐるように飛んでいったが、身を隠さなければ命中するのも時間の問題である。

「イズミくん」

 タケモトがそう言って身を折り、おかしくておかしくてたまらない、とでも言うように笑ったので、イズミは顔をわずかにあげる。

「ぼくからの誕生日プレゼントだ! 犬死にというものを見せてあげようじゃないか!」

 そう叫び走り出すタケモトは、確かに全身全霊をかけて謳歌していた。いったい何をだろう? あれから二十年ほど経ったいまでもイズミは考える。なぜあのときタケモトは蜂の巣にされることを進んで選んだのか。タケモトは狂気に冒されていたのかもしれないし、あるいは、チェスタトンが言うような意味ではなく、どこまでも正気だったのかもしれない。だとすれば、その正気がほかのだれでもない自分に向けられたのはいったいどうしてなのか。イズミにわかるのは、タケモトの死を目の当たりにして、自分のなかの死を恐れる気持ちを思い出したこと、思い出したということは忘れていたということで、忘れていたということを思い出させたのは紛れもなくタケモトの死だったということ。たぶん、それだけだ――と締めてしまいたいところだが、たぶん、ほんとうは、それだけではない。

 それだけではないのだ。

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