第3話 何でもない日とスキル

攻略者協会での会談から、一夜明け―――


​翔は家から徒歩20分ほどの場所にあるカフェに向かっていた。


​いつも適当に着ているジャージ生地のズボンにパーカーではなく、今回は黒地のデニムに薄手のワイシャツ、上にカーディガンを羽織っており、髪も程よくセットしている。


​激動のゲート攻略。そして昨日、半ば強制的に参加させられることになった壮大な計画。あまりにも非現実的な出来事が続き、頭の中はまだぐちゃぐちゃだったが、約束は約束だ。


​「しかし凄いよなステータスって……。身体能力だけじゃなくて治癒力も上がるのか」


​昨日は確かに疲労困憊だった。肉体的なもの以上に、精神的な消耗が激しかった。

それなのに、帰宅してすぐ熟睡すると翌朝には頭も体もスッキリ回復している。この便利な機能がなければ、今日の約束も守れたかどうか怪しい。


​また、三か月も家を空けていたにも関わらず、荒れ放題になっていなかったのは、確認したところ凛香とその家族が定期的に管理してくれていたおかげだった。ポストに溜まった郵便物を片付けながら、改めて思う。


​「ほんと、あいつには世話になりっぱなしだな」


​昨日、協会で白井さんから聞かされた彼女の様子を思い出す。俺を探すために無茶を繰り返していた、と。ただでさえ背負うものが多い彼女に、また大きな心配をかけてしまった。


そんなことを考えながらカフェに到着するが……何やら騒がしい。


​「お、おい。あの子めっちゃ可愛くね!?」


​「バカ、知らないのか。最年少Aランク攻略者の獅子堂さんだぞ。下手に声かけるなよ」


​嫌な予感がして、翔は段差に上って野次馬の向こうを確認する。


​カフェのテラス席に座り、頬杖を突きながら退屈そうにスマホをいじっている凛香の姿が見える。


​自慢の黒髪をハーフアップでまとめ、丈が短いぎりぎりへそが見える位のシャツにワイドパンツ、透かし編みのカーディガンを羽織っている。


全体的に淡い色でまとめており、物憂げな(暇している)表情も相まって普段のスポーティな恰好とはまた違う魅力を醸し出している。


​(……これが、俺がこれから足を踏み入れる世界か)


​昨日まではただ眩しく見えていた光景が、今は少し違って見える。彼女が当たり前のように身を置く喧騒。そして、それに群がる承認と嫉妬の視線。これから自分も、良くも悪くもこれに晒されるのだ。


​となると当然、声をかける者も現れる。凛香の座る席に手を置いてさりげなく近付きながらお茶に誘っている。


​「オイオイオイ、あいつ死んだわ」


​「そういや何で声かけたらだめなんだ。彼氏か親がヤバイとか?」


​「いや、そんなチャチなもんじゃねえ」


凛香は慣れた感じであしらっているが、その態度が男のプライドに障ったのか更にしつこく話しかけ、挙句の果てに凛香の隣に腰掛ける。


「獅子堂さんは昔、悪質な記者にストーカーされた事が原因でああいうナンパとかしつこい男を心底嫌ってるんだ」


「なるほどねえ、じゃ本人が嫌がってるからやめろよってことか」


「いや、違う……」


一切態度を変えない凛香に業を煮やして、乱暴気味に男が肩に手をかけた。


その瞬間ーーーーー


「げぶあっはああああああああああああああああああ!?!?」


 凛香の軽い、ほんっっっとうに軽い裏拳一発で男はぶっ飛ばされ宙を舞い、きりもみ回転しながら人の壁を飛び越え、ゴミ捨て場にぶち込まれた。


「獅子堂さんはその悪質なストーカー記者をどうしたと思う?」


「まさか……」


「その記者は強烈なアッパーカットから流れるような正中線3連撃をお見舞いされ、血と悲鳴を撒き散らしながら建物の3階にまで打ち上げられたんだ。当時はそこそこ騒がれたんだが、記者が極めて悪評高い人物だった事もあり、厳重注意で落ち着いたのさ。そこから語られるようになったのが、」


「獅子堂凛香に手を出すな、ってな」


 ボソリと付け加えて翔は無造作に凛香の座る席に近寄り、声をかける。


「よ、随分早かったな」


​野次馬達は2人目の犠牲者に手を合わせ始めたが、凛香はただジト目を向けるだけだ。


​「……ずっと見てたの、気づかないと思った?」


​「なんだ、手助けが必要だったか?」


​「違っ……そういうんじゃなくて…はぁ、まあ良いわ。あんたに期待したのが間違いだった」


​凛香はため息混じりに肩を竦めて席を立つ。


​「おい、言ってくれんと分からんて!」


そそくさと会計を済ませてカフェを後にする凛香を追いかけて翔も店を出る。


当然、そうなれば野次馬の興味は突如現れた獅子堂凛香と親し気な謎の男に移る。


「お、おい、誰だあいつ!!」


「追え追え!こんな特ダネ逃すわけにはーーってあれ?」


 周囲の人間がはっ、と気づいた時には既に二人の姿は泡のように消えていた。無論、店の扉をくぐる瞬間に凛香が翔の手を取り、〈跳界月兎ホップ・フロート・バニー〉を用いて適当なビルの屋上に瞬間移動しただけなのだが。


 それでも、多くの衆目の中で誰にも気取られずに動けるのは流石のAランクといったところか。この様子だと、凛香もそこそこレベル上げを行っていると推察できる。


「……やっぱぶっ壊れだよな、お前のスキル」


「別に。まだまだ制約も多いし、Aランクに相応しい火力も無いし? アンタのとは大違いよ」


「そんな事ないだろ。戦いにおいて速さってのはとんでもないアドバンテージじゃん。どんだけ飛んでも消費するマナが変わらないってのもエグい」


「ふん……そ。そういえば翔、アンタのスキルは結局何なの?」


「あ、話してなかったか。まだ試運転してないんだよな~。闇を操るってイマイチイメージが湧かなくて、暴発したら怖い」


スキルの説明だけ見たら普通だけど、いざ使うとえげつない火力だったーーという悲劇が産む事件や事故は最近こそ少ないが無い訳ではない。


しかも日本最強である白井遼太郎に並ぶ〈王の力〉。その潜在能力は計り知れない。


「そしたら今日最後が楽しみね。まずは新しく家具を揃えましょ」


「ちょっと待て、買い物って俺の引越しの?」


「私は別に買う物ないし」


「今あるやつでいいよ」


「だーめよ。浅見さんが用意してくれるマンションってどーーーせ攻略者協会近くの一等地よ。気位(笑)が高い人も居るし、ある程度見栄えや格も気にしないと」


「なんかトゲあるな~」


「多分、住んでる大半は協会に出資したり人材を派遣してる富豪や有名大学、企業の関係者とAランクの大半にBランクの中でもトップ層の人達ね。あんな良い所に住んで恭しく接されたら、そりゃ認知も歪むというか。ま、最初は舐められると思うけどぶちのめせばいいわ」


「ねぇ、さっきから血の気多すぎない? 蛮族みたいな事すんのやめてね?」


「今のうちに言っておくわ」


 カツカツ、と靴底を鳴らして凛香は翔の数歩前で歩みを止める。


「いくら日本が法治国家と言っても、法なんかじゃ縛れない〈力〉で回っているのがこの世界よ。皆が皆、ルールを守る良い子ちゃんって訳じゃない。きっとアンタはこれから人とも戦う事になる。ただ門を攻略すれば良いって時代はとっくに終わったのよ」


ーーー本気だ。

伊達に10年来の幼馴染をやっている訳ではない。だからこそ分かる。凛香は翔の事を本気で心配していると。


「ありがとうな。さっさと強くなって、1発ぶちかましてやるぜ」


「自分から喧嘩を売りに行けとはいってない。別に……知り合いが嫌な目にあったら後味悪いなって思っただけだし?」


 そう言って綺麗な黒髪を指先でくるくると弄りながら凛香さらに歩を進める。相変わらず、可愛いものだ。


その後の家具選びは想像以上に順調だった。

殆どの家具を新調する以上、手間がかかると思われたが翔自身、好きな色、サイズ、質感などが決まりきっている人間なので元々使っていた物と似た家具を探すだけ。


「んー……それとそこの棚とテーブル、あとデスクはそこの椅子とセットになってるやつで。食器はこのセットをひとまとめ、えーっと、レンジとかはこのテーブルと同じ色調のやつ……あ、あります?ならその2つ目で、コンロはIHのその色ので。あ、はいそしたらここの住所に配送お願いします」


「…………」


あるのは思わぬ上客に、ほくほく顔の店員とつまらなそうに口をへの字に曲げる凜香の姿だった。


家具店を後にした2人は軽く食事を取り、攻略者協会に歩みを進めていた。


「なーんか、前の部屋見てて思ったけど、アンタって本当にこだわり無いのね」


「まあ、基本バイトしてるか寝てるかゲート関連の資料や本読んでるかの生活だったからな。不便じゃなくて雰囲気が崩れなけりゃなんでも」


「そんな生活、よく2年も続いたわね」


「門との遭遇とスキルを得る事が運ゲーなのはある程度分かってたさ。だけど………強くなれるいつか、を待つのは性にあわなくて。あんな目に遭うのはもう二度とゴメンだ」


「……そ」


思い出したしたくなくて、蓋をしていた記憶が、ほんの少し、隙間から零れて、思わず顔を顰める。


言わんとするところを察したのか、それ以上、凜香は何も追求して来なかった。


代わりに、すぅはぁと深呼吸したかと思うとピタリと立ち止まり、無言で翔の空いた右手をがっと自身の左手で掴む。


そのままAランクの膂力で強制的に手のひらを開かせると、自分の手をそこに滑り込ませた。


俗に言う恋人繋ぎ、というやつだ。


「んな、お前ーー」


「む、昔っっ!……私が色んな事で泣いてた時も、こうしてくれたでしょ」


「何年前の話だよ、全く……」


顔が軽く熱を帯びるのを誤魔化すように、翔はガシガシと頭をかく。

彼女も彼女で、表情を隠すためか俯いている。


傍から見たら恥ずかしい場面であるに違い無い。

だが、不思議とかつての鬱屈とした記憶は鳴りを潜め、何とも言えない心地よい温かさが右手から伝わってくる。


「ま、たまにはな」


「そ。たまには、良いでしょ?」


本当に。本当に、罪な幼なじみだ。

この先、どう関係性が変わるか分からないが、自分は一生彼女に頭が上がらないのだろう、と確信させられた気がした。



​繋いだ手の温もりを噛みしめながら、しばらく無言で歩く。その心地よい沈黙を破ったのは、凛香の方だった。


​「……さて、そろそろ時間じゃない?」

「時間?」


​唐突な言葉に、翔は首を傾げる。凛香は呆れたように肩をすくめた。


​「昨日、浅見さんに言われたでしょ。『明日の午後、スキルの初期テストを行うから協会に来るように』って。私が付き添うことも、もう決まってるんだから」

​「あーー……」


​言われてみれば、そんな話もされた気がする。あまりに衝撃的な事実ばかりを立て続けに告げられたせいで、事務連絡に近い部分は記憶の彼方に飛んでいた。


​「完全に抜けてた……」


​「ま、アンタも昨日今日と色々ありすぎたしね。ちょうど良い時間だし、このまま向かいましょ」


​凛香はそう言うと、繋いだ手を引いて歩き出す。目的地は、昨日訪れたばかりの攻略者協会、日本支部だ。


​「しかし、いいのか?俺、まだ正式に登録したわけでもないのに、協会の施設使って」


​「浅見さんと白井さんの共同要請なんて、誰も断れないでしょ。それに、アンタもすぐにAランク……ううん、Sランクになるんだから、先行投資みたいなものよ」


​「……買い被りすぎだって」


​「事実でしょ。これからは新しいステータス画面に追加された評価値をランクとして見なすそうだから、今がB+評価でも、アンタならすぐ上に行けるわ」


​「へぇ。意外とちゃんとしてるんだな、その辺」


​そんな会話をしながら、二人は見上げるほど巨大な協会のビルに到着する。


昨日とは違い、今日は明確な目的がある。受付で凛香が事情を説明すると、話が通っていたのか、すぐにエレベーターへと案内された。


​地下の演習場フロアに到着すると、エレベーターを出てすぐの広めの休憩スペースのソファに、見知った人影があった。

「遅かったな」

​ジャケットを無造作に脱ぎ捨て、深く腰掛けながらコーヒーを飲む浅見刀祢が、さも当然のように二人を迎えた。


​「うおっ!? お疲れ様です!」


いるとは思ったが、まさか直々に出迎えてくれるとは。予想だにしない登場の仕方に、翔は軽くのけぞりながらもなんとか挨拶をする。


​「お疲れ様です。……今日はありがとうございます」


​「問題ない。お前が予定を忘れているであろうことも想定し、長めに時間をとっている。お陰で多少はゆっくりできた」


読まれている。が、今度こそは動揺を表に出さないよう全力で表情筋を制御する。


「……バレバレだぞ。やはり獅子堂に伝えておいて正解だったか」


ため息をつきながら浅見は演習場への入り口を開ける。


「憑上、念のためお前ひとりで入れ。万が一加減が効かないようなスキルだった場合は俺が止めよう」


「う、うす。お願いします」


荷物を置いて軽装になった翔は意を決してタイル貼りの演習場に足を踏み入れる。


すると、スピーカーから浅見の声が流れる。


『攻撃でも防御でもなんでも良い。とにかく一度使ってみろ』


「.......はい」


スキルで扱うのは闇。いや、でも闇って何だ?という至極当然の疑問にぶつかる。


漫画やアニメの闇属性、というのはデバフや重力、引力、影などが思いつくが、違う気がする。


を象徴するにはそのどれもがイマイチしっくりこない。


『難しければ門の中の環境をイメージすると良い。大体は主のスキルや属性を反映された空間になっている。何かヒントがあるかもしれない』


「門の中.......」


門の中。

無限に続く虚無の空間。何も見えず、聞こえず、触れず、人の感覚と心を侵食し、無に還してしまう漆黒の宙。


そして試練をクリアした時に現れた白い世界。

一見すると何も分からない。だが、あの世界全てを、間違いなくボスモンスターが自身の能力で作り出していた。


攻略者はボスモンスターの力をスキルとして受け継いでいる、という研究もある。となると、このスキルは重力でもデバフでもなくーーー


「.......<無窮ノ魔冠ニグレド・ヴォイド>」


ドクン、とマナが鳴動し、翔の足元から漆黒のオーラが溢れ出る。


それはすぐさまバスケットコート三面分ほどの演習場を埋め尽くし、周囲を暗黒に呑み込んでいく。


本能的に分かる。この闇は翔本人の意思のままに形を変え、と。まだまだこんなものではない。より深くより鮮明に己の闇へ没入する。


すると足元に広がる闇は形を変え、剣に槍、弓矢に盾、人形に家具と大小さまざまな物質に姿を変えた。


「凄い、これ、使い方次第じゃ最強なんじゃ」


「ああ。成長すれば一人で戦争の趨勢を変えてしまうだろうな。将来的には白井に並ぶほどのステータスで無限に武装や要塞を生成して振り回す。しかもこれは基礎の基礎に当たる第一スキルだ。ここに更に強力なスキルが追加されていく。なかなか愉快な話になってきたじゃないか」


「..............」


「心配するな。やつはただ巻き込まれただけにすぎない。まず間違いなくから接触してくるだろうが、好きにはさせん」


「.......はい。お願いします」


そんな二人の会話を他所に、翔はどんどん闇の形を変化させていく。

ぎこちなく動くロボットやマリオネットから地を駆ける虎に空を舞う小鳥へ、そして現れたのはーーー


「なんだアレは。人か.......いや、あの人は」


「翔.......!?」


瞬間、凄まじい密度のマナと闇が演習場を満たし、翔の姿が見えなくなる。



さかのぼる事数秒前ーーー


「これが、闇を操る.......すげえな。これ何でも出来るんじゃないか」


今はまだ少しでも注意が薄れたら闇が崩壊してしまうが、スキルのレベルや熟練度が上がっていけば一人で大軍を相手することも、圧倒的な個の力を前にしてもしのぎ切れる、もしくは粘り勝ちする事だって相性次第では可能だろう。


「もっとだ.......動物とか動く物もいけるか?」


そうしてどんどん闇の深層に潜り、遂に、。そこに気付いた時にはもう既に遅かった。


蓋をしていた記憶。思い出。それらを大事にしまい込んでいた扉の隙間に、スルリと闇が入り込んだ気がした。


「ッッッ!!!?」


突如、スキルの制御が翔の手から離れ、残ったマナの殆どを吸い取って<ソレ>は闇の中から現れた。


影法師のような見た目だが、シルエットははっきりしている。


長髪を後ろに束ね、立派な髭を生やした老人。だが、その肉体は鍛え抜かれ一切の衰えを感じさせない。その眼光は幾重もの死線を潜り抜けてきた猛者そのもの。腰には、一振りの刀を無造作に帯にさしている。


彼こそは、歴代最年長Aランク攻略者にして、生ける伝説、ラストサムライ、とまで謡われた達人。


憑上宗玄。9年前のとある事故と戦いによって命を落とした翔の祖父である。


「う、あ.......なん、で」


突如、闇から現れた祖父の姿に激しく狼狽し、目を逸らした一瞬、いつの間にか刀を抜いた祖父が肉薄していた。


斬られるーーと目をつぶった瞬間、聞こえたのはキインッッ!!と甲高い金属音のような音。


ハッと目を開けると、斬られていた。

ーーーー祖父の形をした闇が。


「やれやれ。持ち主の手を離れて動き出すスキルとなると面倒だな」


いつの間にか翔の隣にはまるで手刀を振りぬいたような姿勢で、浅見が立っていた。


「翔ッ!!大丈夫!?怪我は無い!?意識はハッキリしてる!?」


その直後に血相を変えた凛香が飛び込んできた。


「あ、あぁ……ありがとう。大丈夫、ダイジョウブ」


「ふむ、一度出るか。今後の見通しもある程度立った事だしな」




 3人は演習場を後にし、休憩スペースで一休みしていた。


とうの翔はと言うと、マナ残量がゼロになった時に発生する脱力感と疲労感に襲われぐったりしていた。


「とりあえずあのスキルはお前の精神性が威力と精度を決める代物のようだな。しかも一度マナを込めるとそのマナが尽きるまで現界し続けるタイプだろう。ある程度の制御を覚えるまでは俺か白井、最低でも獅子堂が鍛錬に付き合うべきだな」


「……ありがたい話ですけど、浅見さんのスキルって誰も知らないですよね。公式映像では剣術とフィジカルだけでモンスターぶちのめしてたし」


「確かに。そんなに強いスキルなんですか?」


「いいや、全く」


「「即答!?」」


 まさかの回答に一抹の不安がよぎり、翔の飲み物を飲む手がピタッと止まる。

 自分とまとめて日本を支える要人がお陀仏だなんて、冗談でも笑えないし、その場合は傍にいる凛香も巻き込むことになる。


「俺は立場上、広範囲の雑事に対応することが仕事だ。故にスキルも応用性、万能性に長けたものをボスモンスター.......<門の主>に要求したのだが」


「.......もうアンタ等の口から出てくる話には驚きませんよ」


 Sランクの門を踏破し、試練もクリアするだけでも相当な偉業なのにあろうことかボスモンスターにスキルを寄越せと強気に要求するなど前代未聞だ。


「俺に必要なのは万能なスキルではなく、絶対的な必殺技だと言ってな。火力は申し分ないが何分、小回りが効かない」


やれやれ、と言ったふうに浅見は肩を竦めながら続ける。


「とりあえず明日は手頃なゲートへ潜りレベル上げを行え。試運転もそこで続きをやろう」


「了解で、す……」


 へなへなと力が入らないながらも何とか腕を上げてサムズアップ。

 翔は話の途中で机に突っ伏したまま上体を起こす気力も無いらしい。


「私が送って行きますね。今日はありがとうございました」


「あぁ、口にマナ補充薬を突っ込んででも明日連れてきてくれ」


「……俺の……安息は…………」


 消え入りそうな嘆きの声は誰にも聞き入れられる事なく、虚空へ消えた。



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三千世界の継承者 @be-yama

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