第2話 虚無の王座(2)

『報酬の話をしよう』


黒い靄から中性的な響の声が語りかける。


「報酬……つまりスキル?」


『そうさ。僕たち門の主が自身の力を授けるに相応しい生命に与える事が出来る、唯一無二の報酬さ』


靄の中からにゅっと触手のようなモノが伸び、翔の胸元に当たる。


『僕のスキルは無窮ノ魔冠ニグレド・ヴォイド。無限の闇と虚無を支配する、王の力だ。上手く使ってくれ』


突如、翔の体に膨大なマナが流れ込み、肉体を構成する細胞一つ一つ、血液の1滴に至るまで余すことなく賦活していく。


「う、お、おぉ……?」


リィン、という通知音と共にステータスが目の前に表示された。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

憑上翔 (17) Lv4

スキル:無窮ノ魔冠Lv1 成長性:SS

ライフ:1800 マナ:3000 

パワー:1500 スピード:1000 

⇒能力評価:B+


基本スキル:黒窮ノ魔冠ニグレド・ヴォイド

マナを消費して使用者のイメージ通りに形状、性質、重量、数を変化させる〈闇〉を生成、操作する。生成物は使用したマナが尽きると消滅する。

➡︎派生スキル「?????」「?????」「?????」「?????」


第2スキル:「現在のレベルでは解放不可能」

第3スキル:「現在のレベルでは解放不可能」

EXスキル:「現在のレベルでは解放不可能」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


ステータス全体がとんでもなく跳ね上がるばかりか、翔が聞いた事のない情報も見える。


「第2、第3スキルは聞いた事あるけど、EXスキルって……?」


『EXスキルはそうだね……基本スキルを極めた先にある奥の手や必殺技みたいなモノさ。気になるなら基本スキルをレベル50、第2、第3スキルをそれぞれ25まで上げきったら教えてあげる』


「なるほど、とにかく使い込まないといけないんだな……」


『そうだね。そして、ここからが本題だ』


ピリッと靄の放つ雰囲気が一変する。


『僕が最後だ。この世界に、全ての・・・・が降臨した。門の攻略に新たな要素、〈レベル〉が追加される』


再びステータス画面が目の前に表示され、1つの説明文が追加される。


【全ての王がこの世界に降臨した事により、レベル機能が解放されました。門の攻略やスキルの使用、モンスターの討伐等を行う事で経験値を貯蓄し、一定値に達するとレベルがあがります。レベルが上がると、あらゆる状態異常、生命力とマナの損耗を回復させ、ステータスが上昇します】


「はっ……いやいや、元からなんかゲームっぽいと思ってたけど、これは……!」


『鋭いね』


「………なぁ、まさかと思うけど、これって」


『僕たちは生まれながら、あるゲームに参加させられてるんだ。最後に、最も強い攻略者達が資格を得る。今はこれしか言えない』


そのあっけらかんとした物言いに酷くイラつきを覚える。門は人類に多くの発展をもたらしたが、門が無ければ生きているはずだった多くの命があるのもまた事実。


「ふざけんなよ。お前ら門の主、いや……ボスモンスターが俺たち人間を使って遊んでるってのか!!」


『違う。違うよ、翔。僕たち門の主も盤上の・・・・なんだ』


「はぁ……!?」


門の主からスキルを授かったばかり攻略者でさえ、下手な軍人より遥かに強い。

SやAランクの攻略者が暴れようものなら同ランクの者か軍隊が出動しなければ止められない。


そんな超人達の力のオリジナルである、ボスモンスター《門の主》でさえも駒として遊戯を行う存在。そんなものーーー


「もしかしてかーー」


『おっとそこまで。今はまだ、気にしなくていい。おそらくこれからは強いスキルに加え、高いレベルも必要になってくる。そして、高レベルの存在が一定数に達したらまた次のステージ《・・・・・》が案内される。来る戦いの時に備え、今はレベル上げとスキルの強化に専念するんだ』


ビシリ!と突如空間に亀裂が入り、常闇の虚無に光が差し込むと同時にアナウンスが表示される。


【Sランクゲート、虚無の王座がクリアされました。ゲートは3分で消滅し、巻き込まれた空間を復元します】


『じゃあね、翔。君の運命は大きく回り始めた。また会う時は今よりももっと強くなってることを祈るよ』


「お、ちょ、まっーーー」


言ってやりたい事は山ほどあるが、それよりも先に門の崩壊が始まり、翔は再び何もない空間に投げ出された。


「次!!あった時は!!名前!教えてくれよ!!おあぁぁぁぁぁぁぁぁ」


情けない悲鳴を残して消えていった翔を見送りながら、靄は一言。


『システム。僕の契約者の〈隠しステータス〉を表示してくれ』


リン、と鈴のようの電子音が鳴ると、靄の前にステータス画面が現れる。


『ボクの試練はそもそも、。一体何が味方をしたん、だ……』


隠しステータス。それは門の主や特別な鑑定系スキルを使わないと確認出来ない本人の素質。これを見て彼らはスキルを授けるに相応しい人間を探している。


隠しステータスにはステータス値の詳細に加え、魂の属性や幸運値、血統の格式の高さ等が含まれる。


そして、翔の隠しステータスはーー


幸運値:S(自身の窮地や成長に関わる場面に対しての幸運補正大)

血統ランク:A

魂の属性:善・�����


最後が文字化けして閲覧出来ないが、黒い靄は、何かを確信したかのように高笑いする。


『は、ははははははッ!!!見たか、見たかクソッタレッ!!やっとだ……やっと、ボク達は前に進める……!!』


同刻ーーー

バンジージャンプを恐る恐る飛んだ人のような悲鳴を残しながら翔は次元の壁を抜けて、自分の世界に帰ってきた。

のだが………


​放り出されたのは門に呑み込まれる直前まで居た商業ビルの屋上ーーーと同じ高さの空中。

「は.......?」


​ビルは10階建て。ざっと見でも地上から60メートルはある。いくら攻略者となりマナやステータスが覚醒したとはいえ、翔のレベルは4。しかも覚醒したてでステータスも低め。


​「し、ぬうううううううううううう!!!!??」


​数秒の浮遊の後、重力は容赦なく翔を地面に引き寄せ始める。


あっという間に加速し、地面の染みになるまであと5秒ーーー


​「翔ッッ!!!」


​突如背後から聞き馴染みのある声が響くと同時に、着ていたパーカーの背中部分に兎の刻印が浮かぶ。

​一瞬の閃光と共に、翔は先程のビルの屋上よりも更に数十メートル上空に転移すると共に、ガン!と何か、いやとぶつかった。


​ぶつかったのは、艶のある黒髪にツンとした印象を与える美人顔を涙で真っ赤にした幼馴染だ。


​あの時、確かに翔の背に凛花の指が掠っていた。あの一瞬でギリギリ、スキルのマーキングが間に合っていたのだろう。


​「バカッ!!あんた三か月も何してたのよ!!こんなゲートさっさと攻略して出てきなさいよぉ.......!!」


​「んぇ、3ヶ月!?!?」


​ボスッ!と無言で拳が優しく叩きつけられる。その拳が、微かに震えていることに翔は気づいた。


​「あー、ごめん。遅くなった。だけど無事にスキルも手に入れて戻ってこれたんだ。許してくれ」

「……明後日」

「うん?」

「明後日は1日私に付き合いなさいよね」

せめて1週間は安息をくれ!!と天を仰ぎたくなったが、今現在の生殺与奪の権は凛香が握っているし、心配かけた以上拒否権は無いと翔は自分に言い聞かせた。


​「………わ、分かったよ。明後日の1日で良いんだな」


​凛香は何も言わずにこくりと頷くと、翔の手を強く握った。その手は少しだけ冷たかった。


​その後、何度か転移を繰り返し、無事に二人は地面に着地した。


久しぶりに見る陽の光に、熱を帯びたアスファルトに街を行きかう雑多な音。ああ、帰ってきたんだという感動と安堵で胸がいっぱいになる。


​「……とりあえず、送ってく。あんたの家まで」

「え、でも……」


​「いいから。……ちゃんと帰るとこまで見ないと安心できないでしょ」


​凛香はぶっきらぼうにそう言うと、再び翔の手を引いた。


景色が数回切り替わり、見慣れたアパートの前にたどり着く。


​「……じゃあ、明日。攻略者協会で登録とかしなきゃだから。ちゃんと寝なさいよね」


​「おう。……凛香、その、ありがとな」

「……別に。じゃあね」


​涙の跡が着いた顔をこれ以上見せたくないのか、凛香はそっけなく背を向けて去っていく。


一人、部屋に戻った翔は、鍵を開けながら自分の身体に意識を向ける。門の中で覚醒した力が、血流に乗って全身を駆け巡る感覚があった。


​「これが、ステータス……。本当に、手に入れたんだな、俺も」


​疲れているはずなのに、身体の奥から力がみなぎってくる。世界が昨日までとは違って見える。だが同時に、3ヶ月という時間の重みが現実として押し寄せてきた。ポストには不在票やチラシが詰め込まれ、置いていた花瓶の花は別の花に変わっている。


凛香にはかつてあったトラブルの際に合鍵を渡してある。おそらく彼女の一家がちょくちょく面倒を見てくれていたのだろうか、埃っぽさだけは微塵も無かった。


​(本当に、浦島太郎だな……)


​今はただ、この新しい身体と、失われた時間、そして手に入れた力の意味を、一人で噛みしめたかった。



翌日の午後。うとうと舟を漕いでいた翔は凛香に問答無用で瞬間転移させられ、共に攻略者協会日本支部を訪れていた。


何でも、Sランク相当の門からの単独生還というのは協会への報告義務がある重大案件らしく、いつの間にか担当者との面談まで取り付けられていた。

受付で事情を話そうとした途端、職員の顔色が変わった。数人が慌ただしく奥へと走り、すぐにかなり高い役職であると推察できる職員から最奥の応接室に案内される。

扉を開けると、そこにいたのは二人の男だった。

​一人は茶髪にすらりとした背格好に、高級そうなスーツを見事に着こなした男性。ソファで優雅にコーヒーを飲む彼は、<日本最高の資産家>浅見刀祢あさみとうや


​もう一人はオフィスカジュアルな恰好の金髪の男性。窓際に立ち、穏やかな表情でこちらを見ているが、身にまとう。まるでそこだけ重力が違うかのような圧を持つ彼は<日本最強の攻略者>白井遼太郎だ。


​日本に六人しか居ないSランクの内トップ2が目の前に居る。


彼らのファンがこの場に居たら思わず卒倒してしまうだろう。


入室した2人に気付くと先程までの圧が嘘のように霧散し、人懐っこい笑顔でこちらに歩み寄ってくる。


​「お会いできて良かった!君が憑上翔君ですね!凛香さんから話は聞いていました。彼女、君を探す為に何度も無茶をするものですから止めるのが大変でーーー」


「ちょっーーー」


​「わーーーッ!!!うるさい!黙って下さい!!」


​止まらないマシンガントークを繰り出す白井の顔面に、顔を真っ赤にした凛香が正拳突きをぶっぱなすーーーーが、


「はっはっは、そう照れなくとも良いじゃないですか」


​「ッッこんのバケモン………!」


​凛香の打撃をノーガードで受けても、白井はピクリとも動かない。


えぐい。なんならちょっと怖い。何で殴られてるのにノーダメでニコニコしてんだこの人。


「この後の予定も控えているのでね。いったん落ち着いてくれ」


しぶしぶといった感じで凛香は拳を引き、翔の隣の椅子に腰掛けた。


「憑上君もどうぞ。あ、コーヒー要ります?」


「お、お願いします……」


「白井」


「はい!行ってまいります!」


今まで沈黙を保っていた浅見がそう言うやいなや、白井はコーヒーを用意すべく、応接室を離れた。


​浅見がコーヒーカップを置き、静かに場を制す。


​「奴が居ると話が進まないのでね。まずは生還おめでとう」


白井とは打って変わってクールで事務的で、大物じみた口調である浅見に少しビビりながらも翔は凛香の隣に腰掛ける。


「さて。3ヶ月もかけて門を攻略したのだ。まだ疲れているだろうが、少し付き合ってくれ」


「あ、そこなんですよ気になってたの。門の中は体感時間や五感まで、あらゆる情報と感覚がぐちゃぐちゃになる空間でしたけど、門の中では絶対3ヶ月経ってないんですよ。スマホも生きてますし」


「ふむ。Sランクの門は凄まじい密度のマナを内包しており、1とも言える場所だ。それだけのマナがあれば門の中の時間をこちら側から切り離す事も可能になる。実際、白井は門の中で1年過ごしたそうだが、門の外では1時間しか経過していなかったと話している」


「なるほど……アイツ、やっぱりSランクのボスモンスターだったのか……」


「スキル獲得の為の試練は高ランクな程時間が要る。故になぜ君が入った門では、逆に時間が鈍足化していたか現時点では分からない」


そう説明しながらココアの最後の一口を飲みきった浅見刀祢は姿勢を正し、真っ直ぐ翔を見つめる。


「本題はここからだ。まず最初に聞く……。君が、最後の王だな?」


「ッ……!」


「ふん。まずは腹芸を覚えなければな」


まさかいきなり切り込んで来るとは思わず、動揺を隠せなかった。

あの門の黒い靄は言っていた。最も強い攻略者達が資格を得る。


何かは分からないが、王というのが普通の攻略者より資格を得るのに優位な立ち位置であるのは予想出来る。もし浅見が翔を排除しようとするならーー


「そう警戒するな。別に取って食いはしない」


「あぇ?」


「今、日本は危機に陥っている。ニュースではうまく誤魔化してはいるが、お前の祖父、憑上宗玄が亡くなってから9年。高ランクの攻略者が中々誕生せず、殉職者が増える一方だ。そのため、ゲートの攻略がかなり滞っている」


「そんな事が……!」


「このままでは国が機能不全になり、他国の侵略を受けかねない。そんな時に渡りに船なのがこのレベルシステムだ。スキルが弱くてもステータスの成長で攻略の幅を増やす事が可能になる」


例えば、パンチの威力を2倍に強化するだけ、と言うスキルでも、パワーのステータスが100の人と300の人とでは到達できる水準が全然違うという話だろう。


「そして、検証して分かったのだがどうやら王からスキルを授かったプレイヤーは次のレベルへの必要経験値が他の攻略者より少ない上に、魔冠・・の名を冠するスキルはもれなく強力で拡張性も高いらしい」


「ま、待って下さい!」


「ん?」


「ーーー多いだろ、情報が……!!」


凛香は既に聞き及んでいるのか澄まし顔だが、翔の方は疲労も相まって脳が情報処理を拒んでいる。


「済まないが、我慢してくれ。話はもう終わる」


「う、うす……ッ!?!?」


そこで、翔の首筋に冷たい物が触れる。

振り返ると、アイスコーヒーのグラスを持った白井がニコニコしながら立っていた。


勿論、気配も音も全くしなかった……。


「浅見君から事情は聞いたようですね。憑上君。君には私達と共に王のスキルを存分に振るい、〈日本人攻略者のパワーレベリング〉をお手伝いして欲しいんです」


そう来たか。確かに、無窮ノ魔冠ニグレド・ヴォイドは使い方次第では単体、広範囲、攻撃、防御。その全てに対応できるポテンシャルを秘めていると予想出来る。


そこにレベルアップによる強力なステータスも加われば、敵無しだろう。


「ちなみに俺は現在レベル72、白井は83だ。とりあえずお前は獅子堂とタッグを組み、レベル70……第3スキル解放の領域まで辿り着いて欲しい」


「上がり幅もおかしくないです?レベルシステムが門発生時に適用されたんだとしても」


「この計画を考えついたその時から時間を見つけては片っ端から攻略を進めていたのでな」


「これ、俺居なくてもよくないです? このままのんびり出来る未来は……」


「済まないが絶無だ。俸給は支払うし、装備、衣食住は無論こちらで面倒を見る。状況が落ち着くまでは協力してくれ」


「あ、ちなみに僕は極光の王座という門で、尊星ノ魔冠ドラド・エトワールというスキルを授かっています」


「……!!」


さらっと白井が衝撃の言葉を口にした。


「レベルが上がると知覚面も強化されるのです。直に会って確信しました。君は、僕と同じだと」


完全に外堀が埋められた。ここで下手に嘘を言って切り抜けても、白井は騙されてくれないだろうし、覚醒したステータスとスキルを法に従い登録すれば浅見も知る事になる。


「~~分かりました、降参です、俺もちゃんと協力しますよ」


観念したように両手を挙げてそう応えると、白井はにっこりと微笑み、翔と握手する。


「では、これからは同じ目的を持つ同士と言う訳ですね。待っていますよ」


「連絡や移動の都合上、こちらで用意したマンションに引っ越して貰う。時間は余裕を持たせてあるから1週間で荷造りだけしておいてくれ。必要な物は何でも連絡するといい」


浅見も浅見でそそくさと自分の電話番号とアドレスが書かれた名刺を渡してくる。


まさかの、日本2トップの攻略者の身内となってしまった。

その事実に感無量でいたがーー


「………話は終わりました?明日は私との先約があるので良いですよね?解散ですよね?」


不機嫌モードに入り始めた凛香の絶対零度の声で現実に引き戻された。




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