第2話 過去にさよなら、こんにちは研究所
馬車に乗りながら窓の外を眺める。アステリア家は既に小さくなり、だんだんと街が見えてくる。平らに舗装された道路のおかげで、窓の外をのんびり眺められた。
アステリア家との縁を切る代わりに、国で一番大きな魔法研究学院の魔道具の部署に両親のおかげで働けることになった。簡単ではなかったと思うが、その苦労よりも私との縁を切るほうが両親にとっては重要らしい。それだけ、この世界で魔法が使えないという事実は大きいのである。
窓の外を眺めながら、私はレオナールと初めて会った日のことを思い出す。
グランデ家から何度も断られた初めての食事会がようやく行われることになり、初めてグランデ家の食堂に通されたときのことだ。
食堂に入ると、レオナールは縄で縛られて口を塞がれた状態で座っていた。レオナールの母君が私たちが入って来たのを見て、レオナールの拘束をほどく。
「何度もお断りしてごめんなさい。レオナールのことをよろしくね」
お互いの両親が食堂を出ていく。私はレオナールをちらっと見た。
短い茶髪は主人の性格を表すようにやんちゃにあちこち跳ねており、整った顔は主人の気持ちを表すように目尻は吊り上げられ、口もへの字を作ってる。
相手から話しかける様子がないので、私のほうからレオナールに話しかけてみる。
「あの、レオナール・グランデ様ですよね。私、セリナ・アステリアです」
「自己紹介などいらん! お前みたいなやつと結婚する気はないからな!」
レオナールはキッと私を睨む。
親同士が決めた家の発展のための政略結婚。貴族の世界ではよくある話で、レオナールと私の婚約もそのうちの一つだ。知らないうちに結婚式の日取りまで決まってる始末で、当人の感情は汲み取る気は両家ともにまるでない。
レオナールが反発したい気持ちも分かる。けど、面と向かって言われると私だって私でもムカッときた。
「私だってあなたと結婚したくなんかありません!」
できるなら私は魔導具の研究がしたい。でも私にそんな自由はないから、せいぜい夜な夜な魔道具の本を読んで現実逃避をするくらいしかできないでいる。
反論されると思っていなかったようでレオナールはうろたえる。
「なっ! 偉そうに! お前を嫁にもらう奴なんかいないぞ!」
「結構ですよ! そのほうが私はやりたいことができますから」
「やりたいこと?」
つい勢いで余計なことまで口から出てしまった。レオナールに話したって笑われるに決まってる。でも、もしかしたら少しくらいは理解してくれるかもしれない。そんな期待を少しだけ込めて私は話すことにした。
「私、魔道具の研究をしたいんです」
「くっはははは! 魔法も使えないくせにか?」
案の定、レオナールは笑った。魔法が使えない私が魔道具の研究をしたいと言ったことがおかしかったのだろう。魔法が使えない人ように改良されてる魔道具だってあるのに、レオナールは知らないのか。私はむきになって叫んだ。
「それでも私は魔道具の研究をしたいんです!」
大声で叫ぶと、突然食堂の扉が開いて私の両親が戻ってきて私の頬を叩く。
「セリナ、そんな夢はいい加減捨てろと言っただろ! すまないね、レオナールくん。お互いのためにもよろしく頼むよ」
お父様が慌てた様子で私を叱り、レオナールには粗末な土産を申し訳なさそうに渡すような言い方をする。私の母も申し訳なさそうな愛想笑いを浮かべた。
「セリナ、謝りなさい」
「……ごめんなさい」
私は言われた通りに謝る。私はアステリア家にとっては道具にしかすぎないのだ。誰にも見られないように、机の下で私は拳を握った。
家の事情で婚約者として関係があっただけで、お互いに気持ちなんてない。それでもせめて私は家のために役に立とうと、好きなことを封印して、淑女教育や一般教養などを学んできた。けれど、レオナールは最初から婚約なんてするつもりはなかったのだろう。
もっと早く婚約破棄してくれれば良かったのに。私の今までの我慢を返してほしい。
私は深呼吸をする。過去のことは振り返っても仕方がない。これからは魔道具の研究を思いっきりできるのだから、前を向こう。私はそう決心する。
馬車を下りて私は研究所を見上げた。
国立魔法研究学院。国で一番大きな研究施設で、私が行きたい魔道具の部署だけでなく、魔方陣や呪文など、魔法に関するあらゆる部署がここに詰まってる。
私は改めて服装を整える。長い金髪はどこも跳ねていないか手櫛で直す。服装は貴族と分からないように民衆が着るような手軽なワンピースにした。そしてその上に研究者の証である白衣。しわがないように手で伸ばし、呼吸を整えて心を落ち着かせてから、私は研究所の扉を開けた。
扉を開けると、中に少女が立っていた。
「えっと、あなたは?」
「ここの職員よ。……今、見た目が子どもっぽいからってあたしのことバカにしたわね」
「いえ、バカになんてしていませんよ」
少女が目を細めて私を見る。子どもっぽい、というか子どもにしか見えない。親の白衣を着ているようなぶかぶか具合で、私よりも背が小さい。
少女はツインテールにした赤い髪を揺らす。
「まあいいわ。あんたがセリナ・アステリアよね? あたし、カプリ・コルヌス。貴方と同じ魔導具課の研究員よ。あんたよりここで研究してる歴は長いんだから、先輩として敬いなさい」
「分かりました、カプリ先輩」
「……素直ね。まあいいわ。セリナ、案内するからついてきなさい」
言われた通り、私はカプリ先輩の後をついていく。研究所の職員はなぜか冷たい目でこちらを見る。
「あんた、自分が冷たい目で見られてるの分かってる?」
カプリ先輩が話しかけてくる。
「あんたがコネで勤めたせいよ。みんな厳しい試験を乗り越えてここに来たっていうのにね。ここの所長はそういうの許さないと思ってたのに。これだから貴族は嫌いなのよ」
カプリ先輩が振り返って私を睨む。
「言っておくけど、あたしもあんたのこと認めたわけじゃないから」
そう告げるとカプリ先輩はさっと前を向いて歩きだす。よっぽど嫌われているみたいだ。嫌われるのには慣れている。家の中でもいつも同じような扱いだったから。でも、仲良くなれたらな、という淡い期待はもう持てそうにない。
「ここがあんたの机。あたしはあんたの教育係だから何かあったらあたしに言いなさい。じゃあ、あたしは仕事に戻るから」
カプリ先輩はさっさとその場を去る。私は深呼吸をした。
私がしたいのは魔道具の研究だ。たとえ嫌われていたとしても、好きなことができる環境にいるだけ前よりマシである。そう自分に言い聞かせて、私は椅子に座った。
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