エピローグ「それでも、愛は拳より強くて」

【ジュリアとイヴ】


 シスターズ・ジム本部は、かつてない被害を受けた。


 聖水はすべて下水へ流され、グローブは灰となり、シスターたちは誇りまで脱ぎ捨てた。

 悪魔の呪縛が解けた今、シスターたちはようやく我に返り、呆然と立ち尽くしていた。


 


「さて……地獄の始まりですよ」


 


 ジャージ姿のジュリアが、仁王立ちで告げた。


 彼女が最初に向き合ったのは、イヴだった。


 


「貴女は、信仰は不真面目、教典も暗記してない、リリリリスに頼ってばかりで、ボクシングの基礎もできてません」


 


「いやそれ、今さら言う……?」


 


「全部、鍛え直します。覚悟しなさい」


 


 ジュリアはミットを掲げる。


「さあ、“ミット打ちしながら教典の暗記テスト”ですよ。間違えたら腹パン。文字通り、肝に刻み込ませてあげます」


 


 数分後、イヴは汗だくで床に倒れ込んでいた。


 


「……アンタが一番の悪魔だろ……」


 


 それでも、彼女は笑っていた。


 叱るジュリアがいて、励ますシスターたちがいて。ここには、自分の居場所がある。


 「信じる神が違っても、家族だ」と言ってくれた誰かがいた。


 


 だから今日も、ボロボロの腹を抱えながら、イヴは拳を握る。


 


「……ったく……やってやんよ……家族だろ、私たち」


 


 


【メイとパウロ】


 長かった戦いが終わり、屋敷には静寂が戻っていた。


 変わったことといえば──


 


「パウロ様、今夜は“わたくし”から抱きついてもいいですわよね?」


 


 妻がちょっと積極的になったくらいだ。


 それに対して──


 


「え? えっと、うん……ま、まぁ、いいよ……!」


 


 パウロの方も、まんざらでもなさそうだった。なんだか最近、頼られるのも、押されるのも悪くないと思ってしまっている。

 ──もしかするとあの一件で、少しばかり性癖が歪んだのかもしれない。


 


 ある晩、二人で庭を眺めながら、パウロがぽつりと口にする。


 


「……ペルフェコールとリリリリス、地獄に帰ったのかな。それとも……消えてしまったのかな」


 


 メイは思わずくすりと笑ってしまう。


 


「あら、悪魔の心配なんてしてるんですの?」


 


 パウロは首を横に振った。


 


「違うよ。ただ……もし彼らがどこかで生まれ変わることがあったらさ。

 今度は、誰かを不幸にするんじゃなくて──幸せになってほしいって思っただけ」


 


 


 メイはそっと、パウロの手を取った。


 


「……彼らは誇っていましたわね。永遠に変わらない愛を」


「うん」


「でも、それってつまらないものですわ。だって、“変わらない”ってことは、進まないってことですもの」


 


 彼女の指が、パウロの手を強く握る。


 


「人間の夫婦は、すれ違いますわ。誤解して、喧嘩して、時には口もきかなくなる。でも──」


 


 微笑んで、目を閉じる。


 


「何度だって、仲直りできる」


 


 


 言葉の一つひとつに、確かな想いが込められていた。


 それがどれほど尊いことか、悪魔たちは知らなかった。


 


「だからこそ、今この瞬間の幸せを……わたくしは、何より大切にしたいのですわ」


 


「……うん、俺も」


 


 唇と唇が触れ合い、小さなぬくもりが伝わった。


 たとえ明日、またすれ違っても──

 この温もりがあれば、二人は何度でも、やり直せる。


 


 


 ボロボロになっても、なお立ち上がる人間の強さ。

 その拳にこそ、祓えぬ悪魔などいない。


 


 


 ──これが、彼女たちの物語。


 


 


人妻と筋肉メイドと悪魔憑き──完。

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人妻と筋肉メイドと悪魔憑き 青島シラヌイ @shiranuiA

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