第11話 後編「ウチの居場所なんて、なかったのに」
【リリリリス視点】
「なんでや……! なんで、アンタの魂が……ッ!」
内側から、光が灯っていた。
それは、確かに“祈り”だった。
リリリリスの中で、イヴの魂が呼びかけていた。
神に──そして、家族を名乗る者たちに──初めて、自らの意思で助けを求めていた。
『神様、どうか、アタシを見捨てないで──
アタシは……ほんとは、ずっと、寂しかったんだ……』
その声が、灼熱の雷となって腹を穿つ。
「がぁあああああッ……!!」
灼ける。
内臓が、骨が、魂が、祈りの光に焼かれていく。
リリリリスはのたうち回りながら、思い出していた。
自分もまた──元は、人間の女だったことを。
────
かつて、名も無き地の女だったウチは、些細なことで夫と喧嘩した。
夫はウチの言い分を聞かず、その地の長も夫の肩を持った。
ウチは悪者にされて、一人追い出された。
夫はすぐに後妻を娶り、ウチのことなど忘れてしまった。
その理不尽が許せなかった。
ウチは“あの方”に祈った。神ではない、別の存在──
ウチの怒りと悲しみを理解してくれる、闇に棲む誰かに。
それが地獄への入り口だった。
ウチは女悪魔リリリリスとなり、ウチを捨てた男の血を引く子孫を、
一人また一人と堕落させていった。
愛されたかったのに。
ウチに「帰ってこい」と言ってくれたのは、悪魔だけだった。
────
だからこそ──
イヴに惹かれた。
孤独と怒りに満ちた魂。
神に憎しみを抱き、周囲からも浮き、罵倒され、拒絶されていた少女。
それは、まるでかつてのウチだった。
(そやから、ウチは……アンタを選んだんや……)
だがイヴは、違った。
ジュリアという女は、イヴの傷を赦した。
“信じるものが違っても、家族だ”と叫んだ。
それだけで……イヴは、ウチじゃなく、光のほうを選びおったんや。
「なんでやぁああああッ!!」
苦悶の叫びがリングに響く。
ジュリアが踏み込んできた。
「リリリリス。貴女に“屈辱”を与えます」
その瞳に、怒りはなかった。
ただ、悲しみと──“覚悟”だけが宿っていた。
次の瞬間、鋭いボディブローがウチの鳩尾に突き刺さる。
「ッぅああ……げぇぇえっ……!!」
鳩尾が潰れ、胃液とともに絶叫が噴き出した。
ウチはリングに崩れ落ち、腹を抱えて嘔吐する。
……そして周囲の様子が変わった。
正気を取り戻しつつあるシスターたちの目が、私に向けられる。
軽蔑、侮蔑、そして──嘲笑。
「下品な声で堕落を煽ってたくせに、嘔吐してみっともないわねぇ」
「ほら、ジュリア様! とどめを!」
ウチは、身をよじりながら懇願する。
「やめて……やめてぇな……お願いや、やめて……」
だがジュリアは無言でウチの顔を掴み、強引に立ち上がらせた。
「メイ様にしたことのお返しです。私の腹筋に、キスしなさい」
そして、腹筋に──
自らの汗に濡れたその場所に、ウチの顔を無理矢理押し付けた。
「ぎゃああああああああッ!!!」
塩味の混ざった汗が、口に入る。
これは──ウチがメイに味わわせた“敗北の味”……。
「こんな……ウチが、こんな……!」
叫びと共に、ウチはイヴの肉体から弾き飛ばされた。
まばゆい光の渦の中で、ウチは消えていく。
その瞬間、イヴにだけ聞こえる声で、ウチは囁いた。
「ほんまに妬ましいわ、イヴ……。ウチの最初の夫を奪った後妻と、同じ名前したアンタが……家族を持てたなんて……」
そして、ウチは塵と化した。
──
イヴは崩れ落ち、顔を覆って震えていた。
「なあジュリア……アタシ、もう悪魔祓いできねぇ……。破門か?」
ジュリアは無言で、そっとイヴを抱きしめた。
「……いいえ。
ゼロから、やり直しましょう。
一緒にね、家族として」
イヴは声を上げて泣いた。
誰かに許されたのは、生まれて初めてだったから──
(つづく)
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