第11話 福岡藩10代藩主 黒田斉清 出生の秘密
福岡藩黒田家の血脈は一般的には6代黒田継高で途絶えたとされます。藩祖黒田入水、初代長政公の血筋を引く女系の縁戚から後継者をという話もあるなかで、御三卿の一橋家の案をのみました。黒田継高の養子となった7代黒田治之は一橋徳川家、8代黒田治高は多度津藩京極家から迎えています。治高公は福岡に入って半年たたずに病にたおれて亡くなります。短い期間なので実績には乏しく、藩内を巡見した事と山笠を見物したと記録にはあります。元々真言宗だったので博多の東長寺に2代忠之公、3代光之公と並んで大きな五輪の塔のお墓があります。
易儲(えきちょ)事件
福岡藩は9代目には第11代将軍徳川家斉の実弟、黒田斉隆を一橋徳川家から迎えますが福岡に入国して2年余りで若くして福岡城にて死去します。NHK大河ドラマで悪役になっている生田斗真が演じている徳川治済が、福岡藩主になった黒田斉隆の父です。一橋徳川家は跡継ぎがいない大名家にも養嫡子を送ります、福岡藩としても藩の安泰を考えるとできるだけ将軍家に近い血筋の養嫡子がほしかったと思います。
さてこの一橋徳川家から迎えた黒田斉隆は1795年に世継ぎがいないまま19歳という若さで亡くなります。当時は跡継ぎが無ければお家断絶でお取り潰しの恐れがありました。斉隆の死をしばらく隠して、新間の方が妊娠中で生まれるのを待ちましたが姫君でした。そこで秋月藩の8代藩主、黒田長舒は自分の四男と取り替えます。
この後の福岡本藩10代目藩主斉清となる松次郎は公式には斉隆と側室、新間の方(真妙院)となっています。嫡子の松次郎(後の斉清)は生まれて9ヶ月目で福岡藩の藩主となります。当然藩政はとれないので黒田長舒(ながのぶ)が藩政を執ります。これが本当だとすれば斉清は黒田家の血筋を引く事になります。途絶えたはずの血筋が秘密裏に復活した事になり、長政が支藩として分家した血筋のバックアップシステムがここで秘密裏に実を結びます。
この話は秋月博物館の特別展、黒田長舒展で紹介されていてある程度の信憑性はあります。残念ながら次の福岡藩11代藩主は薩摩より黒田長溥が就任して再び藩祖以来の血筋は途絶えました。信じるか信じないかはあなた次第です。
福岡城の謎 黒船屋 @kurofuneya
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