第15話「完璧な家族」
リングを離れて間もなく、マヤはクロウからの“優勝者特典”として、地下施設最奥の謁見の間へと招かれた。
薄暗いホールにはシャンデリアが煌めき、玉座に似せた椅子の上には――
ソウタが、座っていた。
その隣にクロウ。どこまでも明るく、どこまでも無邪気な、気持ちの悪い笑顔。
「よく来たね、マヤちゃん。優勝おめでとう」
床に目をやった瞬間、マヤの息が止まる。
血と汗にまみれた――ミク、ルミ、そしてエリカが、ぐったりと横たわっていた。
「……っ! これ……アンタがやらせたの……?」
「うん! 新しい支配人の下には、古い駒はいらないからさ。ま、一斉処分ってことで“罰ゲーム”してもらったけど――うちの子が気に入りそうなコたちは、拾ってきたよ。マヤちゃんにも気に入ってもらえると思って♪」
サディストの言葉にしか聞こえなかった。
だけど、クロウは本気で“良い仕事をした”つもりなのだ。
「ソウタ……!」
駆け寄るマヤに、ソウタは虚ろな目を向けた。
その目には、涙も怒りも、もう何も残っていなかった。
「やっと来たね、お姫様」
そう呟いたのはクロウだった。
「息子の下に、ついに白馬の王子様……いや、逆か。白馬のお姫様が現れたってことかな? いやぁ嬉しいな。僕の夢がついに叶うなんて」
「……は?」
「いやだってさ、強い女性に奉仕する悦びを味わうってのは――“僕の息子”として当然の道でしょ? ねぇマヤちゃん、君ならわかってくれるよね? 可愛いソウタのハジメテを、奪ってくれるんでしょ?」
その瞬間、マヤの中で何かが切れた。
クロウの頬に拳を叩き込もうとする。しかし――
「ッ……!」
その拳は、別の拳に止められた。
ゴッという重い音とともに、空気が震える。
黒衣の女。そのフードの奥から現れたのは――美しい女だった。
若々しく、艶やかな黒髪。完璧に整った筋肉と、研ぎ澄まされた眼差し。
それは、恐ろしくも――美しかった。
「夫への狼藉は許さない。無礼な“娘”には……お仕置きが必要だわ」
「……誰よ、あんた……!」
「ご紹介しよう、マヤちゃん!」
無邪気な声が割って入った。
「この人は僕の妻――ボタンだよ。強くて、美しくて、完璧な僕の女神さ!」
クロウの瞳は、愛に狂った信仰者そのものだった。
「彼女の“強さ”を永遠に保つために、僕はあらゆるものを献上したんだ。
トレーニング環境やスパーリングパートナーだけじゃない。アンチエイジング手段も世界中からかき集めた。臓器提供から、違法クローンの研究から、軍の極秘プロジェクトから……なんでもやったよ! すごいでしょ? その成果の一部は僕も分けてもらってるから、ほら、この若さ!」
「おい、待ってくれよ……黒衣の女って……」
ソウタが震える声を漏らす。
「俺を殴ってた、お前が……俺の……母親……?」
「ええ、ソウタ。あなたは私の息子。クロウに似て弱くてかわいい子になったようね。ま、夫の教育方針だったのだから仕方ないけど」
笑っていた。この女もまた、壊れていた。
だが――
「うるさい……っ!!」
マヤの拳が、ボタンに食らいつく。
衝撃音と共にボタンの身体が一瞬揺らぐが、すぐに反撃の拳が飛んでくる。
防御も回避も通じない、暴力の嵐。それをマヤは、怒りで受け止めた。
(エリカの痛みを、ルミの誇りを、ミクの涙を、ソウタの心を――全部、全部、背負ってやる!)
殴り合いの末、マヤの右ストレートがボタンの顎を捉えた。
空気を裂いて、一発――叩き込む。
「人が人を好きになる理由は、誰かに強いられるものじゃない!!」
ボタンが、ついに後退る。
その姿を見て、ソウタの瞳に――小さな火が灯った。
「……俺も、立ち向かわなきゃ……。こんな両親の狂気に……“好きな人”のために、俺自身で終止符を打たなきゃいけないんだ……!」
その時、ようやく――マヤとソウタの物語が、“二人”のものとして動き出した。
(つづく)
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