第13話「歪んだ愛のかたち」

仮面を外したクロウ――いや、自分の実の父親――は、童顔の笑みを浮かべたまま、まるで子供に絵本を読み聞かせるような口調で話を続けた。


だが、その内容は、悪夢だった。


「うちのお嫁さんは強いでしょ? もう、ほんっとに強いんだ。あの人に犯されたとき、僕、なにかに目覚めちゃったんだよね。神さまだって思ったんだ。あんな女神のために僕は働いて、貢いで、這いつくばって……それが、幸せだった。

もう何でもしてあげたくなっちゃって……時計、ジュエリー、ジム、ジム用のリング、スパーリングパートナーの手配。いくらでも貢いだよ。僕んちはもともと裕福だったから、最初は家の資産とか、株とか、そういう“まともな金”を使ってたんだけどさ……すぐに足りなくなっちゃってねぇ」


微笑みながら、クロウは目を細めた。


「だから、ちょっとずつ“そっち側”にも手を出したの。金が湧いて出てくるルートって、探せばいくらでもあるんだよね。で、気がついたら、地下のリングとか、傭兵派遣とか、輸出入とか、なんかいろいろやってて……ふふっ、いつの間にか“成り上がり”ってわけ」


ソウタは冷や汗が背中を伝うのを感じた。


「ボタンがね、妊娠したとわかったとき、僕はもう有頂天だったんだよ。でも……男の子だった。だから僕は考えたんだ。この子には僕と同じ“奉仕の悦び”を教えてあげたいってね」


言葉の一つ一つが、針のようにソウタの胸を刺す。

それでも、彼は黙って聞くしかなかった。あまりにも、異常すぎて。


「だから、決めたんだ。僕の息子も、同じように育てなきゃって。あれこれ与えるよりも、何も持たせずに苦労させて、強い女性にひざまずかせる環境を作るほうが、きっと“正しく”育つ。でしょ?

だから、病院で……ちょっと、入れ替えたの」


まるで、それが善行であるかのように。


「……なに?」


「君の“お母さん役”はね……いかにも“庶民”って感じの、理想的な育成環境だったんだよ! それに比べて、うちの子・・・“息子代理くん”は、おっとりした上流家庭の教育しか受けなかったから、もったいないでしょ?」


クロウは両指で輪を作り、にっこりと微笑んだ。


「でね、ちょうど君の“お母さん役”が勤めていた会社が経営悪化していたから……ちょっとだけ、ね?

手を回して倒産寸前に追い込んだんだ。案の定、君は金のために、”お嫁さん選抜会場”に来てくれた。この地下リングにね」


「……どうして……そこまでする……?」


「愛してるからに決まってるじゃないか!」

クロウの声が跳ね上がった。無邪気さにひとかけらの狂気が混じる。


「君はね、僕が育てた“理想の息子”なんだよ。強い女に憧れ、逆らわず、従う悦びを知る男……それこそが男の完成形だと、僕は信じてるんだ!」


信じてる? 信じてるだって?


「たとえばさ、ミクちゃん。彼女と“息子代理くん”の縁談も、全部僕が仕組んだんだよ? 血が繋がっていなくても、うちで育った子なら強い女性が好きなはず、って思ってさ!」


クロウはうれしそうに手を叩いた。まるで大成功のいたずら話を語るかのように。


「……じゃあ、俺がもう、誰か好きだったらどうするつもりだったんだよ」


ソウタの心に、氷のような冷たさが広がっていく。


「え? そんなことあるわけないじゃん。だって君、僕の息子だよ?」


その瞬間、心がぷつんと切れた。


ああ、わかった――この男は、本当に、人の気持ちというものがわからないんだ。


他人がどう感じるか。どう傷つくか。どれだけ苦しむか。


その想像力が、決定的に欠けている。


正真正銘の、人格破綻者――。


「俺のせいで……あの人たちが……」


目の奥に、今まさに無表情のまま殴られ続けているルミさんの姿が浮かんだ。

それに、血まみれで、それでも笑っていたミクさんも。ほかのたくさんの女子選手たちも。

これまで地下リングで辱められてきた“生贄”の男性たちも。


俺のせいで、傷ついた人が、こんなにも――


「う、あ……っ……」

視界がぐにゃりと歪んだ。立っていられない。言葉も出ない。

吐きそうだった。悲鳴をあげたかった。でも声が出ない。


「うふふ、ソウタくん? どうしたのかな?」

クロウは、心配そうに――いや、本当に心配しているつもりで――首をかしげる。


「嬉しすぎて、泣いちゃった?」


違う。違う。違う。違う……!


でも、言葉にならなかった。

声も、思考も、涙も、ぐしゃぐしゃに壊れて――


俺の心は、そのまま崩れ落ちた。


(つづく)

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