第12話「怒りこそ、正義」
【マヤ視点】
地下リング、準決勝。
リング中央に立つマヤの前に、紫のレオタードを身にまとった女王様――ルミが現れた。背筋は伸び、顎は高く、しかしその瞳の奥には、いつもの怜悧な光ではなく、どこか翳りがある。
「ごきげんよう、庶民。……今日こそ、この美しき女王様があなたの無敗神話に終止符を打ってあげるわ」
ルミはいつものように観客を煽り、堂々とした足取りでリングへ上がる。だが、観客の歓声が波打つ中、彼女は観客に聞こえない小声でマヤに語りかけた。
「……お願い、今日だけは……勝ちを譲ってほしいの……。私は国家の正義を背負ってる。警察庁の名に懸けて、あなたを“罰ゲーム”になどさせたりしない。ちゃんと、保護する手筈も整えてあるの」
マヤは短く息を吐き、彼女をまっすぐに見返した。
「ルミさん。あなたを、仲間としても女としても尊敬してる……でも、ごめんなさい」
肩を震わせながらも毅然とした声で、マヤは続ける。
「私は……義理の娘を駒に使うような外道を、誰かに任せて済ませるほど大人じゃない。これは、私の怒り。私の戦い」
ゴングが鳴ると同時に、二人の拳が火花を散らす。
女王様スタイルの冷徹な打撃と、美しさをも内包した正統派ボクシングが、リング上で激突する。ルミの技術は確かだったが、マヤの拳には、これまで共に戦ってきた仲間たちの痛みと怒りが乗っていた。
三ラウンド、ルミのガードが崩れた隙を突き、マヤの右ストレートが彼女の顔面を打ち抜く。
カウント10。勝者、マヤ。
ルミは倒れたまま、小さく笑った。
「……やっぱり……貴女でよかった……。この怒り……どうか、終わらせて」
観客の声が止む中、ルミはゆっくりと立ち上がり、凛とした顔でマヤに言った。
「拷問の訓練は、ちゃんと受けてますから……心配、いりません」
嘘だ。嘘に決まってる。
それでもルミは、まるでギロチン台に登る女王のように背筋を伸ばし、リングの外に姿を消した。
マヤの拳が震える。
(絶対に……負けられない。私は、誰の怒りも裏切らない……!)
【ソウタ視点】
「それでね、ソウタくん。あの日のことが、すべての始まりだったんだ」
クロウ――仮面を外したアングラ卿の童顔は、まるでソウタを鏡で見ているかのようだった。四十を過ぎた男の顔とは思えない。どこか愛嬌があり、同時に底知れぬ不気味さを湛えていた。
「僕が大学生のころ、酔った勢いでね、一人の女の子にちょっかいをかけたんだ。そしたら、その子、格闘家でさ……逆にボコボコにされちゃって」
ソウタは聞きたくないものを聞いている感覚に陥る。クロウは構わず続ける。
「その子、ボタンっていうんだけどね。実家の道場が借金でつぶれて、家族も離散して路頭に迷って、もう自暴自棄だったみたいで……うっかり僕の童貞、奪っちゃったんだよね。ははっ、ひどい話だよね。僕、泣いちゃってさ」
ぞくりと寒気が走った。
「でもね、僕、惚れちゃったんだよ。強くて、冷たくて、それでも僕を見てくれる女に。あの夜のことは、怖かったけど……同時に“恋”だったんだ」
「やめてくれ……」ソウタは呻く。
「どんなものでも与えて、好きにさせた。そして僕たちは結ばれたんだよ、ソウタくん」
ソウタの視界が歪む。
その場の空気が、異様なまでに冷たくなる。
この狂気のトーナメントの核心が、いまソウタの前に露わになる――。
(つづく)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます