第8話 前編「戦場の外で泣く人」

軍人口調の若い女性は、テーブルの横で直立し、

まっすぐエリカを見つめていた。


「上官殿、ご無事で何よりです。…遅れてしまい、申し訳ありません」


まるで舞台でも見ているようだった。

けれど誰も笑わなかった。私も、ソウタも、そしてエリカも。


「…エレンか。まさか、本当に来たとはな」


エリカが目を伏せ、苦く笑う。


「この者は、我が士官時代の直属の部下だ。名はエレン。

かつての私は、彼女を含めた精鋭部隊を率いていた」


「エリカ……あなた、本当に……軍人だったのね」


「元、だ。軍紀に背いた女など、もはやただの亡命者にすぎん」


エリカは椅子に深く腰を沈め、肩で息をした。

一瞬だけ、彼女の目の奥に、孤独がにじんだ気がした。


「私が軍に入った理由は…下らんものだった。“屈強なオトコに囲まれたかった”、ただそれだけだ」


ソウタが「は?」と声を漏らしたが、誰も突っ込めなかった。エリカは真剣だった。


「私は男に飢えていた。ただの欲望だったが、軍で私は有能だった。

名声を得た。部下も得た。だがその地位に甘え、男たちに軽いスキンシップや冗談交じりの言葉を投げるようになった」


「…セクハラ、みたいな?」


私の問いに、エリカは小さく頷いた。


「当時の私は、己の行いを“親しみ”と錯覚していた。

“私が鍛えた男たちは、その程度では壊れぬ”と傲慢だった」


そして、言葉の重みが増す。


「ある任務中、部下のひとりが敵地で孤立した。

私は単独で救出に向かった。だが、そこで待ち構えていたのは――」


エリカの目が、僅かに強張る。

彼女の声が、乾いたように続く。


「そこには…私を待ち伏せたゲリラがいた。複数だ。

彼らは私の装備を奪い、地面に組み伏せ――」


言葉を切った。

見ているこっちまで、身体が強ばる。エリカは唇を噛みしめるようにして続けた。


「私は…戦場で何度も死にかけたが、“その瞬間”ほど恐ろしいと思ったことはなかった。

相手は弱い。素手で十分に勝てた。けれど、“犯される”かもしれないという恐怖に、身体が動かなかった」


沈黙が流れた。喉が詰まった。あのエリカが――あの傲慢で強気な彼女が。


「何とか返り討ちにした。だがそこに、後から部下が駆けつけた」


エリカは拳を握ったまま、俯いた。


「私の軍服は乱れ、敵の死体に囲まれ、血に濡れていた。

…私の姿は、“裸で男たちに襲われていた”のではなく――

“セクハラ女上官が、男をいたぶっていた”と映ったらしい」


静寂が走った。


エレンが、わずかに視線を伏せる。


「それで、エリカさんは――」


「――軍法会議にかけられた」


そう言って、エリカはカップのコーヒーを静かに飲み干した。


(つづく)

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