第7話「仮面の裏の現実」
【ソウタ視点】
専用トレーニングルーム。女子選手用、と名はついてるが、俺は構わずそこに入り浸っていた。
汗のにおいと、打撃の音、笑い声――全部、俺には羨ましかった。
「また来たの? 真面目だねぇ、あんた」
「マヤちゃんのストーカーかと思ったら、結構ストイックじゃん」
壁際のミットにパンチを入れながら、俺は軽口を飛ばす彼女たちを苦笑いでやりすごす。
確かにそう思われても仕方ない。けど――それでも、俺は勝ちたかった。
マヤさんに、もう一度、挑むために。
「あれ、ソウタくん? …こんなところで何してるの?」
振り返ると、マヤさんが立っていた。いつものラフなトレーニングウェア姿。
俺は、息を飲んだ。何度も見てるはずの姿なのに、どうしてこんなに胸が苦しいんだろう。
*
場所を変えて、街中のカフェ。
俺はマヤさんの向かいに座りながら、出されたコーヒーに手をつけられずにいた。
マヤさんは、カップを持ちながら、ふっと微笑む。
「ソウタくん。私ね、リングの上で、誰かに気持ちを伝えてほしいって思ったことないの。
そこは…『戦場』だから。もし、私のこと、本気で好きなら――そういうのは、リングの外でちゃんと、言ってくれるとうれしいな」
柔らかい声。でも、真剣だった。
俺の心に、何か鋭いものが突き刺さった。
俺は――“臆病者”のままで終わりたくなかった。
そのときだった。
「ほう。よもやここで再会とはな。運命的だな、兵士」
あの声。震えるような記憶が、背骨を走る。
「エリカ……!」
リングで一度、戦った。というより、打ちのめされたあと――
「さあ、命令だ。私を犯せ」と言われて、俺は逃げた。
観客の女たちの罵声が、今でも耳に焼きついている。
「今度こそは、任務を遂行してもらうぞ。貴様の中にある雄の本能を叩き起こせ」
エリカの軍人口調は変わらない。けど――マヤさんが立ち上がり、何の迷いもなくエリカの頬を殴った。
「男の子を怖がらせるな」
その一言に、エリカの目が見開かれた。衝撃を受けたように、数歩、後ずさる。
(……なんだ?)
そのとき、カフェの入り口から、同じ肌の色と口調を持った若い女性が駆け込んできた。
「上官殿ッ! ご無事でしたか!」
女性は直立不動で敬礼していた。俺もマヤさんも、状況が飲み込めず黙ったまま――
視線だけが、エリカに集まっていた。
その瞬間、確信した。
エリカの“過去”が、今まさに動き出そうとしている――と。
---
【ルミ視点】
地の底のような演出空間。
私は――“女王ルミ”として、リングの上に立っていた。
対戦相手は、黒衣の女。フードの下からは笑みすら見えない。
一撃が重い。技が速い。演出のはずの余興が、確かな“殺意”を孕んでいた。
でも、私は倒れられない。
女王様キャラを崩せば、即座に疑われる。私は女王として、爪先立ちでも睨み返す。
「この程度かしら? 貴女、女王を名乗るにはちょっと不敬すぎるわ」
挑発。フードの奥で、女は僅かに眉を動かす。
その刹那、私は技を崩し、わざとバランスを崩した。
「――っ!」
奥の観客席に、風が吹いた。
その瞬間、アングラ卿の仮面がわずかに外れ、光が素顔を照らした。
私は見た。忘れようとしても忘れられない顔。
警察庁の極秘リストにあった――“最悪の予想”。
> 国内最大級の
道楽で地下格闘場を作り、選手を買い、私兵集団を養う。
企業という皮をかぶった“武力国家”。
しかも――あのミクの“義父”。夫の、父親。
(最悪……すぎる)
私は女王の笑顔を貼りつけたまま、震える指を隠す。
そのとき、クロウが無邪気に手を叩いた。
「すっごいねぇ!きみ、強いねぇ!ご褒美、あげるよ。うんうん。きみにふさわしいものをね」
その言葉を聞いて、背筋が凍る。
隣では黒衣の女が、鋭くこちらを睨んでいた。疑念を含んだ、冷たい視線。
私は、笑ったまま、深く頭を下げる。
(…始まった。もう、引き返せない)
(つづく)
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