1話 目覚めるとデカい女性に持ち上げられた
「ぶえっっくしょぉい!あぁ~」
くしゃみをしたら間延びした声が出る。れっきとしたおじさんの証ともいえるだろう。というか、知らずのうちにだいぶ冷えてしまったようだ。寝ている間の時間にここまで冷えるのは最近の異常気象の連続のせいかと思うが、それでもだいぶ厳しく感じるものがある。冷えの影響か倦怠感もあるし、視界もおぼろげだ。これは風邪を引いてしまったかな、と経験則から考えてずるずると体を……いや、それも厳しい。なので手を動かす。
とかく勤務先等への連絡を入れないと、とも思うがそうだ。今日は忌引きだったはずだ。だが連絡を入れずとも寝てていいわけではないだろう。体調が悪い時の寝起き、それなら水分補給に軽い食事やサプリの摂取が快方へ向かいやすいのはよくわかっている。なので今日はどうスケジュールを回すかを計画するためにも時刻を確認しなければならない。
眼鏡もないし、ろくに見えないもので手探りでスマホかスマートウォッチを探すが……どうも見つからない。先程から空振りばかりでなんともむなしいもので、かしこそうに進める療養のために探すのはやめて寝るか、とため息を吐いたところで腕が止まった。
いや、手首をが掴まれたような感触がある。
「はッ!なッ!うぉッ!何ッ!誰ッ!」
なんぞと思って逆手の左手で顔を庇う。危険を確認しようと、よく目を凝らすと視界がはっきりしてくるが……どうも周囲が薄暗い中で私の目の前が異常に明るい。もしかして、強盗かもしれない!光量のあるLEDライトで私の視線を塞ぎつつ……腕を抑え込む。目撃者を封じにかかっているのではないか!?
そんな恐怖感から体を強張らせると、まばゆい光源が横にズレていく。白く塗りつぶされていた視界がうっすらと開けて明瞭になってくると、私の手首を掴んでいる人間が誰か明らかになってきた。
女性だ。
いや、フルフェイスのヘルメットのようなものを被っていて女性とわかる顔なのかはわからない。ただボディラインが明らかに女性とわかる体つきなのだ。全裸ではない、決して。だがそれに近いボディラインがわかるような……そう、ピッチリしたボディスーツ。アニメな俗にいうピチスーみたいなものをつけた女性が私の腕を掴んでいる。コスプレ強盗とは初耳だ。
「あなたは一体!?誰なんですか!?なんの用があって私を……お金ならありませんよ!先月車検が!」
その彼女、が何やら喋っているがまったく聞き取れない言葉で語り掛けているのでより恐怖心が染み出してきて言葉が続かない。外の国からやってきた強盗なのだろうか、しかもコスプレ強盗。異様だがこれなら事情聴取の際に被害者から聞き出される印象を誤魔化せる……というマニュアルが出来たのかもしれない。
かつてアメリカでは警察の過激な尋問でこのようなことを行った、という話が出る特殊な映画があったなと思い出してしまった。つまりこれから何をされても私が頭おかしいだけと処理されてしまうかもしれない。生きて警察の保護を受けられたらの話だが。
そんな恐怖心から声も出せずに震えていると彼女は私から視線を外し……また何やら誰かに話し始めている。
その視線の先には浮いている箱があった。
いや正確にいえば真ん中が光っている、浮いている箱だ。何と表現すればいいかと迷っていたが……確かSNSで見た覚えがある。無重力空間で運用される浮遊ロボット。サッカーボール大でふよふよと浮いているような物体が浮いていた。
それもまた彼女と何事か話しているようだったが、言葉が止むとその浮遊体の中から何かをはみ出させ……浮かせて差し出してきた。
私のスマートウォッチだ。間違いない。
なぜ私のスマートウォッチがこれに収納されているのか。その疑問を聞こうとしたところ、ピッチリスーツの強盗らしき彼女は私の手を離し自身の左手をアピールする動作を私に見せている。もしかして装着しろということなのだろうか?
金目当てに奪うとしても認証させるには意味がわからない。認証機能なんてないし。
しかしこのまま黙っていると暴行を受けそうなもので、促されるままに利き手である右手で自分のスマートウォッチを取る。そして彼女の反応を確認しながら、左手首に巻く。ラバーの感触がいやにひやっこいしピリッとした感覚が手首に起きた。静電気かな?ラバーで?
「銀河連邦標準語へのコンバートが出来たようね。起きて早々悪いけれど、そこから降りて。移動するわ」
「そこって……ここは自宅……」
じゃない。
自宅のベットに寝ていたと思っていた場所は何やら病院のベットというより検査機材のようだ。あの喧しいブザー音が鳴り続けるなるやつ、MRIのようなものだ。今更ながら寝かされていたそれが自分の寝具ではない、というかこの場所が自室より多少広くはあっても、何もない空間であることに気づいた。
周囲を見渡せば無機質ながらも冷たい、底冷えするコンクリート打ちっぱなしとはいわないが硬質なメタルでライトな世界……そんなイメージの冷たく静かな場所。だがそれでも視界があるのは細長くも非常灯のような光源と、モニターのような機材から放たれる明りがついているぐらいの明るさしかない。
「混乱しているようだから立たせるわ。怯えないで、攻撃の意図はないの」
すると彼女は私の脇の下に手を入れて、すいっと持ち上げた。軽々と。私は成人男性……年齢は中年。とてもではないが女性が持てるわけはない。かつての日本で一人前といえば一俵すなわち60kg程度……女性ぐらいの重さを持ち上げるのが男性とされていたがまさかのまさか。
今はその逆、女性に持ち上げられる体験をこの身に受けている。もちろん私の体重は60kgよりあったはずだ。その私が飼い猫を延ばすかのように持ち上げられている。
何がなんだか、と思って目線を動かすと自分の中年体型が細身になっているのも驚くし、何より目の前の女性が……大きい。いやオムネやオシリが大きい、という下品な意味ではない。単純に私より背が高い。恵まれた……体格!2mぐらいあるのではないだろうか?
なぜわかるかと言えば、持ちあげられた私の視界が高い!
成人男性がここまで持ち上げられるのはプロレスのリングでしか体験できないだろう!
そんな体格の女性が日本にいるのだろうか、と私が呆気に取られて彼女を見下ろしていると少し、揺れた。何度も揺れた。何ぞやと思い見渡す私と対照的に、その衝撃が何かを知っているのか。彼女は私の脇に手を入れたまま、舌打ちし周囲の様子を探っているようだった。
「あの……今一体何でここはどこなのでしょうか」
「ギルドの兵隊がだいぶ暴れているわね。コントロール・ルームを狙ってにしては派手にやっている」
「隔壁の破壊を試みているのでしょう。サブ・コントロールであるこちらがあなたの着陸地点から近いもので、内部構造を動かしこちらまで運びましたが、コントロール・ルームと離れてしまったのが裏目に出たようです」
「迎撃行動が遅れてだいぶ好き放題させる結果になったと。ならこのまま中枢まで戻りましょう。この遺跡を奪われるわけにはいかないわ」
「まず装備を整えましょう。アーマーもなし、携行してきた装備はすべて使い切ってますね?それにナンブ様は今着の身着のままです」
そうですナンブ……南部。南部健吾。つまり私は着の身着のまま。自分の姿をよく見ると寝巻きよりペラい病院の検査着そのまんまな服装であるし、腹を触ると骨が浮いている。本当に病人みたいなのだ。というかこの浮遊体が何故私の名前をご存じかはわからないが、南部は只今絶賛入院中みたいな姿。忌引きで休んでそのまま入院した覚えはないのだが。
浮遊体とデカい女性のやり取りを見ていると、急に床からブロックが2つ
そのブロックは長方形の……いや、もっとわかりやすい表現がある。開き戸のないクローゼットのようである。1つは重火器のようなデザインのものが並んでいるものであり、真ん中にソリッドな鎧のようなものがあった。なんだか宇宙戦士みたいなゴッツイ装甲服が!
また一方はすごいわかりやすものを収納していた。宇宙飛行士が宇宙で活動する際に着用する船外活動服、宇宙服だ。あれが完成品モデルのようにそこに収められているのだ。なんか未来的な装備とアポロ計画時代の装備が並んでいる奇妙な絵が出てる。
このフレームだかクローゼットだかは鎧や銃器に宇宙服に接続するパイプみたいなものがあるものでまるでプラモデルのランナーみたいだ。1枚1板というか。
そう見てしまうと宇宙服プラモデルのシリーズに見え、それはそれで急なモデル変化に企画担当者が急に変わったような疑念が出てしまう。プラモデルではないので無駄な疑念なんだが。
「防護能力と認識適応を考慮しこのデザインになりました。ナンブ様が着用するにあたっては、如何でしょう?」
「そちらの人のピッチリしたものでなくてよかったよ、浮遊ロボットさん。それとこれは一人で着れるものなの……?」
「これはインナーよ、私はアーマーをこの上に着用するの」
「ナンブ様の着用はフレームがサポートします。そしてご紹介が遅れましたが私はこの場所とあなたの管理代行者、プリムとお呼びください」
はぁ、と気のない返事ではあったがそれを了解と取ったのか浮遊体……プリム。声からして女性なのだろうか。彼女が装着補助開始と唱えるとプラモデルのランナーのように宇宙服を支えていたフレームが稼働し分割。ピッチリ彼女から私を受け取り、持ち上げて下から順にヘルメットまで装着させていく。
私はぶらぶら浮いたままそれを受け入れれば、すぐに宇宙飛行士が完成したようだ。最後にヘルメットのバイザーが下ろされることで立派なアストロノーツ。床に下ろされた。
一方でピッチリな女性兵士の方はそのサポートフレームにより装甲服を着用しながら、箱……プリムからウェポン・クローゼットとも聞こえたものから取り外した巨大な武器を構えて調子を見ているようだった。その北欧企業が作った兵器のような筒状の大砲のようなシャープかつごんぶとなシルエットをだ。
しかしそれを彼女は軽々と肩に担いで構えると、電気を流して磁性を回すような音が静かに鳴り響く。
「ゲート方面に敵性存在を確認しています、ナンブ様の装着も完了しましたし行使しますか」
「そうするわ。弾薬が完全に切れていたから助かる。以後はあなたに要請すればいいのかしら」
「いえ、現時点をもってナンブ様に管理権限が上位に移行されています。現在サブ・コントロール権限で掌握出来ている施設内設備補給に関してはこの方にお頼みください」
「そう、それはさておいてゲートを開放して、そこまではいい?」
「了解、開放します」
その言葉と共に、彼女らの視線の先にある扉らしきものが開かれら。
開かれたと思ったら何かの人影が複数見えた。だがそれも少しの間だけ。彼女がそちらに大砲を向けて……それらをぶち抜いた。音がすごかったはずなのだが、ヘルメット・バイザーの装着が終わっていたためだろうか。視覚的情報と振動からわかるような大音響は聞こえなかった。
ただし想像しがたい衝撃はビリビリと伝わってきた。衝撃だけで体ごと揺さぶられているようだ。
「対艦艇用にも使えそうね、いいレールガンだわ。これがあれば邪魔者の掃除が楽になりそう」
「アンジェラ、今後はナンブ様への心理的影響を考慮しない行動は控えてください。驚いていますよ」
「そうね、そうしたいけど。こっちも余裕はないわ」
アンジェラと呼ばれた女性兵士は一応聞いています、という体の返事の後に……そのレールガンとやらを持っていない腕で私を持ち上げ抱えて歩き始めた。宇宙服を着ているからか……先程も思い出していたのように俵そのものになった見た目ではないだろうか?いや彼女に頼むまでもないのだが、私は宇宙服を着ているものでろくに歩けない。
着用訓練を受けていないのだから動けるわけはないのだ。JAXAの職員でもないし。なので抵抗もできないのでお米様抱っこだ。それにやめてほしくとも私を抱えられる女性兵士に抵抗したところで何とかなる見込みはない。なすがままにしかならない。
■
「いたぞ!地球人の兵士だ!アタリだぁ!呼べるやつは全員呼べ!」
「待て、抱えているのが見えないのか!あれは目標だ!撃つな!頭の話を忘れたのか!」
「腕や脚がちぎれようと額は変わらねぇって話だ!デリガットの旦那は再生装置がある!何が何でも捕えろ!」
私がいたのはこの構造体だか施設の隠し部屋だったのだろうか。アンジェラが私を担いで外に出ると大きな橋のような場所が積み重なる大きな広間だった。なるほどこれは彼女らが構造体と呼ぶにふさわしい内部だ。
そしてその広間に轟音を響かせたせいか、眼下の橋の1つから何やら声が聞こえてくる。捻ったドングリとか潰れたカエルのような……どうみても人類ではない頭部の武装した連中が騒いでこちらに武器らしき筒や光る板切れを構えて叫んでいるが、内容がとても物騒!
物騒なのだがアンジェラさんが抱えている私の反対側、対艦艇用だかと言っていたレールガンが火を噴くと彼らがいた場所にぽっかり穴が開いてしまい静寂が一時訪れる。先ほど聞けなかったのですが、これは人の形をした相手に撃っていいものなんですか?
そのすぐ後に方々から悲鳴が上がり、光線がこちらに向かい飛んで来る。しかしアンジェラさんはその直前には私を抱えて飛び降りていた。降りた先の階段らしき物体のすぐ真横に。光線から遮るような位置に場所を取りたかったのだろうか。私は邪魔な手荷物ぐらいの扱いなので転がらされている。
「エネルギー・シールドごとぶち抜ける火力。こういうのが欲しかったわ。全部これだけで解決したいぐらい」
「いきなり発砲をして状況を混乱させないでください。この構造体の主の許可を得ましたか?緊急時と言えど不敬ですよ。周辺構造物への配慮が無さすぎます」
「緊急時なのだから許して頂戴。それにどうせこの程度じゃ壊れやしないでしょ。ギルドの連中を排除してこのまま進むわ、直進よ直進」
ただし降りた場所は先程まで海賊ギルドの連中とやらがいた場所。グロテスクな燃えカスや染みが残る場所!肉片が残っていないのが視覚的な恐怖を遠ざけてくれて幸いだが、逆に肉片も残らない火力が真横で放たれていることが恐ろしい!
彼女は兵士なのだからこの一方的な暴力行為に何とも思わないのだろう。レールガンの熱量によるものか……血肉の色ではないススけた床の染みとなった彼らに手を合わせ成仏を祈る。ヘルメットのお陰で臭いがわからないのがこれまた幸いとしか言いようがない。
「ナビゲートの通りであれば直進すれば中枢に到着します。しかし今の騒ぎで敵が集まってきています」
「他に装備はないの?戦力は?それなりのものがあると聞いてきたのだけど、出し惜しみしている状況に見えるのなら」
「あなたの強行軍に付き合わせたくはありませんので少々迂回します。そして先程も申したように戦力の行使にはナンブ様のご許可が必要です」
「許可?許可!許可?許可?」
はい、と浮遊体のプリムがこちらに近寄って来る。彼女の瞳……瞳?がチカと光ると私の左腕、スマートウォッチがあるあたりから宇宙服を通して投影型ディスプレイが飛び出してきた。すごいこんな機能知らなかった。歩数計と酸素濃度測定ぐらいしか使ってなかったから。
さておいてそれにはこの構造体と呼ばれる施設の立体見取り図や細かい数字があるのだが……いまいちよくわからない。というよりこの場所がこんな形になっていたのかと初めて知った。虚空に浮かんでいる球形ジャングルジムのようだ。あと方々に赤い点がるのは敵、海賊ギルドとかいう物騒な連中だろうか。視覚的にわかりやすくされているのではないか。
「お眠りの間に製造していましたガード・ユニットを起動させます。ご許可を」
「えぇと、はい。許可します、許可」
「出来るならそれ使ってそのまま直進すればいいじゃない」
すると何かが落下する音がこの吹き抜けフロアにいくつか響いた。複数だ。音の方はわからないが、投影型ディスプレイにはいくつかの巨体を持つ機械が海賊ギルドの兵隊相手を相手して雄たけびを上げている。機械の……雄たけび!その姿は大型ゴリラという具合で彼ら海賊ギルドの兵隊を殴ったり体当たりしたり近接的な暴力で叩きのめしている!ウワッ!
「自動防衛システムが生き返ったのか!聞いていないぞ!」
「デリガッドのヤツ、話と違う!人間相手だけって話じゃないのか!」
「なんだこいつはパルス・ピッカーが効かねぇ!アーマーが硬い!」
「目が光ったぞ!逃げろ!シールドが、割られる!逃げろ!助けて!」
かと思えば目から光線を出して焼いている。このフロアにいる海賊ギルドの兵らはそうこうしているうちに見るも無残に掃除され、残った遺体はゴリラさんらによって橋の上から放り投げれれて処分されている。
「……これでも直進できない理由があれば聞かせてほしいのだけど」
「ナンブ様のバイタルデータを共有しお見せしますが、血圧に脈拍、及び血糖の値が低いのです。目覚めたばかりの体にこの状況は厳しいと判断しました。一時休息を挟んでくさい。これは命令ではありませんが強い要請です。正常な判断が出来ないままコントロール・ルームへ向かわせることは推奨できません」
「わかった。隣のブロックに空いているスペースがあるようだからそこで補給と休憩をしましょう」
確かに言われてみるとあまり体調がよくない。というか先程からほぼ頭が回っていない。目が霞んでいるわけではないので、ヘルメットに映し出されている数字を見るとそれぞれあまりいい具合の数字には見えない低さだ。
そのせいか先程から言われたままに反応を返しているような気がする。頭が全く働かない時によくある症状だ。
喉も乾く。返事が出来ないままであると、またアンジェラさんが私を抱えて歩き始めたのだが、レールガンと私を両方持つと走れないのだろうか。レールガンの方をゴリラ型ガード・ユニットに渡して走り始めた。
「あの、ところで今は何であなたは一体なんなんでしょうか、先程も聞いていたと思うのですが」
「今は西暦3378年の34世紀。貴方が生きていた時代より1000年以上先の時代。地球は滅びていて銀河も方々が荒廃している。人類再生も宇宙再生もあなたにかかっているから助けに来たのよ」
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