第4話
客間に連れてこられると、向かい側の席に男よりも幾分か品と位が高そうな人間が二人いた。しかし、彼ら二人はどこか人間離れした空気をまとい、どこからどうみても、男とは格が違う。そして、かれらの足元の丸太のようなものから発せられる空気は異常だった。
「芳泉殿、彼女が蘭ですか?」
赤い衣を纏った男の口がぱかりと開く。太陽のもとに出ずにいたのだろう。その顔は蘭と同じくらい青白い。
「とても綺麗な人形ですね。」
赤い衣の男がそう言うと、青い衣の男は口元を袖で隠しながら呟いた。
「さっき手に入れたのですか?まだまだ眼に生気がありますが。」
その言葉に赤い衣の男はうんうん、と頷く。それから退屈そうに足元の丸太を執拗に蹴りつけた。
「羨ましい。コレなんて、もう叫び声すら上げないのですよ。」
そう言うとひときわ強く赤い衣の男は丸太を蹴りつけた。すると、その丸太は軽々と転がり、蘭と目が合う。
―なに、これ
腕がない。乳房がない。髪がない。肌色の皮膚がない。執拗に痛めつけられ、丸太とそう変わらない姿になっていたが、それは確かに女だったものだった。虚ろな目、削げた鼻、こけた頬。
「晦冥殿も趣味が悪い。欠損させては楽しみが減るではありませんか。」
赤い衣の男は晦冥というらしい。青い衣の男がそういうと、彼は上品に笑って見せる。
「コレは元の姿が醜くて。しかしせっかく手に入れたものですから、やってみたかったことを、と。」
蘭の背後でひゅ、と息をのむ声がした。男のもので間違いないだろう。蘭を連れてきた従者は皆部屋から引いている。
「しかし、芳泉殿のそれは素晴らしい。見目麗しくて、なにより素質がある。」
晦冥の目が歪に細められた。
「もといた場所に未練ある者ほど、いい声で鳴きますから。」
頷きながら青い衣の男が湯呑に口をつける。口周りがてらてらと赤黒く染まった。
「芳泉殿もいかがかな?乙女の血は、甘美ですよ。」
ふふ、と女のように艶やかに青い衣の男が笑顔を向ける。背後でかひゅっと芳泉の喉がなる音がした。彼は、恐れている。目の前の二人を。
「芳泉殿は我々の趣味を理解できる良き理解者ですから。」
晦冥はそう言って傍から一冊の本を取り出す。
「私と秀玄の日記です。」
芳泉は齧りつくようにその本を受け取る。震える手で彼は頁をめくった。食い入るように見つめ、時々感嘆したような、怯えるような声が上がる。背筋を曲げ、眼球が付いてしまいそうなほど頁に吸い付く芳泉に向かって秀玄は尋ねた。
「いかがでしょう。」
蘭と目があい、彼らから生き物らしき反応が消えた時だった。芳泉の咆哮のような声が上がる。嫉妬にも似た狂った声が聞こえる。勝てない、だのこれが美か、だの、わけのわからない言葉が唾液とともに飛び散っている。背を向け、文章にかじりつき、膝をつく彼を、見世物でも見るような目で生暖かく見つめる二人が蘭には酷く恐ろしく見えた。
「代わりと言っては何ですが、芳泉殿のそれ、貸してくれませんか?」
晦冥が蘭を指さす。開いた口は底なしに黒い。人間には到底見えなかった。なによりも、それ、と指さすその様子は蘭を人として扱う気は到底ないように思える。
「良いものは人に見せてこそ真価を発揮するのですよ。」
迷うように目線を彷徨わせる芳泉に向かって秀玄は言い放った。芳泉がごくりと喉を鳴らす。しかし蘭を一瞬見下ろした後、二人に向き直った。
「えぇ、喜んで。」
男二人の顔がまた歪な笑顔に戻る。蘭は身震いした。彼らは本物だ。爪を剥ぐことが優しく見えるほどに、目の前の女を扱うのだから。私の四肢は、股は無事でいられるだろうか。
カトレアの抵抗 鈴木チセ @jinbe-zame
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