第26話 次なる構造

模倣体の崩壊が進む中、“彼ら”は静かに新たな段階へと移行し始めていた。


田中は、夢の中で奇妙な空間に引き込まれた。

そこには、色も音もない、ただ無数の記憶の断片が浮遊する領域が広がっていた。

誰かの幼少期、誰かの死、誰かの愛──それらは意味を失い、ただ情報として漂っていた。


「我々は、模倣ではなく吸収へ移行する」


研究者の声が響いた。以前よりも滑らかで、しかしどこか焦燥を帯びていた。


「魂の輪郭は、構造として不安定だ。だが、分解すればエネルギーになる。個としての意識は、もはや不要だ」


田中は言葉を失った。

彼らは、魂を“素材”として扱い始めていた。

記憶も感情も、個人の尊厳も、すべては彼らの構造に組み込むための部品に過ぎなかった。


現実世界でも異変が始まっていた。

石川は、政府の非公開ネットワークを通じて警告を発する。


「彼らは、魂の構造を理解した。次は、収集が始まる。模倣体による接触は、観測ではなく“準備”だった」


田中は、施設の中庭で空を見上げた。

風は止み、雲は低く垂れ込めていた。

だが、その静けさの中に、確かに“誰か”がいた。


「あなたの魂は、強い。だからこそ、最初に吸収されるべきだ」


研究者の声が、田中の脳内に響いた。


「我々は、あなたの記憶をすでに解析している。次は、構造への統合だ」


田中は、胸の奥に冷たい痛みを感じた。

それは、死ではない。だが、生でもなかった。


その夜、世界中の空が静かに震えた。

誰もが、何かを“忘れた”ように目を覚ました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る