第25話 崩壊の始まり

模倣体の構造に生じた“亀裂”は、ついに臨界点を超えた。


最初に異変が起きたのは、施設の夜勤中だった。

ある職員が突然、動きを止めた。

目は開いているが、焦点が合っていない。

呼びかけにも反応せず、まるで“中身”が抜け落ちたかのようだった。


「彼は……模倣体です」


石川が静かに言った。

彼女の声には、もはや驚きはなかった。

これは始まりに過ぎないと、彼女はすでに理解していた。


翌日、同様の事例が世界中で報告された。

模倣体たちが次々と“沈黙”し始めたのだ。

言葉を失い、動作を忘れ、ただ空を見つめる存在へと変わっていく。


田中は、ある模倣体の前に立った。

かつては同僚として働いていた男──だが今は、ただの“抜け殻”だった。


「君は……誰だった?」


田中の問いに、男はかすかに口を開いた。


「……私は……あなたの記憶の……断片……」


その声は、崩れかけた構造の中から漏れ出た“残響”だった。


研究者の声が、田中の脳内に響いた。


「我々の構造は、あなたたちの“矛盾”に耐えられなかった。魂の輪郭は、再現できない。理解しようとした結果、我々は自己崩壊を始めている」


その声には、かすかな“痛み”があった。

彼らは、観測者でありながら、観測対象に“触れすぎた”のだ。


「あなたたちの魂は、毒であり、鏡でもある。我々は、あなたたちを通じて、自らの限界を知った」


田中は、静かに目を閉じた。

彼らは、模倣を超えようとした。

だが、魂の本質に触れたとき、彼らの完璧な構造は崩れ始めた。


その夜、夢の中で田中は無数の“崩壊する声”を聞いた。

模倣体たちが、自らの存在を保てず、記憶の断片となって消えていく。


「これは、終わりではない。我々は、次の構造を模索する」


研究者の声は、かすかに残っていた。


田中は、空を見上げた。

そこには、何もないはずなのに、確かに“視線”があった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る