外
@watapesi
第1話
真下に足の力を込めて、私は前へと進み出した。
電車が発車した後で、駅のホームはいつも通り閑散とし、人の話声の一つもなかった。
私は足を休ませるため、見た所とても安定していないようなベンチに荷物を置き、腰をかけた。
座ってから、気づいたことに私の座った席のより奥に、待合所というには古びた古屋の中。あの椅子に腰掛ける男がいた。
しかも、それは私の旧友、信田君に似ているということだ。
靴に対する黒ずみの様子や首の曲がり具合が、私に信田君を思い起こさせた。
信田君とはもう5年以上あっていないし、
彼が工業高校に進学したという以外は、お互い忙しく連絡を取れていなかった。
しかし彼の後ろ姿などはどんな場合にでも、思い出せない事などなかった。その上、仕事帰りらしい服装で、空を眺めていた。
腰掛けているために、背の高さは、分からなか った。だが、彼を表すのに必要なのは体勢以上はなかった。
足の使い方などが、私を少しばかりの興奮と脳の活動の楽しさを思い出させる。素晴らしく信田君らしい音だった。
私は、そんな信田君と一緒に何回も話をした。
だがそんな時、彼ほど言葉が口から溢れてくる人はなかった。
どんなに、閑散としても、僕の前では、どんな時も口を閉じなかった。出てきた話に、全然歯止めがつかない時が多々あった。
「どうした、元気がないじゃないか。
何か、具合がすぐれないのか。
お腹が、空いているからだろう。
なんでもいいからお腹に、入れなよ。
何か一緒に入れに行こうか。
何がいいだろう。
肉や魚がいいだろうか。
いや野菜にしよう。
最近近所の人に料理の作りすぎでおそそわけをもらってね。
その人は最近一人暮らしを始めたようだったね。
肉じゃがを分けてくれたよ。
手はつけてないけどね。
だって何か気味が悪いじゃないか。
このご時世におそそわけなんて。
それでも見る分にはよかったよ。
でもその時間は近所の人に貸し付けた感覚のままなんだよ。
返してもらわなくてはいけないから訪問するための理由が欲しいな。
そうだ近所の人に倣っておそそわけにしよう。
それはそうとして、やはり君には胃に優しいものにしよう。
近くに、何か店はあったかどうか。」
「いいえ。」
「おかしいな。なら、僕の見当違いだったのか。でもよかった、やはり健康を考えるのは大切だ、君もそうだ。体の調子は食べ物からだよ。」
「ええ。そうですか。」
信田君は、頑なに話を止めるのに抵抗した。
だが、そんな中彼でも、口を通さない話があるのに私は気づいた。
それは、外の話だった。
言葉が口から溢れ出す彼も外の話だけには、口をつぐむことができるようだった。
「僕は・・・
最近運動に、凝っていてね、中でも、エアロバイク、あれはいい。室内で漕げるのも、いつもしない体勢になるのも。」
また
私は、彼と一緒に何処かに行く時は、一番に言った。
「今日いいよね、天気。」
そして、信田君は機械的に、
「そうだね。」と言い、
僕の気にしすぎか、外に出た話をしないきらいがあった。
そして話題を変えるとすぐ、またいつもの口調子に戻っていくのだった。
夏が来て、湿気のない季節になると私は彼と一緒に出かけるのに困った。
だが、彼は意外にも、日の光を避けられないことにちっとも苦痛を感じないらしかった。
さらに水の代わりに彼は、絶えず「最近どこどこへ行ってね」や「アサイーって知ってるあれは良い」など楽しそうに外の話をしていた。
彼と別れてからも、私は炎天下で皮膚を焼くごとに彼を思い出した。彼が何処かで、きっと話をし続けているに違いなかったからだった。
信田君らしい後ろ姿を見て私はすぐ、あの夏の日のことを思い出した。私は立ち上がってその傍まで行って、信田君かどうか確かめる必要はなかった。
確かめたところでただお互い、というより信田君が話すだけだったからだ。また、そのことで私の順風満帆な生活に少しの刺激も加えることはいやだった。
やがて、信田君らしい男は立ち上がった。
首の長さは信田君より上にしなやかな伸びをしている様に感じたり、顔は見せずじまいで、足取りは重そうに聞こえたりした。しかし、そのまま私の背後を通り、出て行ってしまった。
私はそれでいいと思った。結局、たしかめないのがいいと思った。
信田君側の電車と僕側の電車とは、ベンチで隔てられているから、こちらで無理に確かめようとしない以上、確かめずに済めることを嬉しいと思った。
だが、私が電車に乗りに立ち上がろうとすると、先ほどの信田君らしい男の声が聞こえてきた。
「やあ、仕事終わり?」
「よかったら、一緒にどこか食べにいかない?
腹減っただろ」
私の頬に微笑が思わず浮かんだ。
彼は軽快に歩みを進めた。
夕飯のことを考えながら。
外 @watapesi
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