第12話 戦支度
村が動き始めた。
甚兵衛の帰還と村長の言葉により、村人たちはようやく自らの罪と向き合い始めた。
鬣犬はもはや「外から来た怪物」ではない。
自分たちが生み出した、過去の業の化身なのだと。
若者たちは山に入り、甚兵衛の指示のもとで罠を張った。
落とし穴、吊り縄、音を立てる仕掛け――すべては鬣犬の動きを封じるための布石だった。
「この獣は、ただの力任せでは倒せん。知恵と連携が要る」
甚兵衛は、村の男たちに罠の使い方を教え、女たちには薬草の煎じ方や傷の手当てを伝えた。
弥市と母は、山の地形を熟知しており、隠れ道や獣道を地図に起こして提供した。
「この谷は風が抜ける。音が響きやすい。ここに鳴子を仕掛ければ、奴の接近がわかる」
弥市の言葉に、甚兵衛は頷いた。
「いい目をしている。お前のような者が、なぜ村の外れに追いやられていたのか……」
「それが、この村さ」
弥市は苦笑したが、その目にはもう迷いはなかった。
村の広場では、老婆の祠に供物が捧げられた。
かつて彼女を山に捨てたことを悔いる者たちが、静かに手を合わせていた。
「許されるとは思っていない。ただ、終わらせたいんだ」
老いた村人のその言葉に、甚兵衛は静かに頷いた。
「ならば、共に終わらせよう。怨念の連鎖を、ここで断つ」
夜が近づく。月は再び満ちようとしていた。
甚兵衛は、かつての戦場で身に着けていた鎧の一部を身にまとい、刀を腰に差した。
その姿は、まるで過去の亡霊と対峙するために蘇った戦鬼のようだった。
「今度こそ、決着をつける」
村人たちは、彼を見送るように頭を下げた。
そして、甚兵衛は再び山へと向かった。
今度は一人ではない。
村の想いと、忘れられた者たちの祈りを背負って。
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