第11話 帰還と疑念
甚兵衛が村に戻ったのは、夕暮れ時だった。
傷だらけの体を引きずり、弥市と母に支えられながら村の広場に現れたその姿に、村人たちは息を呑んだ。
誰もが、彼は鬣犬に殺されたと思っていた。
祠の前での戦いから、すでに五日が過ぎていた。
「生きていたのか……」
誰かが呟いた。
だが、その声に続いたのは、冷たい疑念だった。
「だが、結局あの獣を倒せなかったんだろう?」「不敗の侍だって言ってたのに、逃げ帰ってきただけじゃないか」
村人たちの目には、甚兵衛の傷が敗北の証に映っていた。
かつての英雄は、今やただの負け犬――そう言わんばかりの視線が、彼に向けられていた。
甚兵衛は何も言わなかった。
ただ、静かに村人たちの視線を受け止めていた。
弥市が一歩前に出て、声を張り上げた。
「この人は、命を懸けて戦ったんだ!あんたらが震えて家に閉じこもってる間に、山の奥であの化け物と向き合ってたんだ!」
だが、村人たちは耳を貸さなかった。
恐怖と不安が、理を曇らせていた。
その時、村長がゆっくりと前に出た。
「黙れ」
その一言に、広場が静まり返った。
「甚兵衛殿は、確かに傷を負った。だが、それは敗北ではない。あの鬣犬の正体を見極め、怨念の源に迫った。それができる者が、他にいるか?」
村人たちは言葉を失った。
「我らは、あの老婆を捨てた。鬣犬は、その罪が形を持ったものだ。ならば、我らが償うべきは、甚兵衛殿にすべてを押し付けることではなく、共に戦うことだ」
村長の言葉に、少しずつ村人たちの表情が変わっていく。
「罠の設置、薪の運搬、薬草の採取――できることは山ほどある。甚兵衛殿一人に背負わせるな。これは、村全体の戦だ」
沈黙の後、若者の一人が手を挙げた。
「俺、罠の縄を編みます」
続いて、女が言った。
「薬草、山の入り口で採れます。煎じ方も知ってます」
次々と声が上がり、村人たちは動き始めた。
甚兵衛は、静かに頭を下げた。
「……借りるぞ、お前たちの力を」
こうして、村は一つになった。
怨念に立ち向かうために、忘れられた罪を償うために。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます