第13話 月夜の誓い

月が、静かに空を満たしていた。


村の裏手にある小高い丘。

そこからは、鬣犬が潜む山の尾根が見渡せた。

甚兵衛は、刀を膝に置き、黙って月を見上げていた。

その背後から、弥市がそっと近づく。


「明日、決着をつけるんですね」


甚兵衛は頷いた。


「あの獣を斬るだけでは、終わらん。怨念の根を断たねば、また同じものが生まれる」


弥市は、手に持った縄の束を見つめながら言った。


「俺、ずっと思ってたんです。村に捨てられた俺たちと、あの鬣犬は、何が違うんだろうって」


甚兵衛は、ゆっくりと弥市を見た。


「違わん。だが、お前は人を喰らわなかった。憎しみを抱えながらも、母と生きた。それが、お前の強さだ」


弥市は、少しだけ笑った。


「甚兵衛さんは、戦場で何を見てきたんですか?」


甚兵衛は、しばし沈黙した後、静かに語り始めた。


「地獄だ。人が人を斬り、焼き、奪う。勝者も敗者も、皆同じ顔をして死んでいった。俺は……その地獄で、不敗だった。だが、勝ったことは一度もない」


弥市は、言葉を失った。


「だからこそ、俺は斬る。あの獣に宿った憎しみを、俺の刃で断ち切る。それが、俺にできる唯一の償いだ」


月が、二人の影を長く伸ばしていた。


弥市は、縄を甚兵衛に手渡した。


「これ、明日の罠に使ってください。俺が編んだ、丈夫なやつです」


甚兵衛はそれを受け取り、深く頭を下げた。


「借りるぞ、お前の力を」


弥市も、静かに頭を下げた。


「俺も、戦います。あの獣に、俺たちの生き様を見せてやる」


月夜の下、二人の誓いが交わされた。


それは、人の業に立ち向かう者たちの、静かで強い決意だった。

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