3つの異常性
「奇妙な事件ですよね」
「そうかな……?」
「ん……? そうかなというのは……?」
「いや、だってこれって、子供が便槽内で見つかった……ってだけだから、“事件”とは断定できなくない? 誤って便槽内に落ちちゃったってだけかもしれないし、自分の意思で入ったかもしれない。僕はこれ“事件”じゃなくて“事故”だと思うんだけど」
「確かに、三島君の言い分には説得力があります。現に、警察はこれを事故死として片づけていますし」
「でしょ? あ、でも、この資料を作ったのはKだから、Kはこれを事件だと思ってるってわけか」
「はい。その通りです」
「う〜ん……どうしてKはこれを事件だと思ったの?」
「それはですね……」
そういうとKは、新たな資料を手に取り、それを三島に見せた。
その資料とは、少年の遺体が発見された際の少年の様子と便槽を描いたもの。
便槽を四角い箱で表し、その中に両足を折り畳んで口を開けた少年。開かれた口の先に、直径22cm程度の便器口が筒のようにして描かれている。
その資料からは言葉にし難い不気味さが滲み出ている。
「えっと……これは……?」
「遺体発見当時の事件現場の様子を表したイラストです。ネットから拾ってきました」
「へえ……なんだか不気味だね……」
「私もこのイラストを見るまでは、三島君のように単なる事故死だろうと考えていました。しかし、このイラストを目にした瞬間、とある恐ろしい仮説を思いついてしまい、信じたくはないですが、これが事件であると確信したんです」
「へえ……僕はこれを見ても別に事故死だと思っちゃうな。Kのその恐ろしい仮説っていうのはどんなものなの?」
「まぁ、いきなり答え合わせをしてしまっても混乱するだけですし、何より面白くありません。順を追って推理しながら進めていきましょう」
「答え合わせって……未解決事件なのにKは自分の推理がもう答えだと思ってるんだ……」
「はい」
***
「前の資料にも重要なポイントはいくつもあったのですが、文字を読んでの想像だけでは色々見落としてしまいます。なのでこのイラストを見ながら、一つ一つ探していきましょう」
「うん」
「ところで三島君、もう一度よくこのイラストを見てみて、奇妙な点や、異常な点は見つかりませんか?」
「う〜ん……」
「分かりませんか? 私は少なくともこのイラストを見た瞬間、3つの奇妙な点に気がつきましたが……」
「3つも!?」
「はい。そのうち2つに関しては、前の資料にも載せてありますから、三島君でも分かるはずですよ。一番最後のところです」
「えっと……あ、【捜査経過】の不可解な点っていうところか。比較的新しい建造物……一度も使われていない……便器口が小さい……汲み取り口がない……この中でイラストから分かるものといえば、最後の2つ。便器口が小さい点と、汲み取り口がないっていう点か」
「その通りです。まず1つ目の奇妙な点は、便器口が小さすぎるという点です」
「だから、うっかり落ちちゃったっていう事故死という線は消えるってわけか」
「はい。それだけではなく、少年自らの意思で入ることも出来なかったということになります」
「ん……? あれ……!?」
「どうしました?」
「いや、でもさ、この少年、左腕が欠損してるって書いてあるよ!?」
「えぇ。おそらくは生まれた頃から左腕が欠損していた……先天性の身体障害を抱えた子だったのでしょう」
「ってことはさ、左腕が無い分、肩幅が狭まるから、この便器口から入れたんじゃない?」
「ふふふ……甘いですね三島君。22cmがどれだけ小さいか分かっていますか?」
そう言うと、Kは両手で22cmの幅を作って、三島に見せた。
「22cmというと、こんなもんですよ」
「え!? そんな小さいの!?」
「はい。寸分の狂いもありません。これでは、いくら片腕が欠損していて肩幅が狭まろうと、8歳程度の少年は絶対に通ることはできません」
「ということは、やっぱり便器口から入ることはできないってわけか……」
「はい。その場合、便器口以外から便槽内に侵入できる通路が存在していないといけません。それが、本来備わっているはずの汲み取り口なんです」
「けど、汲み取り口が存在しない……」
「そうです。奇妙な点2つ目は、汲み取り式便所なのに、汲み取り口がないという点なのです」
***
「あの……その汲み取り口っていうのは何なの?」
「あぁ、ご存知ないですか? 現代では水洗式のトイレが一般的となりましたが、昔は汲み取り式が主流だったんです。便器口から用を足したら、糞尿は便槽という空間に溜まります。下水道が通っていませんから、便槽に溜まった糞尿を自ら取り除く必要がありました。そのために存在するのが、汲み取り口というものなのです。当然、便器口から取り除くわけにはいきませんからね」
「へえ……そうだったんだ」
「便器口は用を足すため、汲み取り口は糞尿を取り除くため。故に、便器口よりも汲み取り口の方が大きいというのが一般的でした。なので、この手の事故や事件は、汲み取り口から侵入するというのがセオリーなのですが、見ての通り、ここに汲み取り口はありません」
「セオリー……まぁでも、もしかしたら元々は汲み取り口は存在してたのかもしれないよ?」
「なぜそう思うのですか?」
「だってほら、もしこれを事件として考えるなら、汲み取り口から少年が便槽内に入ったのを知った誰かが、意図的に塞いだって考えられると思うんだけど」
「確かに、その可能性もゼロではないです。しかし、少年を便槽内から取り出すために、重機で公衆便所を破壊し、慎重に少年を外に出したとありましたが、その時に便槽内を覗き込んだ土木業者や署員らによれば、そんな痕跡は一切なかったそうです。厳密に言えば、便槽は木製で、各面が何枚もの板材が並べられて作られており、そこに汲み取り口に繋がりそうな穴はなかった。わざわざ犯人が板の張り替えを行ったとは考えにくいため、汲み取り口自体が存在しなかったと言えます」
「便器口は小さすぎて絶対に入れない……そして汲み取り口は最初から存在していなかった……となると、本当にどうやって少年は便槽内に侵入したんだ?」
「まぁ、それは後々判明します。今は最後の……3つ目の奇妙な点について話しましょう」
***
「それで、Kの考える3つ目の奇妙な点って何なの?」
「三島君……このイラストを見て、他に奇妙な点は見当たりませんか? すごく単純なことですよ」
「う〜ん……強いて言うなら、口を開けてること……?」
「おぉ、三島君、50%正解です」
「えっ……? 50%? もう50%は何なの?」
「えぇ、このイラストの頭の部分を見てください。何か違和感はありませんか?」
「え〜っと……頭と壁の間に隙間がある……?」
「正解です。奇妙な点の3つ目は、少年がいた位置です」
「でもこれって、頭と壁の間に隙間……空間があるってだけで、別に奇妙ではなくない?」
「いえ、これが最も奇妙であり、異常性を醸し出しているんです。三島君、少年は遺体で発見された当時、両足を折り畳んだ状態だったんですよね? それはなぜだか分かりますか?」
「なぜって……便槽が狭かったからでしょ?」
「その通りです。つまり少年は、両足を折り畳まなくてはならないほど、この便槽内に窮屈さを感じていた。ではなぜ、そんな状況であるのにもかかわらず、わざわざ頭と壁の間に空間を作って亡くなっていたのでしょう?」
「言われてみれば確かに……。でも、それが少年の意図かは分からないよ? 本当は壁に頭をつけていたけど、死後硬直で体が縮んだりしてこうなったのかもしれないし」
「死後硬直は、筋肉中のアデノシン三リン酸の供給が止まり、筋肉のタンパク質が結合したまま弛緩できなくなることで筋肉が固まる現象であり、それによって体が縮んだりすることはありません」
「詳しいなぁ……」
「それよりここを見てください」
そう言ってKは、イラストの少年の口元から便器口にかけてをなぞるようにして指差した。
「ここ、少年が便槽内の壁と頭の間に空間を作ることで、便器口と少年の開いた口が線で繋がるんです」
「あ、本当だ。なんか、口を開けて、上から何かを待っているみたいだね」
「はい。つまりこの空間……少年が口を便器口に合わせるために意図的に作った空間であると言えます」
「でも……一体なんでそんなことを……」
「奇妙ですよね……。ですが、こうする必要があった……いや、こうしなくてはならなかった。つまり少年は、とある“目的”のために、この中に入らなくてはならなかったんです」
「目的……?」
日本の未解決事件 左腕サザン @sawan_sazan
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