『短編』俺の惚気を、ひとつ聞け
寿明結未(旧・うどん五段)
俺の惚気を、ひとつ聞け
昔話をしよう。
とは言っても、他愛のない俺の昔話さ。
アンタの受け取りようによっちゃぁ、ただの『惚気話』になるかも知れねぇ。
だが、違う見方をすれば――。
そいつは『人生においての何かの指標』になるかも知れねぇ。
――ようは、お前さん次第ってことだ。
◇◇◇◇
俺は昔、しがない根無し草の冒険者だった。
夢に夢見て冒険者になったはいいが、しがない冒険者だ。
仲間は死ぬし、碌なことがねぇ。
だが、唯一……俺を励ましてくれる人がいてな。
俺より少し年上の酒場のねーちゃんだった。
「アンタが無事で良かったよ……。死んだ子には弔いの花を買ってあげな」
そう言ってエールを一杯だけサービスしてくれた。
その後もそのねーちゃんとは付き合いがあった。
とは言っても、恋愛的な付き合いじゃねぇ。
クエストで失敗すりゃ、背中を叩いて――。
「今回は失敗したかも知れない、だが次は必ず成功する!アタシはアンタの成功を信じてるよ!」
そう励ましてくれた。
言っちゃ悪いが、俺は天邪鬼だ。
そんな言葉なんて最初は信じちゃいなかった。
だが、次のクエストは大成功をおさめた。
祝いに仲間と酒を飲み、自分たちが誇らしくなった。
「成功おめでとう!アンタならやれると思ってたけよ。でも怪我にだけは注意するんだよ。命あっての物種だ」
「分かってるよ……」
心配される姿を見た仲間たちからはアレコレと言われたが、あのねーちゃんの言葉は少しは信じてみるか……なんて思ったんだ。
その日から、俺は持ち歩かなかったポーションを持ち歩くようになった。
なんとなくさ。
なんとなく、ねーちゃんの悲しむ顔はさせたくねーなって思っちまった。
ただそれだけだ。
それから冒険に出かけた時、俺はついに怪我を負っちまった。
直ぐに持っていたポーションを使ったお陰で、大怪我にはならなかったが、数日は身体を休めないといけない怪我だった。
あの時、ねーちゃんの言うことを聞かずにポーションを持っていかなかったら、どうなっていたか……。
考えるだけでもゾッとするね。
――その時から、酒場のねーちゃんの言うことは聞こう。
そう思うようになった。
数日休んで酒場に向かうと……ねーちゃんは血相を変えてやって来た。
「アンタが怪我をしたって聞いて気が気じゃなかったよ!もう怪我は?なんともないかい?」
「心配のしすぎだ。俺を何だと思ってる」
「全く、だったら今後は怪我をしても大丈夫なように、何時もポーション持ち歩きな?アタシはアンタはもっと上に行けるって信じてるんだからね!」
「……おう」
そう言われて、俺は単純だろ?
本当に俺が上に行けると信じてくれてる酒場のねーちゃんのために、頑張ろうって思えたんだ。
それからの俺は仲間たちと邁進して、頑張ってクエストをこなして、DからC、CからBと上がっていった。
それまでの間、酒場の何時ものねーちゃんは俺を特に励ましてくれた。
「アンタなら出来る。アンタならやり遂げられる。アンタは凄いんだよ」
何時も中途半端に終わらせてきた自分を奮起させて、酒場のねーちゃんの言葉を嘘にはしたくなくて頑張った。
自分でも馬鹿げてる。
自分でも単純だと思う。
自分でも……どうかしてる。
でも、酒場のあのねーちゃんの応援と励ましを無駄にしたくなかった。
――その結果、俺たちのパーティはSランクにまでのし上がった。
そうなれば若い女なんて選び放題だ。
嫌でも女は寄ってくる。
だが、俺はそんな女どもを振り払い、何時ものねーちゃんの元へと向かう。
俺が今いるSランクの立場は――何時も俺を励まし応援し続けてきた酒場のねーちゃんのお陰だからってのもあった。
「よう、ねーちゃん」
「久しぶりだね。ついにSランク冒険者様か。ランクの低かった頃が懐かしいよ。今じゃ誰もが口にする高名な冒険者様だ」
「だが、過去の苦しかった頃の俺を知らず、ちやほやと寄ってくる女達は鬱陶しい」
「そうかい?若い娘が多いだろう?きっと気立てのいい子もいるさ」
「そいつぁ……。ねーちゃんより気立ての良い娘がいるってなら考えてやってもいいぜ?」
「アタシより?そんなの沢山いるだろう?」
「いいや、俺はアンタより気立ての良い女を知らねぇ」
何時も俺を叱咤激励し、時に凹んだ時はエールを一杯だけタダで奢り、俺がクエストで成功すればお祝いに一杯エールを奢ってくれる。
そして、よく言ってくれただろう?
『アンタはもっと上に駆け上がれるよ。頑張りな。応援し続けてやるからね』
そう言って――何時も俺の帰りを酒場で待っているのを聞いてたんだ。
「ねーちゃん……いや、エリス。俺と結婚しねーか?」
「アンタよりアタシは年上だよ?もう随分年を取っちまった。それなら若い娘を娶ったほうが、うんと良いだろう?」
「いいや、アンタじゃなきゃ駄目だ。俺の幸運の女神は、何時もアンタだった」
◇◇◇◇
冒険者ってのは、縁起を担ぐもんだ。
その中で、俺の縁起を担いでたのはそのねーちゃん……今の女房ってわけだ。
今では子供も三人。わんぱく坊主にやんちゃな娘二人で大忙しさ。
冒険者は「そろそろ引退しようか」って時に辞めた。
まわりからは「もっと稼げるだろ」って言われたが――。
「俺の幸運の女神がな。そろそろ引退しねーと死ぬぞって言ってんだよ」
そう言って俺はパーティを抜けた。
その次の俺の抜けたパーティは……全滅した。
本当に、女房の言ったとおりになった。
俺も女房も「そろそろ引退したほうが良い」って言ったのに……。
「縁起を担ぐ相手がいない相手ってのは……駄目だねぇ。何より、俺は男として思うんだがな?」
――誰か一人でも、俺を心配してくれる相手がいるっていう幸せは、何者にも代えがたい宝物に感じるんだ。
その宝物を守りたくて、宝物の言葉を信じたくて、俺は今まで頑張ってこれた。
男は上に行きたきゃ〝自分だけの生き甲斐〟を探せ。
男が上にのし上がらなきゃいけない時は〝応援してくれる女〟を探せ。
まぁ、俺の信条だな。
俺はそれでSランク冒険者になれたんだから。
結果は出してんだろ?
お前さんはどうだい?
なに?まだDランクだって?
だったらまだまだ這い上がれる。
頑張れ若人。
お前にも、自分のゲン担ぎとなる、自分を上に行かせてくれるナニカに会えるのを、俺は祈っておくぜ。
ん?その後の女房か?
俺が一般的な仕事を試みてから、何時も何時も「アンタは凄く頑張ってる!」「アンタはアタシの理想の男だよ!」って褒めてくれるよ。
その御蔭で、どれだけ煮え湯飲まされようと、頑張ってこれるんだ。
だってよ。
帰ったら笑顔で出迎えてくれてよ。
「アタシの旦那は世界一~」なんて歌いながら台所に行くんだぜ?
「うちのパパは世界一~」って子供も一緒に歌うんだ。
可愛いだろ?
疲れも吹っ飛んじまうよ。
って惚気たな。悪い悪い。
だからお前さんたちも、前を向けるナニカに出会えることを、俺は祈ってるぜ。
頑張りな。
==完==
『短編』俺の惚気を、ひとつ聞け 寿明結未(旧・うどん五段) @taninakamituki
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