第11話 魔人と魔王のメリークリスマス

 窓から入ってくる夏の風が風鈴をチリリンと鳴らす。

 テーブルを挟んで差し向かいにトーリくんが座っている。


「スイカ食う?」

「いりません」


 トーリくんはまだ怒っているようだ。

 着替え貸してあげたのに。

 なんか知らんけどむくれている。


 そりゃあ汚い手で勝ったけどさあ。

 そこは最初に宣言しといたわけだし。

 メテオシャワーでボロボロにもしたけどさ。

 魔人VS魔王なんだから、それくらい普通だろ。


 あの後、服貸して俺の拠点に連れ帰り、シャワーも貸したし、傷の手当てもしてあげた。

 実家には帰りづらいだろうから泊めてあげてるし、簡単な物だけど食事も作ってあげてるのに。 


「なんで怒ってんの?」

「昔から思ってましたけど、貴方ちょっと無神経なとこありますよね!」


 そうか?

 自分じゃよくわかんないな。


「どうせ自分が何したか、心当たりがないんでしょう」

「うん」

「本っ当、最低」


 吐き捨てるように言われた。

 なんとなくだけど、これから叱られる予感がする。


「そもそも私がこうなったのは貴方のせいですからね」


 ……?

 何のことだろう。


「貴方があんな風に私を捨てるから、貴方に会えなくなったから、だからこうなったんですからね」


 ……は?


「トーリくん人間不信が高じて魔王になったのでは」

「人間不信くらいで魔物の血肉なんか食べませんよ。あんな不味い物。魔物にでもならないと貴方を見つけられないと思ったから、頑張って肉体改造したんです。『13歳以上の人間はサンダー・クロスに会えない』という条件設定で貴方に会うには、年齢は変更出来ないのですから、『人間』という部分を変更するしかないでしょう?」


 ……は?


「大体ねえ!」


 トーリくんはテーブルをドンと叩いた。


「6年ですよ。6歳から12歳の6年間がどれだけの重みか、わかりますか? 物心つく頃から思春期の入り口までですよ。人格形成に重要なその期間を一緒に過ごしておいて、あんな捨て方しますか? 親よりも近くで一緒に過ごしたのに!」

「別に捨てた訳じゃ」

「黙ってて下さい!」


 黙らされた。


「何の前触れもなく一方的に別れを告げられて! 納得いかなくてもう一度話し合おうと休みの度に実家に帰ったのに、姿を見せてもくれなくて!」


 だってトーリくん13歳になってたし、13歳以上になると権能の制限により、子ども時代は終わったと見なされて俺を認識できなくなるし。

 俺は帰省中のトーリくんをちょいちょい見に行ったりしてたんだけど。


「私には姿を見せてくれないのに、妹には会ってプレゼントを渡してると知って、絶望しましたよ。私は捨てられたのだと」


 そんなつもりではなかったのだが。


「実の母とは死に別れて! 二度目の母とも死に別れて! 貴方にまで捨てられた私の気持ちがわかりますか!」


 えーと……。


「ごめんなさい」


 頭を下げる。

 いや本当、すまんかった。


「父親はろくに家によりつかないし!」


 それは俺の責任ではないのだが。

 なぜだろう、肩身が狭い。


「貴方について調べました。そして知ったんです。魔人サンダー・クロスは12歳以下の子どもにしか姿を見せない。12歳以下の子どもにだけ姿を見せ、会話し、プレゼントをあげて優しくする。13歳になった途端に来てくれなくなり、リクエストも届かなくなる。つまり貴方は」


 あ、何言われるか予想がついた。


「小児性愛者!」

「違うからな?」


 それから必死こいて説明して神様から課された制限とか色々わかってもらおうとしたが、通じたのかどうか。

 イマイチ信用されてない気がする。


「どうも胡散臭い。そもそもなんで貴方はそんなにサンタクロースになりたかったんですか」

「さあ?」

「ごまかさないで下さい」

「いや本当に俺にもわからんのよ。転生した時点で前世の記憶は一部を残して粗方消えたし。その後も生まれ変わる度に欠けてくし」

「その後も? 生まれ変わる度に? 何回転生してるんですか」

「んー、転生は一度きりだけど、リスポーンがな。俺サンダー・クロスになってから3回死んでるんだよ」


 魔人同士の小競り合いで新入りの俺はなすすべもなくブッ殺された。

 魔人の権能って初見殺しが多い。

 転生直後はそこら辺の知識が不十分で、散々にやられて、半殺しにされた回数は数知れず。

 3回ほどKILLされて、その都度リスポーンしたので、お礼参りに行って殺し返してやったのは今ではいい思い出だ。

 他の魔人も死んでもリスポーンするので、殺った殺られたで恨むことはあんまりないと思う。

 モリーは死ぬのを凄く嫌がるけどな。

 リスポーンすると体型が崩れるとかなんとか。


 ちなみに俺のリスポーン地点は俺が生まれた魔力溜まりである。

 秘匿事項なので誰にも教えてないけどな。

 他の魔人も各自自分だけのリスポーン地点を隠しているのだろう、知らんけど。

 このリスポーン地点の縛りがあるから、この拠点から引っ越しできないんだよな。

 リスポーン直後はそれなりに弱体化するから、すぐそこに逃げ込める拠点がないと危ない。


 そんなこんなでリスポーンする度に前世を忘れるので記憶に欠落が多い事、サンタクロースにこだわった理由はさっぱりわからん事、ただ魔人の本能に刻みつけられていて変えようがないし、変える気もない事などを説明すると、トーリくんはテーブルに崩れるように突っ伏した。


「……こんな男のために私は」

「アイス食う?」

「……あるんですか?」


 あるんだ、これが。

 スイーツ大好き大食い娘シャロンちゃん9歳のリクエストで『ひんやり冷たい甘〜いお菓子』を作った時に様々なフレーバーのアイスを合計30種類くらい試作した。

 よく出来たのを選りすぐってプレゼントしたが、袋の中には余ったアイスが大量に保管されている。


 が、コーンはない。

 器にとってスプーンで食う。

 ラーメンどんぶりにバニラアイスとチョコアイスを盛り付け、カレーライス用のスプーンを添えて出す。


「溶けないうちにどうぞ」


 トーリくんはラーメンどんぶりの中のアイスをまじまじと見ていた。

 何か気になる?


「本当に無神経、呆れるほどに雑」

「別のフレーバーが良かった?」

「いいです、もう。文句言うのが馬鹿らしくなりました」


 しばらく無言でアイスを食う。

 聞こえてくるのは風鈴の音と葉擦れの音。


「……これからどうするつもりですか?」

「何が?」

「私の事です。勝負に負けたのですから、煮るなり焼くなり好きにすればいい」


 煮ないし、焼かないよ?


「フォリーのところに送りつけるなら、そうすればいい」

「しないよ?」


 あのトラップボックスは一度はリクエストされたものの、キャンセルされて御蔵入りした物だ。

 もう二度と使う事はないだろう。


 トーリくんをどうするか。

 魔人の流儀で言うなら『野生に帰す』が順当だ。

 魔人は皆それぞれ単独で生きるすべを持っている。

 野に放てば勝手に生きていく。


 しかしトーリくんは元人間であって、野生の魔人たちとは事情が異なる。

 喧嘩は強いけど、生きるための本能を持ってない。

 殺した魔人にお礼参りされたら、リスポーン地点を持たないトーリくんはそれっきり本当に死ぬかもしれない。

 品種改良された動物と同じで、誰かが面倒見る必要があるだろう。


 ……。


「とりあえず一緒に住むか?」











 冬が来た。

 昨夜からの猛吹雪が止んで、外は一面の銀世界である。

 冬はいいな〜、雪景色見ると元気が出るぜ。


 ウキウキとソリの手入れをしていると、半纏に包まったトーリくんが寄ってきた。


「よくそんな寒い所にいられますね」

「えー、たったの氷点下2度じゃん。あったかいじゃん」

「ふざけてますか。極寒ですよ」


 トーリくんは爬虫類要素が混じっているので、寒いのが嫌いなのだ。


「嫌なら俺一人で出かけてもいいけど?」

「そんなの許すわけないでしょう。着替えてくるから待ってて下さい。まったく。雪ではしゃぐとか、犬ですか貴方は」


 ブツブツ言いながら部屋に引き返し、やがて防寒具に身を包んで出てきた。

 分厚い黒のロングコート、黒の革手袋、黒のブーツ、そして仮面。


「いつも思うけど、死神風っつーか、厨二ファッションだよな」

「放っといて下さい。コスプレサンタ」


 厨二ファッションの魔王とサンタコスの魔人が一緒に乗り込む雪上のソリ。


「行くぞトナカイ1号」

『へい旦那』

「2号もな」

『Yes, Master』


 乗り手が二人に増えたので、トナカイも2頭に増やしてみた。

 なぜか2号は性格がちょっと変わった。

 同じ設計で作ったのに、これが個体差というやつか。


 それにしてもトーリくん、なんでまだここにいるんだろう。

 傷もとっくに癒えてるんだし、どこかに拠点作って生きたいように生きればいいのに。


 自由に生きていいんだぞ、と言うとトーリくんは『今が一番自由ですよ』と答える。

 本人がそう言うなら、それでいいんだけどね。

 プレゼント配りにも付いてくると言う。

 それが楽しいのなら、俺がとやかく言う事ではない。


 二人を乗せたソリは空中高く舞い上がる。

 この上昇感!

 生きてるって感じがするぜ!


「サンダー・クロス、今楽しいですか?」

「すっげー楽しい!」

「私たち、『ともだち』ですよね?」

「ああ、『ともだち』だ!」


 サンタクロースのいない世界で、魔人と魔王が良い子にプレゼントを届けに行くぜ!

 メリークリスマス!

 この世界にクリスマス無いけどな!














〈完〉

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子どもの夢を叶えよう! 魔人サンダー・クロス ful-fil @ful-fil

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