第10話 切り札
「うはははは! 楽しいなあ、トーリくん!」
「どこが楽しいんですか。貴方ちょっとおかしいですよ!」
グレートスレイマン山脈山頂付近は地獄のような有様だ。
雪は一部溶けて山肌が見えている。
俺の足元には『最強の○○』達の残骸が散らばっている。
引きちぎられたクマちゃん、へこんで曲がったレオシールド、バレリーナ人形なんか手足を折られて虚しくカタカタ振動している。
爆裂ナイフはとっくに溶かされて跡形もない。
フェニックスは氷漬けにされて谷底へ落とされた。
その他、『最強』シリーズの残骸で足の踏み場もない。
まさに死屍累々。
人工生命体は総じて生命力が弱いというか、耐久性が低い。
ヒーリングサンフラワーの首(?)が落とされてからは一気にトーリくん優勢に傾いた。
アダマンタイトオオクワガタをボコボコにした後、ひん曲がった魔剣レーヴァテインを投げ捨てて、メタモルフォチョウを素手で引き裂いたトーリくん。
いや〜、ワイルドだねえ。
トーリくんはもっとこう、魔法中心に遠隔攻撃で戦うタイプかと思ってたんだけど、意外と近接戦闘もこなすんだね。
「そういえば士官学校に入ったんだっけ。そこで戦い方教わったとか?」
「教わりましたよ、嫌と言うほどね!」
牧場育ちのイアンくんが考えた『最強の猛牛』をねじ伏せながらトーリくんが言う。
「あんな所行きたくなかった。地獄でしたよ」
「ほう、そうかい」
「教練も嫌だったけど、色気づいたガキどもが! 話す事といえば女の品定めばかり、やる事といえば暴行まがいの悪ふざけばかり!」
「あー、男ばっかりの集団だからなー」
「そのくせ線の細い女顔の後輩を襲おうとするって何ですか! 女好きなのか男好きなのかはっきりしろ、節操なしが! 死ねばいいんだ、絶滅しろ、変態ども!」
絶叫と共に、トーリくんは猛牛の角を掴んで地面に叩きつけた。
地面が大きく揺れた。
麓で雪崩が起きてるかもしれない。
一般人が巻き込まれてないといいが。
「おかげで1対多の戦闘に慣れました。場数を踏ませてもらいましたよ」
うーむ、凄絶な青春を送ったようだな。
同世代が集まる環境で気の合う友人を作れると思ったんだが。
「友達出来なかった?」
「親しげに近寄ってくる奴はいくらでもいましたけどね。必ずと言っていいほど迫ってくるか、先輩に売ろうとしてくるので、人間不信になりましたよ」
うーむ、人間不信を拗らせて魔王になってしまったか。
顔が可愛かったのが裏目に出たようだ。
だからといって魔人を目の敵にされてもな。
そろそろ『最強の○○』シリーズも底をついてきたし、決着つけるか。
「さてトーリくん。最後に出すのが俺の最強の切り札だ。これを突破できたら君の勝ちだ。その時は俺の命でもなんでも取るがいい。好きにしろ。だが突破できなかったら素直に負けを認めろ。どうだ、この勝負、受けるか?」
トーリくんは不敵に笑った。
「またぬいぐるみですか? それとも人形? 動物? 玩具の武器ですか? いいですよ、受けて立ちますよ。何を出そうと私には勝てない。切り札とやらを叩き潰してあげます」
「勝負を受けると。その言葉、二言はないな?」
「ありませんよ。私が負けたら好きなようにすればいい。そのくらいの覚悟がなければここにはいない。その代わり、私が勝ったら貴方は私のものだ。楽には死なせませんよ」
「良いだろう」
子どもたちの夢の残骸が散らばる山頂で、二人は向かい合った。
「行くぜ! 自称バンパイアの女王の生まれ変わり、ミレニアちゃん3歳が考えた最強のメテオシャワー、その名も『星降る夜に聴かせてよ乙女の祈りは死の香り』だ! 約2時間に渡りターゲット周辺に総数百万個もの隕石が降り注ぐぞ! しかも願い事を3回唱えられるように、空中で燃え尽きず必ず地表に到達するサービス付きだ! ちなみにこれを使うと使用者たる俺もヤバいので、『絶対防御シェル型シェルターハウス』に逃げ込ませてもらう。リクエストは海の生き物大好き貝殻コレクターのシェリダンくん11歳だ!」
できるだけ早口でまくし立ててる間にもう隕石が降って来始めた。
やべー。
急ぎシェルターハウスに逃げ込む。
これは巻貝の形をしたシェルターで、隕石の衝突にも耐え得る頑丈さである。
プレゼントしても良かったのだが、シェリダンくん本人が土壇場で『やっぱり超レアなリュウグウダカラの貝殻が欲しい!』とリクエスト変更したので御蔵入りとなったのだ。
小さく分厚い窓から無数の火球が空を彩るのを眺める。
「たーまやー」
派手な花火だなー。
閃光・轟音・振動が凄い。
流星雨が通り過ぎた後はこの辺りの地形が変わってるかもしれないな。
それは良いとして、2時間ほどここで待たねばならない。
暇だなー。
何か暇つぶし持ってくれば良かったかなー。
プレゼント袋の中になんか入ってないかな。
「本があったか。これはおませなビビアンちゃん12歳リクエストの恋愛小説『王子様と私と幼馴染とイケメンいろいろよりどりみどり学園は危険なラブ・アフェア』だな。レーティングに引っかかって御蔵入りしたんだっけ」
これ成人女性向けなんだよね。
荒唐無稽なラブストーリーを時に爆笑したり、時に『こんな男いねーよ』とツッコミを入れたりしながら読む事しばし。
ふと、閃光と轟音が止まったのに気づいた。
終わったかな?
シェルターハウスを出ると、ボロボロになったトーリくんが焦土と化した山頂に立っていた。
マントは跡形もなく、それ以外の衣類も原型を留めていない。
そのせいで人外となった肉体がよく見える。
顔だけでなく体にも鱗があるんだな。
なんか尻尾もあるな、爬虫類っぽいのが。
白かった髪は埃と煤でまだらに汚れているし、傷や火傷は数え切れない。
片方の瞼は腫れて目が塞がっているし、もう片方の目は額から流れ落ちる血で染まっている。
肩の裂傷を片手で押さえているけど、結構流血してるし、呼吸が荒くて苦しそうだ。
ケホッと咳き込んだら、口から黒い煙が出てた。
気道が焼けてんじゃないかな。
「おー、生きてたかー」
「とんでもない事してくれますね、サンダー・クロス」
「すごかっただろ?」
ミレニアちゃんはユニークな発想をする面白い子なのだ。
しかしユニークすぎて、そのままではプレゼントできないという残念な子でもある。
メテオシャワーも空中で全部燃え尽きる仕様なら、プレゼントできたんだけどね。
でも魔王にならいいかなって。
現にほら、ちゃんと二本の脚で立ってるし。
ニヒルな笑みを浮かべる余裕もあるみたいだし。
「少々手こずりましたが、この通り、貴方の切り札では私を倒せませんでしたよ。私の勝ちです、サンダー・クロス」
と思うだろ?
ところがどっこい。
「トナカイ1号、カモン!」
『へい、旦那!』
トーリくんの頭上から何かが降ってきた。
体調が万全なら避けられただろうな。
でも今のトーリくんはボロボロ。
目もよく見えてないんだな、これが。
結果的にトーリくんは捕まった。
トナカイ1号が投げ落とした巨大な宝石箱型トラップに。
「説明しよう。これこそ俺の真の切り札。賢い妹フォルトゥナータちゃんが12歳の時に考えた『おうちに帰ってこないお兄様を強制的に連れ戻すトラップボックス』だ。『お兄様特効』なのでフォリーちゃんの兄であるトーリくんには極めて良く効くぞ! 効果は『あらゆる抵抗を封じ、お兄様をフォリーの元に届ける』だ!」
「なっ!」
箱の中でトーリくんが絶句する気配。
「フォリーちゃん今16歳かー。びっくりするだろうなー。トーリくんが目の前に現れたら。しかもこんな姿で」
トラップボックスがガタンと揺れた。
思いっきり動揺してる気配。
『こんな姿』とは鱗や尻尾が生えてる事ではない。
メンタルつよつよなフォリーちゃんはその程度では動じない。
ただトーリくんは今、まともに衣服を着てないのだ。
半裸を通り越して、ほぼ全裸に近い状態なのだ。
嫌だろうなあ、16歳のご令嬢の目の前に全裸の兄が出現したら。
「できれば見せたくないよねえ、多感な年頃の妹に、兄の全裸」
「……っ! 卑怯だぞ、サンダー・クロス!」
最初に言ったろ?
俺の奥の手は汚いって。
「さ〜て、カウントダウン開始しちゃおかな。ゼロになったらフォリーちゃんの所に転送するからね。フォリーちゃん今何してるかなー。授業中じゃないといいねえ。女の子だらけの教室にいきなり全裸男が現れたら、事案だね」
「ちょっと待て!」
「待たない。十〜、九〜、八〜」
「ああもう! 貴方って人は!」
「七〜、六〜」
「こんな勝ち方でいいんですか! 人の尊厳奪って満足なんですか!」
「五〜、四〜」
「フォリーの馬鹿! こんなアイテム、こんな男にリクエストするなんて!」
「三〜、二〜」
「わかった、わかりました! 私の負けです! 認めますから、転送はやめて下さい!」
勝った。
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