第7話 ドリル水流弾

(ガボゴボゴボッ!)


 仲間であるエリスに巨大水球の中に閉じ込められた。



 --思考。



 おれの考える改造実験は、変な台の上で手足を拘束され、

 あらゆる薬品やら機材やらでごちゃごちゃやられるイメージがあった。今回それを覚悟していたんだが--



 ……だいぶ思ってたのと違くない?



 これもうあれでしょ。

 敵を水球の中に閉じ込めて身動きを封じるやつじゃん。

 忍者の漫画でもあったよ? 水がかなり重くて動けないってやつ。

 実際びっくりするくらい重くて動けないし、息はできないし意識は薄れてくしで……貴重なダチョウの尊い命が失われそうなんだが……!


 エリスは一体何を思ってこんな水球を??


「--クラウデーレ」


 と思ってると、静かに何かの呪文を口にした。

 水の中なんでよく聞こえなかったが、彼女がそれを唱えた途端--大量の水が急速に圧縮された。


 水は確か分子同士が云々で、ほぼ圧縮できないらしいけど、おれの眼前に広がる巨大水球はみるみるうちに小さくなっていく。

 どういう原理かはわからないが、そもそも魔法で作り出した水にそんな野暮なツッコミしてもしょうがないか--……いや、ちょっと待って? なーんか、おれの体タプタプしてない? 変な膨らみ方してない?


 おかしいと思い、じっくりと、しっかりと自分の体を確認する。


 --胴体や足、翼。


 ダチョウとして生まれ変わった己の体をまじまじと観察してみると、こいつは驚いた。スライムみたいな体色とぷよぷよした弾力性抜群の全身に変貌している。


 ……。


 ……。


 えっ……どういうこと?


 改造計画とは、まさかスライムのダチョウにすることだったのか?


 なんだその普通に思いつかない組み合わせは--ちょっと感心したわ、意外とおもろくてっ。


『おお! なんと癒し能力の高い姿じゃ! 水枕として最適の形状ではないか!?』


 地上に降り立つと、興奮しているサラマとエリスが小さく見える。

 これはおそらく……体が元の大きさから3倍くらい膨れ上がってるな、さっきの水を取り込んだ影響で。


(おれの身長は約2m、それの3倍だから--今は6mくらいのデカさになってるってことか)


 おいおい当事者なのがちょっと悲しくなってきたぞ。おれも正面から自分の姿を見たい。

 この世界では存在しないダチョウが、スライムの特性を身につけて地上に降り立っている瞬間を。


「楽しくなっちゃてるとこ悪いけど、これはあくまで前段階。滝の涙を進化させる前工程だからね? すぐに元の体に戻っちゃうから」


 あ、そうなの?

 そいつは残念……結構気に入ってたんだけどな。まあしゃーないか。


「それじゃあいくよ〜〜」


 そう言うと、エリスは勢いよく両手を合わせ--パァン! と、景気の良い音を響かせた。

 すると、ぷよぷよモチモチだったおれの体が自分でもわけわかんなくなるくらいグニョグニョと勝手に動き出し、まるでアメーバのように激しく形状変化を繰り返しながら--数秒後には元のダチョウの形に戻った。


「さぁデウス、スキルを確認してみて」

「あ、あぁ」


 言われるがまま脳内能力表を開いてみると--


−−−−−−−−−−−−−−−−−−


 名前:デウス

 身長:205cm

 体重:118kg

 種族:ダチョウ

 戦技:ダチョウキック

 魔法:なし

 技能:滝涙キャノン

 蹴り:90トン

 跳躍:50m

 好物:甘いもの

 苦手:辛いもの

レベル:3


−−−−−−−−−−−−−−−−−−


 【滝の涙】が【滝涙キャノン】に変わっていた。


 ……。



 たきるい、キャノン……?



 いや、そもそも元のスキル名がかっこよくなかったんだし、多少はマシになったと考えておこう。

 そう--大事なのは名前ではなく、効果だ。


 エリスがさっき見せてくれた銃弾のような水の攻撃--あれを再現できればいいんだ。


 おれは心の中で気合いを入れ、そこそこ離れた位置にある大木に狙いを定めた。

 幹の直径はおそらく1mほど。練習に使う的としてはちょうどいい太さだ。


 スキルの使い方に関しては、先程のエリスによる謎の水球実験のおかげか、どうやれば、どうすればスキルを発動できるのかハッキリと理解できている。


 なんと便利なのだろう--


 転生前の世界でも、スキルを獲得したと同時に使い方を完璧にマスターし、その後は一切失敗しないような仕様なら、学校生活でも仕事でもみんな苦労しないで生活できるだろうに……。

 なんて考えてしまうが、今は【滝涙キャノン】に集中だ。


「ふぅ〜……」


 大きく息を吐き出し、エネルギーと意識を自身の両目に集中する。

 イメージとしては全身に流れる血を一点に集める感じだ。

 足先から、脳天から--【滝涙キャノン】を放つために全てを集束させ……。



 一気に解き放つ!!



 --ヒュンッ!



 鋭い音と共に、おれの両目から勢いよく水球が放たれる。

 それは銃弾のように真っ直ぐ宙を飛び、なんの迷いもなく大木に激突した。


 --ガガガッッ!!


 だが当たった音はあまり綺麗ではない。

 先程エリスがやったような風穴ではなく、大木の表面部分をすっごい雑に抉り取った。

 まるでストレスが溜まったネコが、同じ箇所で三日三晩爪研ぎをしたかのような汚い傷ばかりだ。


(うーん……うまくできんかった)


 発射した直後は丸い水の塊だったが徐々に形が崩れ--最終的にアメーバみたいな形状で大木に『ビターンッ』と当たっていた。

 まさか、最初から最後まで綺麗な水球を維持するのがこんなにも難しいとは。


「まあまあ最初はこんなもんよ」


 おれの心情を察したのか、翼部分をぽんぽんと叩きながらエリスは穏やかな口調で言ってくる。


「むしろ初めてなのに大木まで飛ばせたこと自体すごいわ。ここから50mくらい離れてるのに--デウス、あんた才能あるわよっ」


「そ、そうかな?」


 弟子の成長を喜ぶ師匠のように、弾ける笑顔で褒めてくれるエリス。やはり彼女は優れたメンタルケアスキルの持ち主だ。


 言われてみれば確かに、遠くの大木まで水弾が届いたのは結構すごいことじゃないか? 内心では、勢いのない水鉄砲みたいに、チョロチョロと水が出るだけのギャグっぽい感じになったらどうしようって不安感があったが、今のでだいぶコツを掴んだ。


 というかむしろ、横に伸ばしたウォーターカッターみたいな飛ばし方の方が……いや違う! ドリルだ! 螺旋状に変化させたドリル水流の方がイメージとして掴みやすい気がする! 早速やってみよう!


「次こそは……ふんっ!」


 さっきと同じように、エネルギーと意識を両目に集束させ--解き放つ!


 --ギャリィッ!!


 水とは思えないような金属音が鳴り響いた。

 本当におれの目から発射されたのか? と自分を疑ってしまうほど殺意に満ちた完成度の高い螺旋状の水流弾は、けたたましい音色を発しながら先程の大木を軽々と貫通--中々にグロい大穴を開けた。


「わーお、すごい」

『……あんな恐ろしい水の怪物は初めてみたのぅ』


 さすがに2人も驚いたようでポカンと口を開けている。


 もちろんおれも驚いた--まさか実践してすぐにできるとは。しかも思った以上に高威力! これが本来は状態異常回復スキルだとは、誰も思わないだろう。

 

 それもこれも全ては、エリスが改造計画を決行してくれたおかげだ。


「エリス……これ相当強いんじゃないか? このスキル攻撃魔法とダチョウのキックを合わせれば大抵の相手は粉砕できそうだ」

「しかも撃つ度に状態異常もチャラにできるからね。これはこの先の戦闘に希望が持てるわっ」

『うむ、あれなら氷蝋族にもダメージを与えられるであろう』

「ひょうろうぞく? あっ……」


 しまった、このスキルに夢中になりすぎてすっかり頭から抜けていた。


『もしやお主、忘れておったのか……?』


 むむむ……と今までで最も表情を全面に押し出した迫真のジト目で、視線を刺すように向けてくる。


「す、すまなかった」


 やはり生物の視線は武器だ。

 使いようによっては精神を大幅に抉ってくる凶器--

 今度は大事な事柄は忘れないようにしよう。


「--さて、デウスが良い感じのスキルを使えるようになったところで、いよいよサラマちゃんを苦しめている原因--氷蝋族と何があったのか詳しく聞きましょうか」


 エリスが仕切り直し、再び3人で焚き火を囲む。

 氷蝋族の大まかな特徴はさっき聞いたけど、果たして彼女とどんな関係で、どんなことがあったのか……?


 サラマは静かに語り始める--


『余たちエルフ族は、奴ら氷蝋族に--村を壊滅させられたのじゃ』


 …………。


 …………。


 ……エルフ族って、いっつも誰かに村滅ぼされてない?


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おれ、ダチョウ ノア @noa_123

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