第6話 作戦会議

『うぅ……あったかいのう。焚き火は最高じゃ……』


 ブドウジュースでベトベトになったサラマの体を、エリスは水の魔法【アクアシャワー】で綺麗さっぱり洗い流し、火の魔法【フレア】によって焚き火を起こし、今みんなで一緒にあたたまっている。


 ここ周辺の自然はほとんどお菓子になっちゃってるので、まともな木を探すのはちょっと苦労したが、無事に薪を確保することができた。

 見つからなかったら甘い匂いを放つ特殊な焚き火を体験することになっていたが……まあそれはそれで面白そうではある。


『それにしても魔法の扱いに長けておるのうお主、吸血鬼と巨人のハーフとは驚きじゃ』


「当然! 吸血鬼といえば魔法のエキスパート! あーしたちはギアなしでも十分に優秀なのよっ」


 お互いに挨拶を済ませたサラマとエリスの2人は、びっくりするほど速く仲良くなった。


 ブドウジュースで入浴していた時はだいぶ警戒していたエリスだったが、素直に助けも求めないどころか、こちらを誘導して手助けを提案させる図太さがどうやら気に入ったらしい。


 サラマもサラマで、吸血鬼と巨人の血を引き、体のサイズを自由に変化させられる彼女に興味津々。あれこれと話を広げ--



 あれ? この疎外感どっかで感じたことあるぞ?

 すぐそばに2人がいるのに自分だけ仲間外れにされている感覚……ダチョウになって久しく忘れていたが、人間だった頃はこの気分を何度も味わったな。



 中学生の頃、高校生の頃、社会人の頃--全ての期間でずっとぼっちだったというわけじゃないが、かなりの確率でおれはぼっちだった。

 話しかけてくれるクラスメイトはいたが、特別親しい関係にはなれず、まあたまに絡むくらい。

 学校帰りや休日にどこかに出かけるという経験も数えるほどしか……うっ、なんか一気に辛くなってきたぞっ。


「--ちょっ、あんたっ! 何その滝のような涙!? なんかの魔法?!」

『こいつはすごい……! ダチョウとはこんなにも多量の水を目から放てるのかっ』

「へ?」


 気づけばおれは、焚き火を消しかねんレベルの滝の涙を放出していた。

 ギャグみてぇな量がどんどん溢れて--おいちょっと! 止まらんぞ!


「ちょ、ちょっと! 焚き火が消えちゃう!」

「エリス! おれの頭を叩け!」

「え、えぇ!?」

「いいから速く! 速く叩け! 思いっきり!」


 よくわからないが、謎の確信があった。

 調子の悪い電子機器は叩くように、誰かに強く叩いてもらえば治ると、おれの体が叫んでいる。


 エリスは少し……いやかなり困惑しながらもおれの小さい頭を殴り--見事、滝の涙を止めてみせた。


 なぜ突然涙が溢れたのか、それはわからない。

 だが一つ確かなのは--


−−−−−−−−−−−−−−−−−−


 名前:デウス

 身長:205cm

 体重:118kg

 種族:ダチョウ

 戦技:ダチョウキック

 魔法:なし

 技能:滝の涙

 蹴り:90トン

 跳躍:50m

 好物:甘いもの

 苦手:辛いもの

レベル:3


−−−−−−−−−−−−−−−−−−


 何故か【滝の涙】という、まことに嬉しくないスキルが追加されたことだ。


 …………。


 ……おいおい、初めてのスキルがこれでいいのか?


 異世界に転生して獲得した初スキルがこれ??


 なんだよ滝の涙って……普通にダサすぎるだろ。


 涙が付くなら天泣とかでいいじゃん。その方がずっとかっこいいよぉ……。


 ……はぁ、過去の悲しい記憶を振り返った瞬間にこんなもんを獲得するとは。


 まぁ一応効果を確認しておくか--えぇっとなになに? 【滝の涙の効果は状態異常の回復。大量の涙と一緒に嫌なもんを洗い流すことが可能であり、毒だろうが麻痺だろうが闇の精神攻撃だろうが、泣くことによって全て消し去ることができる。よってこのスキルを行使する限り、状態異常はもはや敵ではない--】


 ……。



 え?



 普通に強くね?


 普通に有能スキルじゃね?


 --いや待て、


 効果は優秀だ、効果はっ。


 どんな状態異常だろうが、涙さえ流せば治すことができる。

 本来生物にとって致命的な【毒】ですらも、この【滝の涙】を使えば問題にはならない。

 ならないが……。


 状態異常になる度に泣くという行為が必要なのはちょっと。

 普通に恥ずかしいんだが。


「ククッ、アハハハッ」


 なんて思ってたらエリスが突然笑い出した。

 最初は、なんだいきなり? ついに狂ったか? と思ったが--よくよく考えればわかることだ。


 なにせこの脳内能力表を作ってくれたのはエリスだ。

 故に彼女はこれを覗き見ることができるのだろう。

 で、今この変なスキルを確認して吹き出した、と……。


 くそっ! 普通に悔しい!


 でもおれがエリスの立場だったら--


 …………。


 うん、間違いなく笑ってる。

 絶対我慢できないわ。

 こりゃ攻められん。素直に受け入れよう。


「アハハハッ--あ、ごめんなさいデウス。あーしも我慢しようとしたんだけど、さすがに無理だったわ」


 と、ひとしきり笑った後、


「でも悲観することはないわ。--ダサい部分をかっこよく変えちゃえばいいのよ!」


 か、かっこよく……? 『滝の涙』を?


 まるで状況がわからずポカンとしているサラマ同様、おれもエリスの言ってることがわからず困惑していると--エリスは指先から一筋の水を勢いよく、湖に向けて発射した。


 それは銃弾の如く前進し、近くの大木を貫通--水とは思えない鋭い穴を開けた。


「こ、こわっ」


 普通にびびった。

 魔法のある異世界とはいえ、あんな小さな水の塊で大木に穴を開ける瞬間を拝めるとは。


 もしあの攻撃を生物に向けて飛ばせば、大抵の相手は防げず風穴を開けられるだろうし、ウォーターカッターのように横に伸ばせば切断も容易いはず……。


 っ!


 もしや、エリスの言っていたかっこよく変えるっていうのは?!


「……気がついたようね」


 ドヤ顔を披露するエリス。


「そう! 本来、状態異常回復の効果しかない【スキル】をちょっとズルして【攻撃魔法効果】付きのものに変えちゃえばいいの! ナイスアイデアでしょ?」


「なんてズルくて良いアイデア! でもいいのかそんなことして? なんかこう……世界の修正力的なやつに怒られない?」


「修正力? そんなもん、個人の力にいちいち干渉してこないわよ。安心しなさい」


 少なくとも修正力というものはマジであるらしい。今回は関係ないみたいだが。


『ちょっと待ってくれぬか、話が見えないのだが』


 少しだけシュンとした表情でサラマが割って入る。


「あっごめんねサラマちゃん。置いてけぼりにしてたわね」


 軽く謝った後にエリスがおれのスキルについて説明し、彼女は事態を把握した。


『なるほど。滝の……フフッ、涙を改良するのか、面白い試みじゃな』

「今笑った?」

『笑っとらん…………っっ……』


 笑ってんじゃねーかっ!


「--というわけで! 今からデウスの体を改造してズルしちゃおう作戦を決行するわっ」


 ノリノリで、深夜テンションのようなノリで聞き捨てならない単語を彼女は発した。



「……ちょっと待ってくれエリス。改造とは……???」



「デウスの背中に乗りながら色々とね、あんたの体を調べてたのよ。--このダチョウという体、特異な魔力……なんとかあーしの力で干渉できないかってね」


「なるほど?」


「そしたらなんと!」


『なんと……?』


「契約を交わせばある程度いじれることがわかったの! で、もう契約は済んでるからいじれるの!」


 おっとぉ? 初耳なんですが?


 契約を交わせばある程度いじれる←わかる。これはわかるよ?

 もう契約は済んでる←わからない。ちっとも理解できんぞ。


「あのエリスさん? そんなこと、おれには一言も言ってない気がするのですが?」


「え? だってもう仲間でしょ? 一緒に旅する相手なんだから別に不思議じゃなくない?」


 あーし何か変なこと言ってる? 的な表情で、むしろこっちがおかしいかのような顔を向けてきた。


 ……なんということだ。

 最初から、価値観が違ったのだ……。


 彼女にとって一緒に旅する仲間=自分の自由にしていい相手であり、報連相が大事などという考えは最初から無いらしい。


 

 でもこの改造を拒否れば、

 効果は優秀だが見た目がマヌケの【滝の涙】のまま。

 改造を受け入れれば、かっこいい【攻撃魔法効果】の付いた【状態異常回復】のスキルに変化させられる。


 ……もはや、選択の余地はない--



「--わかった。やってくれエリス!」

「そうこなくっちゃ!」


 心底楽しそうな表情を浮かべた後、何やら不思議な詠唱を始め--








 --俺は巨大水球の中に閉じ込められた。


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