第5話
『なんじゃお主、余の入浴を覗き見るとは不敬であるぞ』
吸血鬼と巨人のハーフであるエリスと初めて会った場所--ブドウジュースの湖に戻ってくると、それはもう優れた美貌を持ったエルフっぽい人がいた。
まつ毛は長く、それに縁取られた空色の瞳も透き通るように綺麗で、稲妻のように荒々しく乱れている白銀の髪は、自らは強者であると主張するような圧倒的な迫力を放っている。
ひと目で魅了され、ひと目で虜になってしまいそうなほどの美貌。
仮にこの人物が大罪人であっても無条件で受け入れ許してしまう--そんな魔力が感じられた。
が、今のおれはダチョウだからなのか、そこまでメロメロにはならなかった。
人間の頃だったら間違いなく目からハートを出して人気ヒロインに骨抜きにされるモブキャラの1人と化していただろうが、そこまではいかなかった。
……まさか、いやもしかしなくても、メスのダチョウにしか興味がない生物になってしまったのか?
まぁダチョウになってんだから別にそれでもおかしくはないけど……ないけど……脳味噌は完全に人間だからなぁ、この思考の状態でメスのダチョウに興奮するのはちょっと……。
『何を呆けておるのだ、たわけ。お主のことじゃ、そこの……変な鳥?』
やはりこの世界にダチョウは存在していないらしい。
というか、これだけの美貌と迫力ある人物でもうまく言葉にできなくて困惑するレベルなのかこの姿は。ちょっと面白くなってきたぞ。
「--えっと、なぜブドウの湖で入浴を? 普通に冷たいでしょ」
『何を言う、その【冷たさ】がいいのだ』
やれやれ、わかってないな……とでも言いたげな絶妙にムカつく顔で、
『この湖は甘く、飲めば心身ともに癒しをもたらす素晴らしい風呂じゃ。疲れを取りたい時はここに浸かるに限--っくしょん!』
壮大なくしゃみを披露した。
「……」
なんとか笑いを堪えつつも、見事なくしゃみっぷりに尊敬の念が湧いてくる。
彼女は頭を前に大きく動かし、思いっきり顔を水面に叩きつけ、周囲に水飛沫をぶちまけた。
プロのお笑い芸人でもここまで綺麗にやれるか? というレベルの洗練されすぎた動き--もはや達人と言ってもいい。
『っぷはぁっ!?』
彼女は水面から顔を上げると、ごほっごほっと何度も咳き込んだ後、
『……ごほんっ! --で、ブドウの良さというのはだな、他のものとは全く違うんじゃ。例えばオレンジジュースの風呂、あれは酸っぱすぎる--うまいが疲れを癒すとは違う。そしてパイナップルジュースの風呂、あれも--』
おいおいこいつまじか。
さっきのくしゃみを恥ずかしがるどころか、気にも止めずに話を続けるって--
やはり、大物のお笑い芸人……!?
『何か失礼なこと考えてるじゃろ、お主』
「ギクッ」
『まあ良い、余は寛大だからな。多少の不敬は許してやろう、感謝するが良い』
ふーっと息を吐き出し、ゆっくり肩まで浸かってリラックスするエルフ。
この世界ではこれが普通なのか?と背中で隠れてるエリスに聞いてみると、
(そんなわけないでしょ)
と一蹴された。
--ですよね。
『しかし喋る鳥は初めて見たな。デカいし足は長いし頭は小さいし--普通に不気味じゃ。まあ悪いやつではなさそうじゃが』
あぁそこは普通に驚いてたんだ。ポーカーフェイス気味なのかこの人? あんま表情が変化しないけど。
『で、お主はここに何しに来たのだ? ブドウジュースを飲みに来たのか?』
ちょっと休憩しに来たけど先客がいるし……場所を変えた方が良さそうだな。
「邪魔しちゃ悪いから、別のとこ行きますね」
『まあ待て。そこまで急ぐことはなかろう』
その場から離れようとすると呼び止められ、こちらに手招きされる。
近づいて大丈夫か? とちょっと警戒しながらある程度近づくと、彼女は遠くを見つめながら、
『余はサラマというが、お主は?』
と、名前を聞いてきた。
「おれは--デウス。ダチョウという種族だ」
『だ、ちょう? ふむ、やはり初めて聞いた種族だ。故郷はどこじゃ? どこにある?』
「いや〜そこらへんおれも覚えてなくて、気づいたら森の中にいたって感じで……」
なんとなく【転生者】という事実は隠した方がいいと思ったので適当に誤魔化すことに。
まあ何も覚えてないってのは本当だけど。
『なんとも不思議な生き物じゃな。まさか日に二度もそのような輩に出くわすとは』
そう言ったサラマは遥か遠くを見つめ、どこか寂しげだった。
「二度? 似たような鳥族が!?」
まさか同族? もしかすると同じ転生者が同じ姿でこの世界に存在してるのか?
『いや、氷蝋族じゃ』
ひょうろうぞく?
なんだそれは、初めて耳にしたぞ。
『氷と蝋の体を持つ種族でな、氷のように冷たい体を持ちながら溶岩のような体温も保持する特異な奴らじゃ。
常にどろどろと鬱陶しい液体を垂れ流し、限界まで裂けた口で相手を嘲笑い、溶岩の氷で対象を拘束し固める--まさに悪魔のような存在。……お主、あぁデウスだったか。デウスのような喋る鳥とはまた違ったインパクトある種族じゃ』
なんだそいつらは!?
氷のような冷たい体を持ってるのに実際は溶岩のような体温?
おいおいさすが異世界だな。そんなびっくり種族もいるとは。
しかも氷で対象を拘束して固めるとは、まさに悪役のような攻撃手段。
ってことは生物も無生物も問答無用で固めて動けなくし、それごと破壊して対象を倒す--なんて芸当は朝飯前だろう。
それに限界まで裂けた口ってことは、口裂け女みたいな容姿をしてるのか。
すごいな、刺さる人には刺さりそうなビジュアルが、これでもかと脳内に浮かんでくるぞ。
アニメでそのキャラデザを明かし、無様に負ける姿を見せれば--あっという間に恐ろしい数のファンアートが量産されそうだ。
おれは手が翼だから絵は描けないが、かなり創作意欲が刺激される特徴をしている。
……こいつは何としても自分の眼で存在を確かめたいぞ。
『この話を聞いて恐怖するどころか楽しそうにするとは--なんとも面妖な生き物よ』
少しだけ口角を上げて嬉しそうに言うサラマ。
相変わらず表情変化が乏しいので考えは読めないが、氷蝋族の話をしても怖がったり逃げたりしないおれに対して多少なりとも何か思うところがあるように感じる。
ん? というかこれってもしかして……助けを求めてたりする?
会ったばかりの変な鳥のおれにわざわざこの話をしたってことは。
…………。
……いや、自意識過剰か。
こんな優れた美貌と強者のオーラ全開かつ、お笑いもできるような人が誰かに救いを求めてるとは到底思えない。
きっとこの入浴も強者の気まぐれ、戯れの類だろう。
『…………』
「えっ……?」
『…………』
なんだこの人。
すっごい静かにチラチラ見てくるんだけど、ちょっと困った顔しながら……。
「……あのぅ何か?」
『いや、別に』
「……」
『……』
え、ガチで? ガチで助けを求めてる感じ?
さっき言った氷蝋族の横暴に困ってる状況なのか、もしかして……。
「あのーサラマさん」
『なんじゃ?』
「その氷蝋族の討伐、手伝いま--」
『よく言ってくれた!!!』
ザパァーッ! と勢いよくその場に立ち上がり、彼女は見事な仁王立ちを披露する。
そしてニカッと口角を上げ、その言葉を待っていたと言わんばかりの表情をこちらを向け、さっきよりずっとデカい声で--
『何も言わずとも心底困ってる余の心情を察し、自ら進んで命をかける覚悟とは……いいだろう! 特別に余のことを助けさせてやる! こんなにも美貌にも性格にも声にも優れた存在の、手となり足となれるチャンスはそうないからの! お主は実に、実に運が良い! この栄誉は一生のものじゃ!』
「え? いや、あの--」
『しかし奴らは手強い……まともに戦い、倒すのは難しい。まずはしっかりと計画を立てる必要があるな!』
と言ってきた。
こいつ……! ちょっと困った顔でチラチラ見てきたと思ったらそういうことか!
自分から助けを求めるのは嫌だから、あくまで相手から提案してきたように仕向けるとは……!
なんて、なんて良い性格をしてるんだ!
性格が良い、ではなく良い性格をしてる見本のような例だっ。
……でも、状況的に相当困ってるのは間違いない。
ブドウジュースの湖で入浴してたのも、今の発言からして誰かの興味を引く目的でやってたことだろう。
そしておれがここに来るまで、誰にも相談できず、誰にも頼れずにいた……。
なら、まじで可哀想だし、エリスと一緒に助けよう。
ギア入手のために人助けは元々するつもりだったし、あまりにも姑息な手段を使ってきたのは間違いないが……ここで無視して逃げるのも後味が悪い。
(エリス、いいよな?)
小声で背中にいる彼女に確認すると、
(この女……面白いわね! ぜひ力になってあげましょう!)
と、ノリノリだった。
どうやらエリス好みだったらしい。
『まず氷蝋族の居場所だが--へクシュッ、へクシュッ!』
ブドウジュースによってずぶ濡れ状態のサラマ。
……そりゃあくしゃみも出るわ。
「一旦体を温めよう。作戦会議はそれからで」
『うむ、そうだな』
こうして--ダチョウと吸血鬼巨人ハーフとエルフの異色パーティが誕生した。
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