第6話 冒険者アレン

 ここは人種の治める国々の中でも最も東端にある小国、エイド公国。

 そのさらに東方に位置する交易都市サイデッカー。

 東には大森林が広がり、アーリア神聖国へ向かう迂回路にある都市だ。


 サイデッカーの冒険者ギルドの受付に、一人の男が――誰も見ていないのに、カッコいいポーズを決めながら立っていた。


 全身黒一色でコーディネートされた装備。

 トレードマークの黒いグローブには金糸でカッコいい封印紋が刺繍されている。

 封印された右手が……今日も疼くぜ。


 俺の名はアレン。十二歳から冒険者として活躍し、今では二十八歳。

 ベテランを通り越した熟練の――万年C級冒険者だ。


 他の同期は引退したか、ギルドの要職についたか、あるいは新人指導教官になったり。

 俺は……俺の道を歩んでいる。


「アレンさん、今日もゴブリン退治ご苦労様です。あと薬草、今日は上等品が多かったみたいですよ。こちらが報酬です」


「ふっ……」


 俺は右手のグローブを見せつけるように報酬を受け取り、颯爽と受付を後にする――。

 と、その時。


「あ、アレンさん!」


「おっと、俺に惚れちゃあいけねーぜ!」


 くるりと振り向いた俺を、受付嬢はすっごい嫌そうな目で見ていた。


「あ……ごめんなさい。なんでしょうか?」


 この子、怒らせると怖いからな……。


「……いつもの指名来てますよ。ドゥイーナ村の」


「ああ……もうそんな季節か。分かった、受けておいてくれ」


 俺はそう告げ、ギルドの喧騒を縫って早足で立ち去った。


 ーーー


(はあ……アレンさんは実力はあるんですけどね。誠実だし、この依頼も明らかに赤字なのに毎回受けてくれる。人のために動ける人なのに……)


 受付嬢の手元には、ドゥイーナ村からの指名依頼書。

 支払われる報酬額は馬車での移動料金で消えてしまうほど。


(でも……あの“チューニビョー”は痛すぎます)


 召喚された英雄王様の世界で使われていた言葉だそうだが、なぜかアレンにしっくりくる。


(万年C級冒険者。本人は気づいてないでしょうけど、ソロでC級って、普通はありえないんですよ……)


 ぽん、と受諾印を押す。

 それから受付嬢はチラリとアレンが去った扉を見やり、業務に戻った。


 ◇


 アレンは馬車を途中下車し、そこから北上してドゥイーナ村へ辿り着く。

 こんな辺境の村には馬車など通らない。


 簡素な木製の柵が村を囲み、二箇所に門が作られている。


 顔なじみの門番に手を振り、依頼を受けたと伝える。

 毎年のことなので、村長に挨拶を済ませ、いつもの空き家の一つを借り受ける。

 すでに表札に「アレン」の文字が刻まれているのには苦笑するしかなかった。


 秋口になると、大森林から一定数の魔獣が平原部に出てくる。

 理由は不明だが、ドゥイーナ村周辺ではワイルドボアが群れで現れるのだ。

 それを間引くのがアレンの役目だった。


 猪型の魔獣は駆け出しのE級やD級向け。だが、魔獣は魔獣。

 一般人が相手すれば死傷者が出る。


 戦力を雇えない辺境の村にとって、アレンは頼もしい存在だった。


 荷物を空き家に放り込み、身軽になったアレンは門をくぐる。


「アレンさん、もう狩りに出るんですか?」


 門番の若者が驚いた顔をする。


「いや、今日は下見だけだ。さすがに移動で疲れてるからな」


「そうですよね……無理はなさらず!」


「ああ」


 しばらく歩いて森の外縁部へ。

 アレンは、森の様子に違和感を覚えた。


(……静かすぎる)


 自称熟練冒険者の勘が警鐘を鳴らす。

 説明はできない。ただ、肌がざわつく。


 そして彼は、一歩森の中へと踏み込んだ。

 違和感の正体を確かめるために――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

2025年12月28日 22:00
2025年12月29日 22:00
2025年12月30日 22:00

英雄になりたいだけなのに、 周囲の勘違いで神扱いされてしまった件(仮) ゆパ @yunopapa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ