第5話 ヒロイン覚醒

 召喚は失敗だ。

 しかも最悪な方向に。


 更に最悪なのは、聖地アーリアが「天使」に襲われた事だ。

 あり得ない。あってはならない事だ。


 儀式の間に整然と並ぶ天使たち。


 聖女ルナが最初に気づいた。震える声で呟く。


「熾天使様……?」


 女神アーリアの軍勢の中でも上位の存在。それが三十も。

 当然、聖王国でも天使召喚は行われるが、大司教ですら下位の大天使までだ。過去に「力天使」を呼んで大魔獣を倒したという逸話もあるが、半ば眉唾とされていた。


「聞け! 愚かなる人間ども!

 貴様らはネム様の繊細なる御心に小さな影を落とした。

 この罪、万死に値する!!」

(そのとばっちりを我らが受けているのだ)


「お、お待ちください! 我々は女神アーリア様の敬虔なる信徒でございます。

 此度も神託に従い召喚の儀を――!」


「女神アーリア様……? さて、我らより下位の世界の神の名など知らぬな。

 だが慈悲深いネム様はこうも仰られた。三十分、我らの怒りに耐えられたら見逃そう、と」

(……たぶんそう言っていたはずだ)


「そ、そんな!?」


「これは試練である! 耐えてみよ!」

(確か“殺すな”とも言ってたな……)


 一方的な蹂躙が始まった。


 ◇


 一方その頃――。


 高速で空を駆ける私は、初めての自由に歓喜していた。


「ひゃっほー! 自由だー!」


 あの狭いケースの中でずっと本を読んだり、おじいちゃんの魔法を真似たり、たまに外に出て魔物を倒したり。

 ……まあ、それが当たり前だと思っていた。


 でも、今は違う!

 制限なく自由に動き回れるって、こんなに楽しかったんだ!


 あの溶液から出ても体が崩れないのは、【再生】とかいうギフトのおかげだろうか?

 まあ、後で解析すればいいか。


 眼下には街、平野、大森林。

 どこか分からないけど、やりたい事は決まっている。


 ――そう、ヒロインになる事!!


 物語の勇者や英雄には必ずヒロインがついて回る。

 私はヒロインになって、救われて、冒険して、結婚して幸せに暮らすの!


「さあ、私の英雄はどこかに落ちてないかな!?」


 そう妄想していた時、小さな集落を見つけた。

 木の柵で囲まれただけの辺境の村。人も少なく、まさに「ここから始まります!」って雰囲気。


 ――ビビッときた。ここが開始地点だ!


 でも、いきなり突撃は危ない。もしギフト無効とかされたら即死だし。

 慎重に行こう。


 私は近くの森の河原に着陸した。


 で、ちょっと練習することがある。


 そう、歩いたことがないから歩き方が分からない。

 声も、全部【念話】だったから上手く出せない。


 【念動】を切った瞬間、糸の切れた人形のようにぐしゃっと崩れ落ちる。


「……まずは本の挿絵にあった“ヒロイン立ち”からだね!」


 ――三日後。


 河原はハリケーンが過ぎ去った跡のようになっていた。

 立ち上がろうとして山より高く飛んだり、足を踏み出して衝撃波で森を薙ぎ倒したり。

 けれど、ついに“ヒロイン立ち”をマスターした。


 次は声だ。

 「鈴のような」とか「涼やかな」とか……よく分かんない。

 とりあえず小鳥の真似で「ぴぴっ」とか、「あー」「うー」とかやってみる。


 ――さらに三日後。


 河原は凄惨な惨殺現場になっていた。


「助けて英雄様ー!」「ありがとうございますー!」「お慕い申し上げますー!」


 一生懸命セリフ練習してたら、猪みたいな魔物が何度も突っ込んできて、攻性防壁に触れた瞬間に風船みたいに爆散。

 後から後から学習せず突っ込んでくるから、いつの間にか魔物の死骸だらけになっていた。


 ……まあ、これで歩けるし、声も多少出る。準備はできたかな!


 あとは――何かに襲われれば、英雄様が颯爽と現れるはず!


「よし、“襲われ待ち”だ!」


 こうしてネムは、しばらくの間、襲われ待ちに徹することとなった。

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