第4話 撤退戦

 まばゆい光が収まると、荘厳な神殿と思わしき場所に出た。


 おー、これは本で読んだ神殿ってやつだ!


 床には魔法陣が彫り込まれており、その周りをいかにも「神官です! しかも偉いです!」と服装でわからせてくる人たちが祈りを捧げている。


 見渡せば壁一面に神様と天使みたいな精緻な彫刻、ステンドグラスからの光が絶妙に色づけをしている。


 おじいちゃんは街に連れて行ってくれないから、本の挿絵とか想像力で妄想していたけど、やっぱり実物はすごい!


 周りの観察に気を取られていたら、いつの間にか私の目の前で「神官です! しかも偉いです! あと清楚ヒロインです!」系の少女が何か喋っていた。


 あー、何言ってるか分かんないね。ま、すぐ帰るし翻訳魔法はいっか。


 お、あれはまさかの獣人!? かっこいい!

 あれってエルフだよね!


 ひとしきり観察が終わったので、そろそろ現在位置の特定をしようと空間を見つめてみたが、いつもみたいに「このへん」って分からない。


 あれ?


 魔法で調べるか。


 そう思い、周辺感知の魔法を発動した。


 すると、綺麗なエルフのお姉さんが何かを叫び、「偉いです!」の子の前に躍り出る。

 それとは別に、カッコいい獣人のおじさんがイカつい鉄の塊みたいな剣を抜いてこちらに向けてくる。

 そして、同じく剣士なのかな、ふかふかファー付きの豪華なマントをした白銀の男が剣の柄に手をかけた。


 え、何これ、召喚して殺して“存在格”を上げる効率プレイ!?


 仕方ない。翻訳魔法を使うか――と思った刹那、エルフのお姉さんの声。今度は意味は分かるけど内容はわからん。


「再度発動! ガウガ!」

「おうよ!!」


 ガウガと呼ばれた獣人のおじさんは何かを呟き、デカい剣を私の足元へ突き立てる。


 あー、綺麗に掘ってある魔法陣壊しちゃったよ。勿体ない――なんて考えていたら、急にケースの浮力が失われた。


 え? と思った時には地面へと落下し、派手な音を立てて割れた。

 咄嗟のことで反応が遅れてしまったのだ。


「死」


 この一文字しか考えられなかった。


 私は無意識のうちに、流れ出た原始の水を両手で掬って体にかける。


 ぴちゃ、ぴちゃ――という音だけが、神殿を支配した。


 ……あれ?


 しばらくぴちゃぴちゃしてたけど、体が崩れない。


 腕よし。体よし。足よし。尻もよし。

 ――魔法……はダメか。


「お、おい。なんなんだよこいつ」


 獣人のおじさんの剣が、周囲の魔法を無効化してる。危険だね。

 あと、剣士のお兄さんの黒い剣は「ヤバいです」って書いてある。


 おじいちゃんも言ってた。わからん時は転進しろって。


 魔法が使えないと帰るのも面倒くさい。さっきから簡単なのは使えないから――ちょいムズの【短距離転移】!


 見える範囲に跳べる優れもの。

 私は彼らの上空、天井スレスレに転移した。


 なんだ、使えるじゃん。ほい、【飛行】。これもよし。

(たぶん“剣の周囲限定”で無効化、範囲外は大丈夫、ってやつだね)


「ば、馬鹿な!? パーフェクト・アンチマジックだぞ!?」

「くっ、ルナ様を奥へ!! 【天雷】!!」


 エルフのお姉さんから雷が放たれる。

 手加減してるのか、初歩の魔法だ。私なら、くしゃみしたら勝手に出る類。


「リリアラート! ディスペルだ!」

「やってるわよ!!」


 だけど油断は禁物。とりあえずここから逃げよう。

 魔法を殺すデカい剣も、「ヤバいです」の黒剣も未知。近づかないのが最良。

 それに、なんで私が死なないのかも、まだ判らない。


「近衛たちは何をしている!?」


 長距離転移は十回試しても発動しない。ここは――全力で距離を取る。


「鑑定、何これ!? レベル表記なし、ギフト【再生】?」


 自分で身体を張るのは怖いし、召喚にしよう!


 私は三十の召喚陣を展開する。

 できるかなー? と待っていると、熾天使を筆頭に完全武装の天使たちが現れた。


「お久しぶりでございます、ネム様」


 整然と並ぶ天使たち――けれど、その畏怖は強い。

 契約のとき、彼らの主人である第八世界の神が“指で弾かれて”惨殺されたからだ。

(関係ない子は引っ込んでて、って軽く言っただけなんだけどなぁ)


「うん。えっとね、あいつらが追ってこないように、ここで食い止めといて!

 あんまり悪い人っぽくはないから、殺さないでね」


 天使は足元で騒ぐ者たちを一瞥する。


「即、殲滅いたします」


 彼女に逆らってはいけない。――もはや、それ以外の思考はない。


「名付けて“モブばら撒き・その隙に撤退しよう大作戦”!!」


 たとえ自らをモブと貶められても、決して逆らってはいけない。彼女にとってはモブなのだから。


「じゃ、頼んだよ。三十分くらい遊んであげて。そしたら帰っていいよ」


 作戦を伝えた私は、天井を突き破り、西の空へと消えた。

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