帰り道




 会社からの帰り道、いつもの道のりでふと立ち止まる。

 街灯に照らされたその足元には、ベンチが置いてあった。

 今までそんな物は見たこともないが、今日は本当にそこにある。


 そしてそのベンチには、ぐったりとした姿の男性がいた。

 背もたれに寄りかかることなく、だらりと腕を下げている。

 しっかりと両足を地面につけたまま、頬を膝に乗せていた。


 明らかに異様な光景だと思う。

 私からは後頭部しか見えないが、どう考えても体勢からおかしい。

 私の頭が懸命に警鐘を鳴らすが、視線は男性に釘付けのままだ。

 

 そこで、私は気が付いてしまった。

 男性の着ているワイシャツが、血で汚れていることに。


 本当は近付いてはいけないと分かっているのに、私は思わず駆け寄っていた。

 大丈夫ですかと口をついて出た時には、男性の様子をはっきりと理解する。

 男性は私の声など聞こえていないようで、そのままの姿勢でぴくりとも動かない。

 そして着ているワイシャツは、返り血でも浴びたような有様だった。


 良くない、これは良くない。

 その考えとともに、頭に血が送られていく様子が分かる。

 どくどくと脈打ちながら、警鐘と同じリズムで頭が痛む。


 だめだ、このままここにいては。

 頭では理解しているのに、身体が動かない。

 それでもなんとか身体を動かして、ようやく一歩後ずさった。


 すると男性がぴくりと反応し、ゆっくりと頭をもたげる。

 私はそれを見ながら後退り、男性と距離を取る。


 しかし男性は眼前にこちらを向いて、ゆっくりと立ち上がった。

 そうして一歩足を踏み出した時、私は男性に背を向けて一目散に駆け出したのだった。




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