掌編集
化野 佳和
偏屈小説家とストーカー編集者
僕の執筆中、こっそり忍び込んでくる奴がいる。
そいつは俺のストーカーで、しかもある意味相棒だ。
こいつは何が楽しくて、僕のストーカーなんかしてるんだか。
「……おい。入るならもっと堂々と入れ。こそこそされると逆に気になる」
「えー?! バレてたんですかぁ?! せーっかく音を立てずに忍び込めたのにぃ!」
「そもそも忍び込むな。君は編集担当なんだから堂々と入ってくればいいって言ってるだろ」
「そーんなぁ。だって仕事のお邪魔はしたくないですしぃ……」
「だからぁ。むしろこそこそされる方が邪魔だって言ってるんだ」
「はぁーい、善処しまぁーっす」
「……する気もないくせに」
「ふっふーん。ところで先生? 『お仕事の方は、どうですか?』」
「はぁ……。『順調だよ、見て分からないのかい』」
「分かってますよぅ。だからこのタイミングで忍び込んだんです!」
「そうだろうな。僕の集中力が切れる頃だ。というか忍び込むな」
「休憩に、お茶とかどうです? 良い焙じ茶が手に入ったんですよぅ」
「お茶請けは?」
「もちろん、べったら漬けです!」
「よろしい、休憩だ」
———*———*———*———*———*———
「先生? あの資料、役に立ってます? もっと別のをお持ちしましょうか」
「分かってて聞くな。今はいらない」
「ですよねー。じゃあ、次の連載の話なんですけどぉ」
「ちょっと待て。次って言われてもいつになるか——」
「分かってますって! 年が明けて落ち着いたらですから……鏡開きの頃に、またご相談にうかがいます!」
「……本当に。君は歩くスケジュール帳だな」
「そんなに褒めても何も出ませんよぉ?」
「褒めてない、馬鹿にしてるんだ」
「えー、ひっどぉい!」
「そんなことより、いい加減僕を先生と呼ぶのをやめろ」
「いーやーでーす! 先生は先生ですから!」
「僕はそんな大したものじゃない」
「いいえ! 私にとっては先生なんです!」
「はぁ……。もういい」
「はい、そうですよね!」
「……この馬鹿が」
「えー? 何ですかー? きーこーえーまーせーん」
「そのまま耳がなくなってしまえ!」
「え?! 逆耳なし芳一ですか!?」
「黙って茶を入れてこい!」
———*———*———*———*———
「……ほら、黙って作った合鍵を出せ」
「そ、そんな……! い、嫌です! それだけは!」
「そんなものなくったって、勝手に入ってくるだろう、君は」
「まぁ、それもそうなんですけどねぇ?」
「ピッキングなんてどこで覚えたんだか……」
「違いますよ、勘弁してください! 私はそんな犯罪的なこと、何一つ知りません!」
「”的なこと”じゃなくて犯罪なんだが!? そもそも君はストーカーだから、もう犯罪者以外の何物でもないな」
「人聞きの悪いことを言わないでくださいよぉ。先生の家の建付けが悪いだけですってばぁ。あ、そうだ! これを機に、引っ越ししません?」
「せんわ! だいたい、最近買ったばかりなんだから建付けが悪い訳ないだろう!」
「でもぉ。私が入り込めちゃってますしぃ……」
「君はどうしてか弱い女の子のふりができるんだ……」
「え、だって本当のことですから!」
「本当のか弱い女の子は、ピッキングもストーカーも! ましてやこっそり合鍵を作ることも僕の行動パターンを把握することもしない!」
「先生、それは偏見です」
「君は変態だがな」
「だからぁ、そんなに褒めても何も出ませんってばぁ」
「変態と言われて喜ぶ奴を、実際に目の前にするとは……」
「貴重な経験ですね!」
「しなくてもいい経験だ!」
「いやいや! 小説家たるもの、何事も経験しておくのが良いですよ!」
「君に小説家の何たるかを説かれたくない!」
「ほらほらぁ、せっかくのお茶が冷めちゃいますよ?」
「……まったく、君って奴は」
「えっへへ! 最高の編集担当でしょ?」
「いや? 最悪のストーカー娘だ」
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