第7話 勇者の罪
カメリアがオルドトリアと訓練するようになり数ヶ月の時が流れた。
太陽が街を照らす時間が増え、緑が生茂り、人々は浮かれた様子でどこかへ向かう。そんな季節だ。
だが、カメリアにはそんな風に浮かれている暇は無かった。
オルドトリアの訓練は、週に六日、朝八時から正午まで。
それでも、カメリアは週に七日訓練場に訪れ、人が居なくなってからも剣を振り続けた。
手には無数のマメ。包帯は何度も濡れ、その度に新しいものに巻き直した。
妬む者もいたが彼の努力を前に、揶揄する連中は日に日に減っていった。
強くならなければならない――。そう痛感したのはソルに敗れてから。
その後、レイが時間の合間を縫って教えてくれた
人間と魔族。
かつて協力し合ったふたつの種族は、長い歴史の末に対立し、今も魔族の影が人間の
十年前に立ち上がった三大勇者が魔王を討伐したと言われているが、その二年後にルアナが魔族を引連れて国を襲い、全ては疑問に包まれた。
そして、レイと共に襲撃地を訪れたカメリアは、"現実"を見た。
家を失った者。
家族を失った者。
呪いに苦しみながら、大金を払えず治療できない者。
「俺の腕なんていくらでもくれてやる。命だって。あいつの代わりになれるなら――」
片腕を無くした男の涙が胸に焼き付いた。
この国にはあんなに強いソルがいるのに、救われない人がいる。
強くなければ、何も守れない。
それでもカメリアは、三大勇者を悪人だと思えなかった。
理由はない。ただ、信じたいだけだった。
彼らはきっと、嵌められたのだ。
事実を暴くためには、強くなる必要があった。
カメリアの胸の炎は、日に日に大きくなっていった。
本日も正午を迎え、オルドトリアの訓練が終わった。
人々が去りゆく中、剣を振り続けるカメリアに一人の影が伸びた。
「おつかれ〜。今日も頑張ってるね」
突然の声に思わずビクリと跳ねて振り向く。
そこには、深藍色の軍服を崩して着たスラリとした男。
彼は団長という立場の中、激しい訓練に参加するカメリアを毎日気にかけていた。
「うわっ、デルタさん。びっくりした……です!」
蒼い前髪の奥で、柔らかい瞳が弧を帯びる。瞳の奥では蒼い光が艶やかに煌めいた。
「はは。ごめん。驚かせるつもりはなかったんだ。今日はどこか元気が無さそうに見えたけど何かあった?」
カメリアは口篭る。
デルタの瞳の奥で揺れる深い蒼が、全てを見透かしているような気がしたのだ。
「……いや、何も、なんでもなくて、ただ強くなりたいって思ってたんです」
本当は、勇者達のことを考えていた。
しかし、言えるはずも無かった。
「強く、ね。君さ、何も知らないって聞いたけど、三大勇者のことは知っているの?」
心臓がはねる。
この国で、自分以外の口から初めて三大勇者と聞いたからだ。
「知ってる……。俺の憧れだ……。でも街に来たらみんな勇者達を嫌ってた。……勇者達は、どんな人だったんですか?」
デルタが片方だけ口の端を上げ、記憶を手繰るように両手を結び、愛しげに目を細めた。
「勇者達はね――」
「――興味深い話だな」
二人の横から低い声が落ちてくる。
カメリアは驚いて、声を裏返しながら尻もちを着いた。
見上げると、銀髪を美しく整えた、若すぎず老けすぎない男が見下ろしていた。
今度は
「い、いつからいたんだ!?ですか!?」
デルタがカメリアの驚きように笑いながら、代わりに答える。
「ははは。気付かなかったんだね、君が勇者達を憧れと言ったあたりからだよ」
何故ここの団長達は音も無く現れるのか。
カメリアは感心と嫌気の混ざった複雑な気持ちになりながら、デルタの手を借り立ち上がった。
「デルタ。勇者の話はあまりするな」
表情をひとつも崩さずに、淡々と注意する。
デルタはいいじゃん、と軽く流して笑った。
しかし、目の奥は全く笑っていない。
カメリアは不穏な雰囲気に唾液を飲み込んだ。
「セイゼルはお堅いね〜。カメリアは何も知らないんだから、勇者達の人柄を話すくらい、いいだろ?」
黙ったままのセイゼルを無視して、デルタ続けた。
「……勇者達はね、オルドトリアの精鋭たちだったんだ。しかも、僕と同期。だから彼らの事、よく知ってるよ」
「そうなのか!?それで、勇者達はどんな人だったんだ……!?」
勇者達をよく知っている、それを知って抑えきれない思いが溢れ、縋るようにデルタの腕を掴んだ。
前のめりに問うと、デルタの瞳の焦点は合わずに揺れている。
愛おしそうに頬を紅潮させ、遠くを見て微笑んだ。
「……ルアナ。あの人はね、すっごく美しかったんだ」
デルタは初恋の色を孕みながら、蕩けそうな表情で話す。
「顔だけじゃなく、心も。芯が強くて、仲間思いで……でも、助からないと判断したら、切り捨てる強さがあった。みんな、"氷のルアナ"なんて呼んでたけど、僕だけは気付いてたよ、その冷徹な瞳の奥には後悔や葛藤が揺れていたのをさ……。――街を襲ったあの日も、彼女の瞳は――」
「ルアナは王に仇なす者だ。同情はいらん」
焦がれるような声は、威圧感のある声によってかき消された。
デルタの表情から笑みが消え去る。
光のない瞳がセイゼルの金色の瞳とぶつかり、火花が散った。
カメリアは息を呑む。
一触即発……かと思いきや、デルタは開き直ったようにため息をついて笑った。
「まあ……そうだね。彼女が王を裏切ったのは事実だ。擁護したいところだけど、我慢するよ。で、君のところにはワッフルがいたよね。彼がどんな人だったのかカメリアに教えてあげてよ。君、彼のこと大好きだったでしょ?」
胸を撫で下ろしたのも束の間、カメリアは衝撃で声を上げた。
「え!!今、彼って……!ワッフルって、女じゃないのか!?」
「うん、男」
「まじか!!めちゃ可愛い女の子かと思ってたのに……!!」
カメリアの初恋が砕け散り、膝から崩れ落ちた。
気付けば三人だけになった訓練場に、デルタの笑い声が響く。
「はっはっは!確かにワッフルって名前、可愛いもんね〜。……ぷ。はははっ」
あまりにも可笑しそうに腹を抱えて笑うので、カメリアは羞恥を隠そうと大声で誤魔化す。
「もう!!そんなに笑わないでくれよ!デルタさん!それで、どんな人だったんですか!ワッフルは!」
セイゼルの方を向くと、彼の重い唇が開かれた。
「……あいつは、ただ、底なしに優しい奴だと思っていた。困った人を決して見捨てず、魔族にさえ慈悲を与えてしまう。だが、私の考えは浅はかだった。あいつは、頭がおかしいだけだった……憎き魔族と結婚したのだ。この事から、あの日、ルアナに協力していたのは確かだろう。……まぁ、あの日失踪し、誰もあいつを見ていないことから証言もないがな。死亡は確認されていない。もし生きていたとして対峙することがあれば、十分を気をつけることだ。魔法においては、私を超える天才と言えるからな」
その声は、切なさを殺しているようだった。
葛藤の色を宿すルアナと、お人好しのワッフル。
カメリアはますます勇者が悪人だと思えなくなった。
そして、王。
皆、王を神格化している。それ程凄い人だろうかと、疑問を覚えずにはいられない。
「あの、俺、王のこと全然知らないんだけど、そんなに素晴らしい方なんですか」
セイゼルは眉を寄せ、強い口調で答える。
「突然だ。王は神の加護を受けている。その加護は他種族には無い。つまり、世界で唯一加護を与えられし王は神と等しい存在なのだ。国に教会が多いのはそういった理由だ。必ず覚えておけ」
冷静だが、声は責めるような色を宿していた。カメリアは小さく返事をしつつ、心の中でやっと理解した。
三大勇者が何故ここまで嫌われているのかを。神を信じる人間たちにとって、国を、王を襲った三大勇者は神に仇なす存在なのだ。
彼らにどれだけ親切にされた過去があろうと、神に逆らう者は絶対的な悪人なのだ。
カメリアは、三大勇者の潔白を証明するのは、思ったより難しそうだと頭を抱えた。
キアの情報も聞いておこうと口を開く。
すると、ドアの向こうから騒がしい足音が近付いてきた。
三人がドアの方を向くと、勢いよくドアが開かれた。
「団長!!」
デルタはその様子に危機感を覚えて笑みを消した。
「どうしたの」
「街の心臓部に魔物が侵入しました!!今すぐ街にいる団員に指示と加勢を!」
デルタの瞳の色が変わる。
普段の軽さは消え去り、強い口調でわかった、と答えた。
セイゼルも無言のまま走り出し、ドアの向こうへ消える。
「すぐ行く。君は、今すぐ街の心臓部に向かって」
団員も廊下の向こうへ去っていった。
「カメリア、まだ見習いの君は襲われた街の人たちをここへ案内して」
魔物と聞いて体が震えた。それでも、力強く返事をする。
「はいっ!」
「いい子だ。大丈夫。君ならできる」
デルタは一瞬だけ微笑んで、走り出した。
カメリアは直ぐに動けずにいた。
殺された母の姿が蘇り、恐怖で足が震えた。
それでも、悲劇を繰り返したくない。
覚悟を決め、拳を握り、訓練場を飛び出した。
城を出ると、街は殺伐とした雰囲気に満ちていた。
人々は逃げ惑い、悲鳴が飛び交う。
遠くからは魔物の唸り声が聞こえる。
考えている暇は無かった。カメリアは魔物の声がする方へ走る。
途中逃げ惑う人々に、城へ逃げるよう促し続けた。
そうして、邪気を追って走り続けると、次第に逃げ惑う人の気配が消え、やがて小さな広間にたどり着いた。
その中央には、ホップの姿。
足に怪我を追った男の子を守りながら、魔物の攻撃を一身に受けている。
「ホップ……!!」
苦しげに表情を歪めるホップと目が合う。
その瞬間、カメリアの体は勝手に動き出していた。
長い爪を持った悪魔のような魔物。
にたりと薄笑いを浮かべている。
まるで人間を痛め付けることを楽しんでいるようだ。
体が震える。それは恐怖ではなく、怒りだった。
鞘に手をかけ、剣を抜く。
そして、駆け出した。
魔物はカメリアの覇気に驚いた様子で、翼を広げて空へと飛び立つ――
(只で逃がすか!)
地面を蹴って、真っ直ぐに切りかかる。
切っ先が魔物の背を割いた。
ギャ!と声を上げ、よろめきながら逃げてゆく。
その背中を見送って、すぐにホップの元へ駆け寄った。
「ホップ!大丈夫!?」
ホップは息を切らしながらも、涙ぐむ男の子の足を抑えている。
必死に男の子を守った背中は服が避け、血が溢れている……。
幸い、その傷は男の子からは見えていなかった。
「……聖なる光よ……安らぎを……」
ホップが呟くと、どこからともなく現れた光の粒子が男の子の足を優しく包む。
すると、なんと、男の子の足の怪我がみるみるうちに治っていった。
「わあ……お姉ちゃんありがとう!お姉ちゃんは、大丈夫……?」
ホップは安心させるように柔らかく笑い、彼の頭を撫でた。
「私は大丈夫……また悪者が来ちゃうから、早く逃げて」
男の子は少し躊躇ってから、頷いた。
そして、時折振り返りながら、城の方まで走り去っていった。
男の子が見えなくなると、ホップは床に倒れ込んだ。
「ホップ!!今、城へ運ぶからな!!」
「だめ……!」
ホップを抱えようとした時、懇願するように裾を強く握られる。
「!」
彼女の黒い瞳がじわりと赤く染まっていく――。
瞳孔が尖り、カメリアを"獣の目"で捉えた。
「ホップ……?」
「だめ……みないで……見られたくない」
口元から除く歯は鋭利で、力強く握られた裾には長い爪が食い込む。
――まるで、魔族みたいだ。
"みないで"
その言葉の通り、カメリアは見てはいけないものを見てしまっていると、ハッキリわかった。
それでも嫌悪感は無く、今はただホップを守らなければという想いが走った。
「大丈夫。誰にも言わない。人のいない所まで運んで応急手当してやるからな」
ホップは何も言えず、瞳を濡らした。
――ふと、路地の方から、ひとつの足音が聞こえてくる。
カメリアは咄嗟に、隠すようにホップの前に立った。
「誰だ!もう、ここには魔族はいないぞ!」
「その言い方じゃ、まるで魔族がいるように聞こえるよ。カメリア」
吹き抜けた風に細い髪を靡かせながら、紺色のローブを纏った少年が現れた。
……レイだ。
微笑の瞳の奥に、明らかに怒りの色が滲んでいる。
神に近しい王族は、ホップのような者を許さないだろう。
……カメリアは、守るように手を広げた。
瞳には、譲らないという固い意思が炎のように燃えている。
風が、三人の間を静かに通り抜けた。
終焉に咲いた花 ~滅びゆく世界で、なお愛を信じた~ ボカリ @Kreiandcony926
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