第6話 強者との邂逅
本日はオルドトリアの入団試験の日。
試験はオルドトリアの訓練場で行われた。
その中でも、剣士部門、
会場は熱気に包まれ、波のような歓声が会場を支配していた。
しかしそれは、団員志望者への応援から来るものではない。
「かっこいい……」
「俺もあんな風になりてえよ」
そう、歓声は全て彼への憧れや、尊敬からくるものだった。
神と名高い王の右腕とも呼ばれ、何十人もの志望者を顔色を変えずなぎ倒す姿は、まさに圧倒的強者だ。
その剣筋に憧れを抱き、毎年何人も志望者が、彼に打ちのめされに訪れる。
そしてまた一人、志望者が10秒も経たずに地面に叩きつけられた。
更に大きな歓声が沸き起こる。
ソルが気だるげに剣を鞘に戻すと、突然扉が開かれ、二人の少年が姿を現した。
少年の姿を捉えた観客たちの歓声がどよめきに変わる。
カメリアは警戒の姿勢をとり、レイは右手を胸に添え、軽く礼をした。
「おじいさま、城内でこちらの志望者が迷っていたので、案内に参りました」
カメリアはぎゅっと目を見開き、口パクで「おじいさま!?」とレイの方を向いた。
レイは微笑をやめ、ほんの一瞬カメリアを睨みつける。
そのゴミを見るかのような目で、カメリアは我に返った。
扉を開く前、レイに「礼儀正しく」と言われたばかりなのを忘れていた。
そして自分自身に、冷静になれ、と言い聞かせる。
「……殿下。本日は魔法論理の授業があったのでは……?」
今度は目だけではなく、鼻の穴まで丸くして、「殿下!?」と口パクでソルの方を向いた。
隣に立つレイの手がカメリアの背後に伸び、軽く叩かれる。
(……レイが王族)
今までのレイに対する数々の無礼が、走馬灯のようにカメリアの脳を過った。
レイに無礼を働いたことで、目前にいる彼のおじいさまにひどい仕打ちを受けるかもしれない。
カメリアはソルに対する恐怖で汗が吹き出た。
「――ええ。休憩に庭を歩いていたところ、こちらの方を見つけたのです。10歳という若造でかなりの無謀者ですが、折角ですのでぜひ相手をしてあげてください」
カメリアは自分の価値を物凄く下げられたようで腹が立ち、口をへの字に曲げた。
「ほう……」
カメリアを品定めするように下から上まで見て、ソルは鞘に手をかける。
その瞳がカメリアを正確に捉えたまま、剣が抜かれた。
――次の瞬間、足元の空気が急に重く感じられる。まるで、カメリアの周りだけ重力が変わったようだ。
狩られる側の重圧が、小さな背中に重くのしかかる……。
殺される。
そんなはずは無いのに、本能がそう感じさせた。
カメリアも即座に剣を抜き、構える。
その構えを見て、ソルの眉がほんの少し動いた。
「……その構え……」
ぼそりと呟いたその声は、カメリアには届かなかった。
カメリアの耳に届いているのは、自分の心音と呼吸の音のみ。
立ちはだかる壁は強大で、一分の隙もない。
――なら、隙を作ればいい!
その一心で、大きく一歩踏み出した!
姿勢を低くして、電光石火の如く斬りかかる。
足元を狙う――
――しかし、その勢いは、ソルの大きな足によって止められる。
なんと、斬りかかった剣を足で踏んで止めたのだ。
「!?」
勢いを殺され、派手に地面に転がる。
――刹那、振り下ろされた剣がカメリアの瞳に飛び込んできた!
心臓がぎゅっと掴まれたような感覚に陥る。
反射的に剣の鞘を縦にした。
「……!!」
ソルの剣から伝わる重力が、カメリアを身体を伝って地面をめり込ませた――。まるでそう思わせるほどの重みを一身に受ける。
カメリアの腕が震える。気を抜けば剣が突き刺さってしまう。
堪らず、鞘に込めた力を右に流し、身体を左に転がして難を逃れた。
「……ほう」
ソルの口の端が、ほんの少し上がった。
カメリアは即座に落ちた剣を掴み、再度構える。
肩で息をしながら、脳を研ぎ澄ませ、相手の次の動作を予測する。
人々は10歳の子供がここまで応戦している現実に、目を見張り、じっと戦いの行方を見守っている。
レイもカメリアの予想以上の実力に舌を巻いていた。
――ソルが動く。
瞬く間もなく間合いを詰められ、剣と剣がぶつかる音が響いた。
重い。兎に角重い。
スピカしか知らないカメリアは、大人の男の力はこんなにも強いのかと痛感させられる。
力では負けてしまう。
カメリアは間合いをとり、攻めの姿勢に入った。
すると、ソルの構えにいくつかの隙が見えた。
チャンスだ。
「うおぁぁあ!」
斬る。斬る。
兎に角剣を振る。
隙を狙って斬る。……それなのに。
カメリアの荒い呼吸と風を斬る音だけが虚しく会場に響く。
ソルはカメリアの剣を、重そうな体で軽々しく避けてしまうのだ。
そして――
「あっ」
――ソルが剣の峰でカメリアの小手を打ち、剣を落としてしまった。
しまった……そう思った時には、相手の剣先がと喉元に当てられていた。
――隙は、策だったのだ。
「……参った」
会場が歓声に包まれる。
それは、カメリアに向けられた歓声でもあった。
端で息を呑んで見ていたレイも、ほっと息をつき、拍手を送る。
カメリアは膝から崩れ落ちた。
悔しさもあったが、戦いの最中は気付かなかった疲労が、一気に押し寄せた。
手と足が震え、力が抜けてしまったのだ。
「おじさん、すげーな」
ソルの圧倒的な強さに尊敬の念を抱き、声が漏れる。
「……お前の剣筋は悪くなかったが、隙だらけだ。団に入れてやることはできない」
ソルは眉ひとつ動かさずに淡々と言い放った。
「そうだよな……」
カメリアはその言葉に納得しつつも、肩を落とす。
レイも、応戦したカメリアをみて少し期待していたが、祖父の厳しさをよく知っていたので、諦めたように小さく頷いた。
その場に、哀愁を孕んだ沈黙が続く。
「――だが」
ソルがその沈黙を破った。
「その歳でここまでの才能を持った奴は珍しい。明日から団員と共に訓練することを許可する」
会場がザワつく。レイもまた、遠くで目を丸くした。
カメリアの顔が、花が咲いたように、パッと明るくなる。
「ほんとか!?ありがとう!!」
カメリアの素直すぎる反応に、ソルの表情が少し和らぐ。
「……お前、どこから来た。こんな子供が居たら、すぐ噂になるはずだが」
……ほんの少し、空気が揺らぐ。
「……分からない。ここから半日歩いた先の、森の奥で母さんと二人きりで暮らしていたんだ。……もう、……全部無くなったけど」
カメリアが遠くを見つめながら、呟くように言った。
先程までのあどけなさはどこかへ消え、寂しげな瞳の奥には憎しみが宿っている。
ソルが僅かに眉間に皺を寄せた。
――全てを失うには幼すぎる。
その幼さが、現実の冷たさをはっきりと突きつけていた。
ソルは、そんな現実は何度も目の当たりにしてきた。
それでも、子供が大人にならざるを得ない現実は、何度見ても彼の胸を締め付けた。
ソルは静かに目を伏せ、カメリアに背を向ける。
「すまない。野暮なことを聞いたな。住む場所がないのなら、この城にあるオルドトリア専用の空室を借りるといい。……俺が許可する」
カメリアが目を見開く。
その奥でレイも驚き口元を抑え、静まり返って二人の会話を聞いていた観客達の間にも、ソルの優しさにざわめきが広がる。
「い、いいのか……!?俺、なんも返せるものないけど……」
「……返すものなど考えなくていい」
ソルは背を向けたまま、静かに言葉を落とした。
「いつか剣を磨き、俺の力になれればそれで十分だ」
カメリアは目を輝かせた。
圧倒的な強さの奥に、不器用だけれど、深い優しさを確かに感じた。
「ありがとう!俺、いつかあんたみたいに強くなってみせる!」
返事は無かった。
ソルは手を上げながら「これで試験は終わりだ」と言って奥の扉から出ていった。
カメリアはその背中が見えなくなるまで、ずっと目を離せなかった。
カメリアはレイと共に来た扉を戻り、オルドトリアの部屋へと案内してもらうことになった。
「 まったく。君、目上の人と話す時はもっと敬意を持って話さないと失礼だよ。おじいさまと話してる時、ヒヤヒヤしちゃったじゃないか」
レイが呆れ返って大きなため息をつく。
「はは。ごめん。でも俺、敬意を表す話し方なんてどうやればいいかわかんねーよ」
「君といると何も知らなくて嫌になるよ。……オルドトリアを目指すなら、これからも関わっていくことになると思うし、暇があれば色々教えてあげる」
嫌々といった感じで言われ、カメリアは苦笑する。だが、素直に感謝を伝えた。
ふと、カメリアは、"これからも関わる"という発言が気になった。
「ん?これからも関わるって、どういうことだ?オルドトリアと王族はどう関わっているんだ?」
レイがふっと笑い、涼し気な笑みを向ける。
「ああ、言ってなかったよね。僕、
「ええー!!」
カメリアが一歩後ずさりをして、大声で驚いた。
その声は大理石の広い廊下と高い天井に何度もはね返り、遠くまで響き渡る。
レイは耳を両手で押え、うるさいな、呟いた。
「お前、王子様で、オルドトリアでもあるのか……!すげー!じゃあすげー忙しいじゃないか。俺に色々教える時間あんのか?」
「まあ……、何も知らないでいられると、いちいち説明が面倒だし……。時間が空いた時だけね」
レイは指で頬をかきながら、面倒くさそうな声色で言った。
カメリアの目には、そっぽを向いた白い頬が少しだけ赤いように思えた。
――ふと、廊下の奥から軽い足音が小走りで近づいてくる。
「あ!カメリア!」
同時に振り返ると、カメリアが見覚えのある少女が手を振っていた。
「ホップ!!」
教会で出会ったかわいい女の子だ。
白い刺繍が施された黄緑色のローブに、深緑のニット帽を被っている。
ホップはカメリアを見て、優しげな目尻を細めてはにかんだ後、すぐにレイに気づき慌てて頭を下げた。
「あっ、王子殿下。はじめましてっ……。ホップと申します」
たじたじと不格好に礼をするホップに対し、レイはいつもの様に上品に、けれどどこか裏がありそうに微笑む。
「こんにちは。お嬢さん。カメリアの数少ないご友人かな。僕に構わず彼とお話してあげて」
そう言ってレイは、少し後ろに下がる。
「お心遣い感謝致します」
「おい、数少ないは余計だろ!事実だけど!」
口を尖らせながら怒るカメリアに対し、レイはクスリと笑う。
ホップは二人のやり取りに驚きつつも、カメリアの元に駆けた。
「カメリア!凄かったです!あのソルさんとあそこまで戦えるなんて……!」
カメリアが後頭部をかいて、苦笑する。
「まあ、負けちゃったけどな。ホップはこんな所で何してるんだ?」
問いかけると、ホップが丸い目を細め、得意げに口角をあげてバッチのような紋章を見せつけた。
翼が広がり、その上に十字が掲げられた紋章だ。
「ふふん。なんと、
「まじか!すげー!」
カメリアは頬を紅潮させてにこにこと笑うホップの肩を優しく掴み、おめでとう!と叫んだ。
「えへへ。カメリアが
上目遣いで可愛らしく見つめられる。
ローズピンクの瞳が淡く揺らいで、その可愛らしさを一層深めた。
一般の男ならば惚れかねないそれを、カメリアは少しも動じずに、屈託なく笑った。
「まかせた!」
「へへ。じゃ!また会おうね!王子殿下、お時間頂きありがとうございました」
ホップは深く礼をしてから、背を向けて去っていった。
カメリアはその後ろ姿を見て嬉しそうに微笑む。オルドトリアに入れば、レイも、ホップもいる。その事実がカメリアの胸をどうしようもなく踊らせた。
その傍らで、レイはホップの後ろ姿を腕を組みながら眺めていた。
態度は礼儀正しくありながら、目上の人物の前でも帽子を深く被ったままだった事や、珍しい瞳の色に疑問を感じていたのだ。
(――この娘、他の人とは違う)
レイの瞳は、絶対に秘密を見逃さないと言うように、怪しく光っていた。
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