第2話 初めての王都

カメリアは木刀を握りしめた手を緩めた。どこまでも続くように感じたけもの道に、ついに終わりが見えたからだ。生い茂った草木をかき分けた先に、光が差し込んでいる。まるで森が扉を開いたようだ。

その光に目を奪われながら、夜通し歩き疲れた身体に鞭を打ち、もう一歩踏み出す。絡む蔦を必死に振りほどき、最後の力を振り絞って道を切り開いた。


「う」


思わず目を細める。鬱蒼とした森を歩いてきたカメリアの目には、朝の太陽は眩しすぎた。

次第にその明るさに慣れて、ゆっくり目を開けると、そこは丘の上だった。

草を潤す朝露が、太陽に反射してキラキラと輝いている。見晴らしの良い丘からは数え切れないほどの建物が、一面に広がっていた。


「うわぁーっ、これが街かぁ!……母さんも、この 景色を見たのかな」


赤い屋根の目立つ街並みは、彼が昔本で見た絵よりも、ずっと綺麗だった。

力が抜けて、濡れた地面に思い切り腰かける。

新鮮な朝の空気を胸いっぱい吸い込んで吐き出した。途中獣に襲われながらも、歩き続けた身体に染み渡るようだった。

「いち、に、さん__……」

カメリアは暫く景色を眺めた後、思い立って、建物を数える。しかし、数が多すぎてやめた。

その時__


ゴーン。ゴーン。ゴーン……。


「な、なんだ!?」

突然の音に驚き、体がびくりと跳ねる。

反射的に音のした方をみると、少し離れた場所に、白い建物が静かに佇んでいた。


「?」

カメリアは興味を惹かれ、吸い寄せられるように建物の方へ歩く。


近付くと、オルガンの音と共に、柔らかな賛美歌が周囲に響き渡っていた。

扉を開けて中に入ると、初めに飛び込んできたのは黄金に輝く十字架。ステンドグラスから漏れる虹色の光の雨が、その金色を一層輝かせている。

それに祈りを捧げるように、フードを被り、黒くふわふわと揺れる修道服を身に纏った人々が歌を歌っていた。

「うわぁー!きれいだ!」

人々の目も憚らず、カメリアはステンドグラスに夢中になる。瞳を輝かせながら、光のシャワーを浴びて頬を染めていた。


いちいち声をあげて興奮するカメリアを、怪訝そうに見つめる人々。その中の一人が耐えきれず、彼の元へ小走りで走った。

「ちょ、ちょっと……!しーっ。ここでは静かにしないとだめなんですよ……!」

カメリアと背丈が同じくらいの、眠たそうな目をした女の子だ。口元に人差し指を当てて、困惑の色を浮かべている。フードからはみ出た淡い髪が揺れて、可憐さが引き立っていた。

「え!そうなのか!?ごめん!!」

カメリアはその可愛さに、いや、恐らく声をかけられた事に驚き、また大声を出してしまった。

人々の冷ややかな視線。

ハッとして口元を抑えると、女の子は頬を膨らませ、カメリアの腕を掴む。そして、そのまま外まで引っ張った。



扉を閉めた途端、彼女は大きくため息をついた。

「もお。びっくりしました……。あなた、まさか教会来たことないんですか?」

「ごめん……。きょうかい、っていうのか?凄いところだな!始めてきた!」

頭をかきながら、はにかむカメリアをみて、眠そうな目を見開く。

「そんな人、いたんですね。この国に……」

女の子が唖然とし、少しの間沈黙が流れる。

「あ――」

「あー!ホップじゃねーか!」

互いに何か言わなければと口を開こうとした時、遠くの方から無邪気な声が飛んできた。


振り向くと、カメリアよりも背の低い男の子が二人。悪戯好きそうな顔でこちらに駆けてくる。

女の子――ホップは苦い顔で、フードを更に深く被る。


二人はカメリアの横を通り過ぎ、ホップの周りにまとわりついた。

「やい、ホップ。帽子取れよ!」

「お前、ずっと帽子取らないよな!禿げてるんじゃないのかー?」

「やーい、ハゲハゲ!」


二人はホップのフードを取ろうと、ジャンプしたり、引っ張ったりする。対するホップは眉をへの字にして、フードを死守している。よっぽど見られたくないのだろう。カメリアは腹ただしくなり、声を上げた。

「なあ、この子嫌がってるだろ。やめてあげろよ」

「なんだよ!」

二人は、強気にカメリアの方を振り返るが、カメリアの真剣な表情を見て固まった。

やがて、二人は静かな威圧感に押され、バツが悪そうにその場を後にした。


「はあ……」

ホップは力が抜けたようにしゃがみ込む。

「大丈夫か?」

「はい、助けてくれてありがとうございます」

彼女はカメリアを見上げながら、困った様にではにかんだ。カメリアは笑顔で手を伸ばし、ホップが立つのを手伝う。


「そうだ。俺、街の門に行きたいんだ。どっちに行けばいいかわかるか?」

「門?それなら、この丘を降りて右に向かえば西の門がいちばん近いですよ。けど――」

どうして門に?そう問いかける前に、カメリアは既に背を向けていた。

「ありがとう!」

屈託のない笑顔を見て、ホップは思わず笑みが溢れる。


教会に戻ろうとした時、ホップは重大なことを思い出した。名前はなんて言うんだろう、と。

「あ!!名前はなんていうんですかー!?」

「カメリアー!!」

カメリアは立ち止まり、手を振った。遠くで笑うその顔は太陽のように輝いて見えた。



***



カメリアが教会を出てしばらく経った。街に着いたらまず門番に王都の外へ出る方法を聞こうと考えていた。日差しも強くなってきた頃、ついに街の入口が見えた。

逸る気持ちを抑えきれず、駆け出した。丘を抜け、細い石畳の路地に入る。その先の光を追うように、息を弾ませ一気に駆け抜けた。

その瞬間、先程までの静寂が嘘のように、人々の賑わう声が、どっと耳に響く。


行商人達が張り合うように声を上げ、様々な匂いが鼻をくすぐる。行き交う人々はみな、どこか楽しげだ。

その熱気にカメリアも胸を高鳴らせ、人の波に足をもたつかせながら、個性豊かな品揃えに目を輝かせた。

光を吸収してキラキラ輝く不思議な宝石や、カラフルな飲み物。食欲を唆る焼き菓子。カメリアはその全てが初めてで、とても新鮮だった。

これを全部買うには、金貨何枚必要なんだろう。そんなくだらない事を思いながら、押し出されるように商店街を抜けた。

さっきまでの熱気が嘘のように消え、汗ばんだ額を風が冷やす。

カメリアはもっとじっくり見ていたかったが、今はひたすらに門を目指すことしか頭になかった。



喧騒も遠のいてきた頃、外壁の門が見えた。天まで届きそうな高さのそれは、守るように王都を囲い、どっしりと構えている。中央には鎧を纏い、腰に剣を差した二人の兵士が見張っていた。

「おーい!」

カメリアは大きく手を振って走り出す。


「なんだ?あいつ」

「犬みてえだな」


振り回す尻尾が見えそうなほど、体全体で喜びを表しながら駆けてくる少年を、兵士達は不思議そうに眺めた。

やがて目の前で立ち止まったかと思えば、勢いよく、外へ出るにはどうしたらいい!と尋ねてくる。

そんなカメリアの様子を見て、兵士達は一瞬の間を置いて、腹を抱えて笑いだした。


「な、なんで笑うんだ!?」


貧相な布を纏った子供が何を言い出すかと思えば、外に出たい!

兵士達は笑わずにはいられなかった。

息もできない程笑い転げる二人を見て、カメリアもだんだんムキになってくる。

「何がおかしいんだよっ!」


怒気を孕んだ声を聞いて、横目でカメリアを見ると、表情は至って真剣だった。

その様子に面白さも波が引いて、こいつは本気で言っているのかもしれないと、兵士たちの脳が理解し始める。

「はあ……お前、正気なのか……?」

「正気だよ!俺、そんなに変なこと言ってるか?」

「変も何も、外に出られるのはオルドトリアだけだ」

先程までの爆笑が嘘のように消え去り、当然のように答える。

「おるど、とりあ……?」

カメリアが首を傾げると、兵士達はもはや、哀れみの瞳を向ける。この子は常識すらも知らない程の過酷な環境で育ったのだと。


二人がカメリアに憐憫の情を抱き、オルドトリアについて優しく教えてやろうとした時、一人の兵士が僅かに固まった。そして直ぐにもう一人の兵士の肩を叩き、耳打ちする。

「?」

カメリアはきょとんとその様子を見つめる。振り返った兵士達は先程までとは打って変わって怪しげに目が弧を描いていた。


「まぁ、お前も事情がありそうだし、特別に通してやるよ」

その言葉を聞いて兵士達に対する疑問を忘れ去り、一気に顔を綻ばせた。

「いいのか!?俺、おるどとりあ、ってのじゃないけど!」

「ああ。特別に、な」

「やったー!ありがと!!」

カメリアは兵士たちを完全に信用しきった。

「子供一人での旅は危ない。武器と防具が必要だろ。宿の使い方も教えてやる。いくぞ」

一人の兵士を残して、二人は歩き出す。残された兵士はその後ろ姿を眺め、ほくそ笑んだ。



***



西の門から街の心臓部まで来た。栄えているが、商店街とは違った雰囲気だ。賑やかさの中に穏やかさがある。

陽だまりが街を優しく抱いて、人々の笑い声は絶えず、鳥達も楽しげに歌っている。それにつられてカメリアも鼻歌を歌いたくなった。


「ここが武器屋だ」


夢中で見渡すカメリアは、その声で現実に引き戻された。

中に入ると、石造りの空気がひんやりと体温を奪う。壁には立派な武器が沢山並んでいる。

「いらっしゃい!」

剣が並ぶ一角を眺めるが、どれがいいのか分からなかった。だが、真ん中に飾られた剣が一際輝いていたので、それを指さす。

「これ、すげーな!これがいい!」

「お!兄ちゃん良いチョイスだな!それは切れ味が長持ちで、人気なんだ」

「へえ〜、そうなんだ……!」

木刀しか扱ったことのないカメリアにはよく分からなかったが、いい選択ができたらしい。野生の直感が働き、輝いて見えたのだろうと、カメリアは得意気に口の端を上げた。

実際は偶然太陽がよく当たり、光が反射していただけだが。

「ところで、金はあるのか?こいつは金貨一枚必要だが」

「大丈夫!へへ、沢山持ってるんだ」

カメリアはそそくさとポケットから金貨の入った袋を取り出す。店主は一瞬意外そうな顔をしてから、快く剣を渡してくれた。





カメリア達はその調子で防具屋にも寄り、同じように選んだ。

鉄の胸当てと、素早く走れるというブーツ。そして、一番のお気に入りは魔法とやらの効果を軽減できるという赤いマント!

カメリアは魔法が何かはよく分からなかったが、見た目が好みだったので、真っ先に指さした。金貨は三枚消えてしまったが、大層満足だった。



「随分小綺麗になったじゃないか」

宿に向かう途中、兵士がカメリアを見て薄く笑う。

「兄ちゃんのおかげだな!ありがとう!これで俺も、勇者キアのように強くなれるかな」

カメリアは満足気に笑い、スキップしてしまいそうなほど軽やかな足どりで歩く。

すると突然、兵士が歩みを止めた。


「キア?キアのようになれるか、だって?お前あいつに憧れているのか?」


空気が凍りつく。振り返ると、カメリアは先程までの楽しい気持ちが一瞬で崩れ去った。兵士の表情が憎悪に満ちていたのだ。

「え、だって……キアはこの国を救った英雄、なんだろ……?」

「英雄?あいつは、あいつらは悪魔だ。この国を一度滅ぼしかけたんだぞ。そのせいで俺の妹は……」

そんなはずは無い。カメリアはすぐにでも

そう言いたかったが、兵士の様子を見てやめた。歯を食いしばり、拳を硬く握りしめた兵士の様子からは、嘘は全く感じられなかったからだ。

「あ……そうなのか、ごめん……」

カメリアは肩を落として、叱られた子犬のような顔をした。兵士はハッとする。そうだ、こいつは何も知らないんだと。

兵士は自分を落ち着かせるため、一つ深呼吸を置いてから、ふっと鼻で笑う。

「ほんと、お前何も知らないんだな。ま、相手が俺でよかったな。これからは、誰にもあの悪魔達の事を話すなよ。あいつらは国中の敵だからな」

三大勇者が国の敵。カメリアはまだ完全に信じられないまま、母の優しい声を思い出していた。

「ほら、いくぞ」

兵士は垂れ目を細めてカメリアの手を引く。カメリアの気持ちは重く沈んだままだった。




少し歩くと、木造の宿屋にたどり着いた。中はヒノキの香りで満ちている。カメリアはその香りにどこか、炎に奪われる前の幸せな思い出の影を感じ、少し切なくなった。

受付のふくよかな女性が、穏やかに微笑む。

「本日は泊まられますか?それとも休んでいかれますか?」

「少し休んでいくよ」

カメリアは金貨を一枚取り出す。女性はそれを慌てて止める。

「お客様、こんなにいただけません。銅貨一枚で十分です」

「え、でも俺金貨しか――」

「俺が出してやるよ」

困っていると、兵士が颯爽と銅貨を受付に渡した。

「いいのか?」

「ああ。さっき、大人気なく怒っちまったからな」

そう言って笑う兵士に、カメリアは遠慮なく甘えた。



部屋に入ると、ふかふかの布団があった。カメリアはそれに飛びつく。吸い込むと、お日様の匂いが胸いっぱいに広がった。

「じゃあ、ゆっくり休めよ」

「うん、ほんとにありがとう」


兵士が部屋を後にした後、カメリアは暫くぼんやりと先程の言葉を思い出していた。

勇者が悪魔、その言葉がカメリアに重くのしかかる。

勇者が悪魔なら、母から聞かされた勇者像は、全て嘘だったのだろうか。

もやもやと考え続けていると、いつのまにか意識は闇に溶けていった。




差し込む夕日の眩しさで目を覚ます。

カメリアは結構眠ってしまったと思い、急いで荷物をまとめていると、違和感を覚える。人差し指の、紫に煌めく指輪が消えていた……!

「あれ……おかしいな……」

布団の上や、道具袋の中を隅々まで捜すが見当たらない。それに――

「金貨も、全部消えてる!!!」

カメリアの叫びは、夕焼けに熔けていった。

活気の静まった街に、誰かの笑い声だけが残った。

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