1章 誰が勇者を語るのか
第1話 決意
⚠︎この話には過激な表現が含まれます
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「――昔、この国を守る勇者様が三人いた。剣士のキア。攻撃魔法の使い手ルアナと大賢者のワッフル。三人はとっても強く、恐ろしい魔物からみんなを守り続けた。困っている人が居れば必ず手を差しのべ、どこに行っても、誰からも好かれる人達だったのよ」
森の奥にポツリと建つ小さな家の寝室。
明日、十歳の誕生日を迎える子供に、母親が柔らかい声色で、英雄譚を聞かせていた。
母、スピカは子のカメリアが眠れない夜は、決まって同じ話をした。それでもカメリアは何度でも胸を踊らせた。
きっとキアは背が高いマッチョ。少し怖い顔をして怖がられるけど、誰よりも優しい人に違いない。ルアナはとっても強い綺麗な顔をしたお姉さん。ワッフルは可愛らしい顔の女の子。誰かが傷ついた時は、完璧な立ち回りで、たちまち怪我を直してしまうのだろう。
カメリアはそんな風に三人のことを想像しては、だんだんとスピカの顔がぼやけて、毎度、気づいたら夢の中にいるのだ。
夢の中では常にカメリア自身が勇者だ。魔王との決戦。ドラゴンのような翼をもつ、恐ろしい顔の魔王。
激しい戦いの末、カメリアの攻撃に怯んだ魔王に、追い打ちをかけるように得意の剣技をお見舞いする!そして、ついに魔王をやっつけた!
そうして、人々からの賞賛を浴びながら、胸を張って王宮へと歩くのだ。
世界を救うって、なんて気持ちがいいのだろう。カメリアは鼻の下を伸ばし、思わず笑みが零れる。
「うへへ……」
「カメリアー、ご飯ができたわよー」
遠くから、母スピカが優しくカメリアを呼ぶ声がする。カメリアはこの夢をまだ見ていたいと強く願っていた。
歓声が遠のき、これから報酬を貰えるはずの王宮が遠ざかってゆく。カメリアは目一杯手を伸ばす。
「ああーっ俺のお宝ーっ」
目を開けると見慣れた天井に向かって手を広げていた。カメリアは霧がかった思考で、今日が自分の誕生日だということを思い出す。耳心地のいい鳥たちのさえずり。窓から差し込む太陽の光。
カメリアは寝惚眼を擦りながら窓を開け、胸いっぱいに新鮮な朝を吸い込んだ。立冬の冷たい空気がやけに心地よく体に染み込む。
今日はカメリアが産まれて十年目。さあ、新しい一年の始まりだ。
朝日を浴びて、すっかり目覚めた体をベットから起こし、階段を駆け降りる。
スピカは火にかけた鍋の面倒を見ながら、ドタドタと騒がしいカメリアの足音を聞いて、思わず笑みを漏らした。
「母さん、おはよう!」
スピカが振り返ると、茶髪をボサボサに逆立て、大きなつり目をキラキラと輝かせながら屈託なく笑うカメリアがいた。
カメリアはチーズの濃厚な香りが充満した部屋の空気を吸い込み、嬉しそうに笑う。今日は愛する息子の誕生日だからと、朝からご馳走を用意したのだ。
「おはよう、あなたの好きなチーズリゾットを作っているから、待っていてね」
カメリアは顔を更に綻ばせ、飛び跳ねて喜んだ。その息子の喜び様に、スピカも頬が緩む。
待ちきれず鍋を覗きにスピカにくっつくと、もう少しだからお皿を用意しておいてと、優しく促された。カメリアは言う通りに二人分の皿とカトラリーを用意し、子供には少し高めの椅子にジャンプして腰かける。
「出来たよ」
数分後、スピカが二人分の皿にリゾット分け、やっと椅子に腰掛けた。
「やった!」
カメリアは足をばたつかせ、スピカの合図を待つ。
「じゃ、せーの」
「いただきます」
同時に挨拶を交わすと、カメリアはすかさずスプーンを手に持ち、待ちわびたその一口を堪能した。
「んー!やっぱり、母さんのリゾットは世界一だね!」
そう言って口に運ぶスプーンが止まらないカメリアを眺め、スピカの胸はいっぱいになった。
そんなスピカに気づき、カメリアが手を止めて、頬を膨らませながらきょとんとする。
「……?そんなに見つめないでよ、なんだか恥ずかしいよ」
「あはは、ごめんごめん。美味しそうに食べてくれるのが嬉しくて」
涼し気な目元を細め、にっこりと笑うスピカを見て、カメリアもなんだか嬉しくなり、同じような顔で笑う。
そうして二人は朝からお腹も、幸せもいっぱいになった。
太陽が登り、木漏れ日が差し込む。スピカとカメリアは川辺で洗濯を済ませ、太陽のあたる場所に布を干した。
「さ、一段落したし今日も始めようか」
スピカは家の外に立てかけた木刀を二本手にして、カメリアに投げる。
「うん!」
カメリアは毎日、母スピカから剣術を習っている。それは、雨の日も風の日も休むことなく行われていた。
スピカの剣技は、子供の目から見ても洗練されていて、無駄のない美しいものだった。
彼女は剣を構えると、いつもの優しい表情が一変し、真剣そのものになる。
そして、決まって目を閉じ、少しの沈黙が流れた後、目を見開く。その瞳には覚悟を決めたような色を宿して。
そんなスピカに応えるように、カメリアも気を集中させた。
二人を纏う空気に、電流が流れる。
その刹那、カメリアが仕掛けた。カメリアはストレートに打ち込む。スピカはその素直な攻撃を、刀を握る細い腕一本で受け止める。
「あなた、少しは応用しないと、いつまでも私に勝てないわよ」
いつもは簡単に感情的になるカメリアだが、今回は乗らなかった。
「どうかな!」
カメリアは口角を上げ、間合いをぐっと詰める。その力強さに押され、スピカは片手で握っていた剣を両手に持ち、足腰に力を入れる。するとカメリアは一瞬のうちにしゃがみこみ、地面を右に蹴ってスピカの真横に移動。
スピカを支える力がなくなり、思わず前のめりになり倒れる。
――しまった。そう思い後ろを振り返った時には、既に切っ先がスピカの喉元に当てられていた。
「……やられた」
カメリアは理解が追いつかず目を見開き、尻もちを着くスピカを見つめる。そして、数秒後にやっと剣を投げ捨て喜んだ。
「や、やったぁ!」
十年の時を経て初勝利を飾り、全身を使って喜んでいる。
スピカは泣きそうだった。悔しさではなく、我が子の成長を噛み締めて。
***
~カメリア視点~
今日は二重でおめでたい日だね、と母さんは笑って、裕福ではない暮らしに似つかない、大きな肉を準備した。
それは、誕生日を迎える俺の為にと、夜な夜な森を探索し捕まえた肉食獣の獲物らしい。
俺は肉を焼く音と香ばしい匂いでお腹を空かせながら文字の勉強をして、夕飯を待つ。
ふと、母さんが手を止め、一瞬の間を置いてから口を開いた。
「カメリア、外で遊んできたら?」
そう言った母さんの声が、少し震えている気がした。
疑問を感じて、母さんの方を見ると、いつも通り柔らかく微笑んでいた。
気のせいだったのか。勉強にも飽きてきた頃だし、体を動かしに外へ出るか。
「ありがとう、ちょっと休憩してくる」
お言葉に甘えてそう言うと、母さんはただ、微笑んだ。――俺が見えなくなるまで、ずっと。
俺の成長がそんなに嬉しかったのかな。そう思った。だが、外へ出てから、何故だか母さんのことがずっと気になっていた。
家から1kmほど離れた湖まで来て、やっぱり引き返そうかと思ったその時、それは起こった。
ドカン、と爆発に似た音が家の方から聞こえた。
――え?
一瞬、思考が停止する。そしてすぐに我に帰り、今の音はなんだ、とあれこれ考えた。けれど、検討もつかなかった。早く戻らないと、と思うのに、しばらくその場から動けないでいた。
そうして迷っていると、急に母さんの優しい笑顔が脳裏に浮かんで、俺は考えるのをやめて、走り出す。
走れば走るほど母さんの柔らかい声、俺を見て嬉しそうに微笑む姿、その優しい記憶の全てが走馬灯のように浮かんできて、どうしようもなくその姿全てが愛おしく思えた。
――なぜだか、もう見れない気がしたから。
口の中に血が滲んでいるかのように鉄の味がして、酷く喉が乾く。心臓をぎゅっと掴まれたような痛みを堪えながら、普段よりずっとずっと遠く感じる家まで、足をもつれさせながらひたすらに走った。
あともう少しだ、という所で、足が止まる。
――家が、燃えていた。
塵とともに舞う風に乗って、鉄の匂いがする。母さんの無事を確かめに、すぐにでも駆けつけたかった。でも、足がすくみ、両膝から跪く。
夢でも見ているような感覚で、しばらくその光景を見ていると、突然、熱風が吹いているはずのその場の空気が、凍りついた。
心音が太鼓の音のように、身体中に重く深く響く。
炎の海に飲まれた家から、赤く怪しく光る瞳をギラつかせた、黒くおぞましい巨大な影がゆっくりと現れたのだ。
右目は潰れているが、それは、本で見たドラゴンそのものだ。
――そして、その大きな口元には、血塗れの母の姿。
戦慄が走った。全身の毛が逆立ち、すかさず木の影に隠れる。
ドラゴンは、母さんを咥えたまま、首を大きく降る。
大きな牙に貫かれた華奢な肉体が、遠心力で今にもちぎれそうだ。
もうやめてくれ!……叫びたいのに、声が出ない。
――そしてついに、母さんの体が二つになつた。……大量の血を吹き出しながら。
ごろん、と転がる上半身と目が合う。
「……!!」
即座にその光景から目を逸らし、完全に木の影に隠れて身を縮める。全身の震えが止まらない。恐怖で叫びたい気持ちを抑え、目と鼻から水を垂れ流しながら必死に息を殺す。
ドラゴンはそんな俺に気づいてか否か、どさり、どさり。と重い足音を響かせ近づいてくる。
呼吸が酷く乱れ、心臓が飛び出そうなほど跳ねる。心が、死にたくないと必死に叫んでいる。
「任務は終わりだ。戻れ」
――不意に、低く唸るような声が聞こえた。その声を合図に、ドラゴンの足音が遠ざかってゆく。
――音が消えた。緊張の糸が切れ、荒く呼吸をする。
そして、すぐに母さんの元へ走った。
母さんの瞳は虚ろだった。
内蔵は飛び散り、血が一面に広がっている。もう助からない。それは一目瞭然だ。
呼吸が荒くなり口の中が酸っぱくなった。
「オエッ」
胃の中の物が一気に込み上げ、吐いてしまった。どれも、母さんが特別に作ってくれたものだった。
訳が分からなくなって、叫ぶ。
とても見ていることが出来なかった。
ふと、視界の端で母さんの口が微かに動いたのが見えた。
必死に自分を落ち着かせながら、母さんの口元に耳を近づける。
「あなた、は……いつまでも、わたしの、こ」
そう言って、瞳は完全に光を失った。……一筋の涙を流しながら。
――どれくらい月日が流れたのかは分からない。あの日からの記憶が断片的だが、毎日一日のほとんどを焼けた家の隅で、何もせずに過ごしていた。
あの日から世界に色が無くなってしまったように、なんの気力も湧かないのだ。
殆ど腹は空かなかったが、食べないと良くない気がして、庭で育てた果実を数回齧って捨てた。
こんな生活をしていても、不思議と体調を崩さず、顔も知れない父親に似たのだか、自分の免疫力の強さに呆れた。
そんな生活を繰り返していた時、家の床の色が、少し違うことに気がついた。気になって調べると、なんと、隠し階段を見つけた。
その時、久しぶりに世界に色が戻った。この階段はなんなのか、好奇心が溢れる。最後の母の言葉が何を意味するのか、知ることが出来るかもしれない。
逸る気持ちを抑えきれず階段を駆け降り、その先にある扉を開ける。すると、ひとつの箱があった。食らいつくように開けると、金貨が十五枚入った袋と、紫色に光を放つ、とても美しい宝石のはめ込まれた指輪。それと、一枚の紙切れが入っていた。
母さんは裕福ではないくらしの中、こんな大金を隠していたのか。
初めに手紙を読む。
"この子を拾った方へ。この子は私の大切な子です。ですが、やむを得ず手放さなくてはならないのです。お願いです。もしあなたが優しい心を持った人ならば、この子を守ってあげてください。そしてこの子が物の価値がわかる大人になった時、この指輪を渡してください。いい人に、見つかりますように"
殴り書きのような文字だった。この手紙を読む限り、どうやら俺は母さんの本当の子供ではないらしい。それでも不思議とショックは受けなかった。俺の中では、母さんがスピアという事実は変わらないからだ。
ただ、この人がどんな人なのか、今は何をしているのか、なぜ俺を捨てたのか。好奇心を抱かずには居られなかった。
階段を登って外に出た時、世界は眩しかった。もう、こんなにも暖かくなっていたのか。
正直、どうしたらいいのか分からなかった。俺の中で、母さんがスピカただ一人なのは変わらない。だけど、本当の母親がどんな人物だったのかは、すごく気になる。
自分の出自を知ることが、これからどう生きるべきか、生き方を見つける唯一のヒントになるような気がするのだ。
ただ、焼けてしまったが、思い出のいっぱい詰まったこの場所を離れたくない気持ちもある。母さんの墓も、ひとり寂しくここに残しておくのも心残りだ。
その日俺は眠れない夜を過ごした。自分がこれからどうすべきかを、一晩中考えていた。
鳥のさえずりが聞こえてくる。暫くして、空も少しずつ明るくなり、世界を照らし出した。
俺は、決めた。
全てを失った。もう、ここにいても仕方ない。
それに、喪失のショックで忘れていたが、あの時、母さんが殺された時に聞こえた声。声の主はたしかに、任務は終わりだ、と言っていた。母さんの死は、仕向けられたものだったのかもしれない。そうだとしたら絶対に許せない。なぜ、俺たちの幸せは壊されなければならなかったのか、俺には知る権利がある。そして、絶対にこの手で、あの憎きドラゴンと黒幕に敵討ちをしてやる。
愛おしい思い出は胸にしまって、真実を探しに旅に出ることにしよう。
旅の支度を整えて、母さんの墓に手を添える。
「母さん。今まで俺をこんなに立派に育ててくれてありがとう。母さんが教えてくれた愛や、 厳しさをずっと忘れないよ」
自然と涙が零れた。しばらくその場で目を閉じて、母さんとの思い出を噛み締める。
そして、立ち上がり、涙を拭いた。母さんが残した金貨をポケットにしまって。
振り返った時、カメリアの左の人差し指に嵌められた指輪の宝石が光に反射してキラリと光った。
まずは、街を目指そう。
あたたかい春の風が、カメリアの背中を押した。その風が、母の手のように感じた。
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