第25話 楽しかったな

不幸中の幸いだろうか。投薬された薬が僕に合っていたようで、僕の病気の症状はほぼ完全に抑えられた。しばらくはこれまでと変わらない生活ができる。


結婚式も無事に執り行うことができたし、新婚旅行でイタリアのコモ湖へ行くこともできた。


そうそう、結婚式と言えば思い出深い事件がある。

その事件は結婚式や披露宴ではなく、その前の花嫁控室で起こった・・・・。


「美しい・・・・。」


僕は花嫁控室に足を踏み入れた瞬間、息を飲み、そして立ち尽くした・・・。


「どうしたのよ?急に固まってちゃって・・・。」


純白のウェディングドレスを着た麗華が、少し目を伏せ、照れたような表情ではにかんでいる。


「こんな美しい人がこの世にいるなんて・・・。ぜひ網膜に焼き付けなきゃ!!」


「ちょ、ちょっと恥ずかしいから。やめてよ・・・。」


僕がじっと見つめると、微笑みながらもちょっと口を尖らせて向こうを向いてしまった。


「そうだ!!いつでも脳内で再現できるように、あらゆる角度からくまなく観察しないと・・・。」


「やめてって!プランナーさん来たわよ!!ほらっ!」


麗華が指さした先を見ると、スーツ姿のウェディングプランナーさんが控えめなビジネススマイルを浮かべながら部屋に入ってくるところだった。


「いいんですよ。ご遠慮なく。しばらく新郎様と新婦様は別行動になりますので、ごゆっくりお楽しみください。」


「じゃあ、遠慮なく・・・・。」


「ちょっと!!」


いや、眼福だな~!!

純白のウェディングドレスに艶のある黒髪が映える!


白い肌がちょっと桜色に染まってるのもいいよね~。


プランナーさんのお言葉に甘えて、ずっと麗華を見つめ続けていると、とうとう痺れを切らしたのかプランナーさんが申し訳なさそうに近づいて来た。


「あの・・・そろそろ段取りの打ち合わせ、よろしいですか・・・?」


「すみません。はい。よろしくお願いします。」


そう答えたけど、視線は変わらず麗華に釘付けのまま。

プランナーさんもあきらめたのか、そのまま説明を始めた。


「新郎様には、これからいったん新郎控室へ戻っていただき、その後はしばらく新婦様と別行動になります。係の者の案内で新郎様だけチャペルに移動していただき、新婦様と再会するのはチャペルでの式の際になります。」


「ああ、なるほど・・・。麗華、聞こえた?これから、わか・・・。」


いったんプランナーさんの方を見た後、再度、麗華の方を振り向くと、さっきまで椅子に座っていたはずの麗華の顔が、なぜか僕のすぐ目の前にあった。


「フンッ!!」


間髪入れず、ウェディングドレス姿の麗華はそのまま僕の腹に正拳突きを打ち込んできた。

衝撃と痛みで床に膝を付く・・・。


「ウグッ・・・、えっ・・・?どうして・・・?」


見上げると麗華が肩で息をしながら僕を見下ろしていた。


「危なかった・・・。ここに初見殺しのトラップがあるのを忘れるところだった。」


「えっ?初見・・・殺し?えっ?えっ?」


麗華が何を言ってるのかわからない。戸惑いながらお腹を押さえる。


視線を移すと、プランナーさんが書類に目を落とし、必死で見ないフリをしている。


「じゃあ、新郎様、そろそろ控室の方へ・・・。」


「は、はい・・・。」


見事なプロ意識でビジネススマイルを崩さないプランナーさんに案内され、新郎控室に戻る。


ちらっと麗華の方を見たが、椅子に戻り、なぜだか安堵の表情をして胸を撫でおろしている・・・。


ウェディング腹パン事件・・・。


結局あれが何だったのか、今も麗華に聞けていない・・・。


◇◇


新婚生活が始まると、僕の希望で、麗華と一緒にこれまでの亮くんとの思い出の地を巡ることにした。

もっと麗華のことをよく知りたい・・・。そんな思いからだった。

今日は、神奈川県の江の島に来ている。


「わ~っ!なつかし~!あの頃のままだ~!」


麗華に案内されたのは、江の島が望める海岸沿いのカフェだった。


「へ~っ!!江の島って、なんとなく琵琶湖が懐かしくなるね~!全然似てないけど。」


「あっ!それ前の亮くんも言ってたし!やっぱり本人だな~!!」


麗華が手を叩きながら爆笑している。


室内の席に案内され、しばらくそこでおしゃべりをしていたけどけど、やがて麗華がテラス席が空いたのを見つけ、店員さんに頼んでその席に移らせてもらった。


「この席も懐かし~。そのまんまだ。まあ、あれからまだ3、4年しかたってないんだけどね。」


「そうなんだ。この席にはどんな思い出があるの?」


麗華がはしゃぐ姿を見るのは嬉しい。きっとこの席でこのキラキラ光る海を見ながら愛を語り合ったとかそんな思い出かな?


「あ~、うん。亮くんが隠れて本山莉子さんと密会してたことがわかってさ~!」


「えっ?」


麗華はにこやかに話しているけど、雲行きが怪しい。


「それで、本山さんと私、どっちを選ぶの・・・だったかな?その選択を迫ったんだけどさ~、そしたら亮くんがあの言葉を言って、私をループで消そうとしてきてさ~。ひどくない?」


「えっ?それはひどいね。」


「それで思わず亮くんの顔面に正拳突き入れてノックアウトして、そのまま逃げちゃったって思い出かな。ウフフ~。」


麗華は笑顔で楽しい思い出みたいに語ってるけど、僕はドン引きだ。


「へえ~、ひどい亮くんもいたもんだ・・・。」


なんとか言葉を絞り出したけど、それ以上続かない。だってそれ、僕の話だよね。


「こんな時、僕はどんな顔して聞いたらいいんだ・・・。」


「え~っ、どんな顔してくれるの?見たいな~!!」


無邪気な麗華が頬杖をついて上目遣いをしながら期待の眼差しを向けて来る。


期待に応えないと・・・。


「ひどい奴がいたもんだぜ!!俺だったら麗華にそんな悲しいをさせないよ。俺んとこ来ないか?」


「・・・・え~、なにそれ?」


「ちょっとイケメン風の亮くんの顔をやってみました。」


「つまんな~い。まあ、おまけして30点かな~。」


そう言いながらも、麗華はケラケラ笑っている。

よかった。辛い思い出の場所もこれで少しは楽しい思い出にできたかな・・・?


「・・・・そういえばさ、江の島って、縁結びの神様がいるんでしょ?後で行ってお願いしてみようよ!!」


「ええっ?縁結びも何も、僕ともう結ばれてますけど・・・?」


「・・・そうじゃなくて、赤ちゃんとの縁。ほら、なかなかできないじゃん。」


麗華の顔に少し暗い翳が差した。


赤ちゃんが欲しい・・・そのことは麗華から事あるごとに言われている。


でも、僕は数年後には死んでしまう。その前に麗華にあの言葉を言って、時を戻してやり直させることも決めている。

じゃあその時、僕たちの子どもはどうなるんだろう?


ループした後、どうなるのか。もちろん僕は知らないし、麗華もわからないようだ。もし麗華も消えてしまったら、その子は一人になってしまう。


いや、麗華のことだ。そんな無責任なことはできないと言ってループを拒むかもしれない。僕が死んでも麗華には幸せになって欲しいのに・・・。


だから僕は、麗華にも内緒でこっそり処置して、子どもができないようにしている。


不意にテーブルの下で、麗華のサンダルが僕の足をつついた。


顔を上げると麗華が意味ありげな視線を送ってきている。その視線に応えると麗華が顔を近づけて来た。


「神社行った後さ、ちょっと早いけどホテルにチェックインしちゃおっか?それで営みをしたら・・・ご利益ありそうじゃない?」


もちろん僕に異存はなく、ニッコリ微笑みながら大きくうなずいた・・・。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る