第24話 余命宣告
「じゃあ、いってらっしゃいのハグ~。寝不足だからクルマの運転気を付けてね~。」
「いったい誰のせいで寝不足だと思ってんの!・・・・じゃあ、いってきま~す。」
一瞬だけジトッとした目で睨まれ、いつものハグには応じてくれたけどすぐに体を離され、そのまま足早に出かけてしまった。
最近少し淡泊になって愛が足りない気がする。さみしいな・・・。
だけど、麗華が出かけて、これで気が抜けると少しほっとしている自分もいる。
実は、麗華への愛は本物だけど、そのストレートな表現にはいつも少し演技を入れている。少しお調子者のフリもしている。
麗華と付き合い始めた当初、麗華の態度は明らかに不自然だった。
ずっと裏声の甘い声で話したり、無理して僕の趣味に理解があるフリをしたり・・・。
四六時中、気を張って僕の機嫌を窺っていたように思う。
もしかして僕に嫌われまいと無理をして素の自分を出せていないのかも。
そう気づいた僕は麗華が不安にならないよう、なるべく愛情をストレートに表現するようにした。
帰って来てすぐにハグしようとするのも、お風呂に突撃するのも、ウザがられるギリギリを狙ってわざとやっている。
何年もストレートな愛情表現を続けた成果か、今では麗華もすっかりリラックスして素の自分を出せている。
最近では僕の前でだらしない格好もするし、たまに僕に対し腹にパンチ、略して腹パンまでするようになった。
僕のことを気遣ってくれる麗華も好きだけど、こうやって麗華がのびのびと自分らしくしてくれるのが何より嬉しい
「じゃあ僕もリラックスしてのんびりしよっと。」
そう思いながら、さっそく二度寝をするためベッドに戻った。
今日は病院に行くため有休をとったから余裕がある。健康診断の結果を聞くだけだし、早く終わるだろうから、その後は久々にゲームにでも没頭しようかな・・・。
◇◇
ちょっと寝坊してしまった。
少し遅めに行ったのが悪かったのか、病院でさんざん待たされた挙句、説明してくれた先生の表情も硬かった。
「大多さんの検査の結果は・・・・」
前置きもなく始まった先生の口から出た言葉は、これまでに聞いたことのないような長い病名だった。
きっと二度聞いても覚えられないだろうから、そのまま淡々と続く先生の説明を聞くことにする。
なるほど免疫機能に異常があって自分の臓器を攻撃しちゃうのか、薬で症状を抑えるしかないのか、ふむふむ・・・と聞いていると、徐々に容易ならざる事態であることがわかってきた。
「・・・・ちなみに大多さんくらいの年齢で発病した場合の5年生存率は10%以下になります。何かご質問はありますか。」
それまでずっとPCから目を離さなかった先生がようやく僕の方に視線を移した。
どうやらここで説明は終わりらしい。
なぜか他人事みたいに感じる。
こういう時は何か質問した方がいいんだろうか?
何を聞いたらいいだろう?
「それは、つまり僕は5年以内に90%以上の確率で死ぬということでしょうか?」
「統計上はそうなります。ただ、もっと早く亡くなる方もいますし、それより長く生きられる方もいます。」
統計上はそうなります・・・・か、まあそう答えるしかないよな。
僕は5年後、28歳の自分を想像してみた。だいぶ先のことのように思えるし、今とあまり変わらないことのようにも思える・・・。
そうか、それまでに僕の人生は終わっちゃうのか・・・。
「あっ!!」
僕が5年後までに死ぬと言うことは、もう麗華と結婚できない。それだったら結婚しない方がいい・・・。
それに気づいてしまった時、僕は初めて自分の運命の過酷さを実感できた。
◇◇
今日は麗華が顧問をしている高校の空手部の夏合宿最終日。
さっき20時くらいまでには帰れるとLINEメッセージが届いていた。
僕はダイニングテーブルの椅子に座りながら、この1週間考え続けて到達した結論を、もう一度整理してみる。
先生の話では、薬を飲めば、しばらくは普通に生活できるらしい。
だけど、完治は難しく、そのままどんどん体力が衰えて症状が進行し、多臓器不全か合併症で死亡するらしい。
頑張っても5年か6年。その頃の麗華は28~29歳・・・。
そこで未亡人になるよりも今から新しい人生を歩んだ方が彼女にとっていいに決まってる。
でも、優しい麗華はきっと自分からそんなことを言い出せないだろう。
だから、僕から言わなければいけない・・・。だけど・・・。
麗華が僕の側から去っていくのは、正直言って身を切られるより辛い・・・。
5年前のあの日、麗華から突然告白された時から始まった幸せな日々。
必死に頑張って手放さないようにしてきた彼女の愛。それなのに・・・こんなに早くあきらめないといけないなんて・・・。
「えっ?ええっ?亮くんいたの?電気もつけないで何してるのよ!!」
ふと顔を上げると部屋の端にジャージ姿の麗華が立っていた。考え込んでいたから帰宅にまったく気付かなかった・・・。
思わず立ち上がってフラフラと麗華に歩み寄る。
「あっ、ちょっと待って!ハグはだめよ!今日も汗だくだからシャワー浴びるまで待って!!」
麗華が手を突き出して止めようとするけど、構わず麗華の肩に手を添える。
「・・・麗華・・・結婚するのやめよう・・・。」
ドスッ・・・。
みぞおちに衝撃が走った。
「その冗談、何度目よ!!次やったら腹パンだって言ったよね!!しかも今回は、電気も消してそんな悲壮な表情作って本意気の演技で深刻ぶっちゃって!!そこまでリアルに作り込んだら全然笑えないんだけど!!」
どうやら麗華に本気の正拳突きをくらったらしい。
悶絶しながら、そういえば前に調子に乗って似たようなイタズラを仕掛けてブチギレられたことを思い出す。
狼少年だった頃の自分が憎い・・・。
お腹を押さえてうずくまりながら見上げると、腕組みをしながら眉を吊り上げている麗華の美しい顔が目に入った。
バックには怒りの炎を背負っているようにも見える。
「・・・・待って、ごめん説明が足りなかった・・・。真面目な話だからちゃんと聞いて・・・。」
「じゃあ、聞こうじゃないの・・・って、えっ?じゃあ、真面目な話として結婚やめたいって言ってるってこと?」
怒りから一変、急に不安そうな表情になった。
僕は麗華に椅子に座るように促し、僕もその向かいに座り直す。
「実は・・・麗華が合宿に行っている間に色々あって考えたんだ。麗華の幸せのために結婚をやめた方がいいって・・・。」
そう伝えると麗華は悲しそうな顔をしてから、何かに気づいたような表情に変わり、それから恨みがましい目を向けて来た。
「もしかして私が合宿行ってる間に、本山さんに出会っちゃったとか・・・?それで速攻でNTRされちゃった・・・?」
「ブッフォッ!!」
思わず吹き出してまった。麗華の中では、本山さんはどんだけ魔性の女になってるんだ?
あの真面目成分100%の地味な本山さんが、わずか1週間でNTR・・・?
「ちょっと!笑い事じゃないでしょ!!ちゃんと説明してよ!!」
麗華がダイニングテーブルを叩き立ち上がったので、平身低頭謝ってまた席についてもらう。
「本山さんはまったく関係ない。高校卒業してから会ったこともないし。」
「・・・じゃあどうして・・・?」
「うん・・・実は月曜日に病院に行ったんだけど・・・。」
それから僕は病院で聞いた僕の病気に関する話を説明した。なるべく冷静に、淡々と・・・。
説明を進めるにつれて、麗華の表情がどんどん変わった。
怒りが去り、一瞬冷静になり、目を見開いて驚き、それから沈みこんだ・・・・どの姿も美しかった。
「・・・・それで、僕は5年以内に90%以上の確率で死ぬそうです。」
ひと通り説明が終わったけど、麗華は口を開かず、ただ僕の顔をじっと見つめてきた。
いや、ただ見つめているだけじゃない。もはや睨んでいると言ってもいいくらいの迫力だ。
「・・・・えっと、以上です。何か質問はありますか?」
緊迫した空気に耐え切れず、半笑いしながらちょっと冗談めかして伝えると、ようやく麗華が口を開いた。
「亮くんの体のことはわかった・・・。ごめんね。私がもっと早く気づけていれば・・・。」
「先生の話だと、早く発見できれば治せたってことじゃないみたい。それに、僕自身もまったく気づいてなかったから・・・。」
それでも麗華の沈み込んだ顔は変わらない。
「前の亮くんは・・・そんな病気にならなかった。もしかして私が何度も何度もループし続けちゃったせいで、バグが発生してこんなことになっちゃったのかな・・・。」
「それもないと思うけど・・・。仮にそうだとしても麗華のせいじゃないし・・・。」
僕の中では前の亮くんはまったくの別人だし、彼らが病気にならなかったとしても、僕と関係があるとは思えない。
でも、麗華はなぜか自分に責任を感じているのか、思いつめた表情で考え込んでいる。
僕は黙ってそれを見守ることしかできない。
「・・・ところで、なんでそれで結婚をやめるって話になるの?」
「えっ・・・?」
「もしかして体調に不安があるから結婚式とか新婚旅行ができないってこと?それだったら、式も新婚旅行も無しでいいよ。籍だけ入れて結婚すればいいじゃん。」
意外な言葉にまじまじと麗華の美しい顔を見つめてしまう。
「いや、そうじゃなくて・・・。5年後、麗華が28歳とか29歳で僕と死別したとして・・・そこから新しい相手を見つけて家庭を築くよりも、今から別の人とやり直した方がきっとうまく行く、幸せになれるって思って・・・。」
僕の説明の途中から麗華の表情がみるみる変わっていった。さっきとは逆に、悲しみから怒りの方向へ。
「ちょっと待ってよ!前から言ってるじゃない!私はこれまでもずっと亮くんと一緒に生きて来て、亮くん以外と歩む別の人生は考えられないって!!なにそれ?私が他の人と家庭を築く?そんなことあるはずないでしょ!!そんな理由で結婚やめるなんて言わないで!!」
「でも・・・子どもとか・・・。」
「亮くんと作ればいい!!それで亮くんが・・・いなくなった後は私が一人で育てるから!!」
麗華は興奮しながら僕に怒りをぶつけると、それから急に静かになった。
「・・・・私は・・・亮くんと添い遂げたい。たとえ短い期間であったとしても・・・だからそんなこと言わないで・・・。」
切れ長の瞳に涙を溜めている姿を見て、僕は思わず立ち上がって麗華に近づいた。
「ちょ、ちょっと・・・汗臭いからハグはやめてよ・・・。」
「いい・・・。これも僕の記憶に刻ませてよ・・・。死ぬ時に見るっていう走馬灯の中で思い出すから・・・。」
「しょうがないな・・・。そのかわり最期まで一緒にいてもらうからね・・・。」
抱きしめながら麗華に感謝した。僕のために、僕が死ぬまで一緒にいてくれるって決めてくれたことに。
そして、同時に決意した・・・。
死ぬ間際に、必ず麗華にあの言葉を言おう。そうすれば、麗華はまたループして、次の亮くんと人生をやり直すことができるから・・・。
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