第3章 最後の亮くん

第23話 強火の亮くん

「そろそろ帰ってくるころかな?」


壁掛け時計を見ながら、みそ汁の鍋の火を止め、みそを溶かし、夕飯づくりも仕上げに入る。


愛しの麗華と、高校3年生の4月に付き合い始めてから5年4か月、就職して一緒に暮らし始めてから4か月、そしてプロポーズが成功して婚約してからも4か月。

僕は間違いなく幸せの絶頂への途上にいる!!


ガチャ、ガチャ!


玄関のドアの鍵穴に鍵が差し込まれる音がした。帰って来たな!!


僕は足音を忍ばせながら、玄関の方に移動する。


「おかえり~!マイスイート!麗華、会いたかったよ~!!ハグ~ッ!!」


両手を広げて麗華の方へ歩み寄る。

ジャージ姿で疲れた表情の麗華は、少しだけ両手を広げたが、すぐにハッとした表情になると、掌底を突き出してのど輪で僕の突進を止めた。


「ちょっと!空手部の指導で汗だくなんだから、やめて!!」


「いや、大丈夫。愛しの麗華なら汗の匂いまで愛せる自信があるし・・・。」


「私が嫌なの!!」


麗華は僕を突き飛ばすと、ドスドスと奥の部屋に入りスポーツバックを床に下ろすと、今朝脱ぎ捨ててそのままになっていた部屋着を手に取った。


「シャワー浴びてくるから!せめてそれまで待ってて!!」


ピシャリとそう言い捨てると、洗面所に入り扉を閉めた。ご丁寧に鍵までかけている。


「ふ~ん・・・。」


しばらくすると洗面所の奥の浴室からシャワーの音が聞こえて来た。

その音を聞きながら僕は音を立てず準備をする。


「よしっ、ころあいか。」


僕は財布から10円玉を取り出し、外から洗面所の鍵をこっそり開ける。


「麗華~!!一緒にはいろっ!!」


「ギャ~ッ!!どうして毎日毎日入ってくるのよ?」


「それはそこに愛しの麗華がいるからだよ~。お風呂に入って姿を想像すると、我慢して外で待ってるなんてできないし・・・。」


勢いで麗華を強く抱きしめる。


「ちょっと、ちょっと待って!せめて体洗うまで待って!!」


「じゃあ、僕が洗ってあげるから・・・。」


◇◇


今日も仲良く一緒にお風呂に入った後、夕飯もそこそこにベッドに移り、無事に営みを終え、余韻に浸りながら麗華を抱きしめる。この時間が一番好き。


「麗華、愛してるよ。大好き・・・。」


営みの余韻と多幸感に浸れる最高のひと時。

でも、なぜか彼女は僕の腕の中で冷静な様子。


「今回はなんか調子狂うな~。」


「えっ?どうしたの?」


「ここ最近のループでは、私の亮くんへの愛情の方が圧倒的に強火だったから・・・。でも今回に限って亮くんの愛情の方がずっと強くて調子狂う・・・。」


麗華の話では、これまでにタイムリープして、人生を何十回もループして、僕との幸せなゴールを目指して奮闘してきたらしい。

でも、いつも僕から時を遡るキーワードを言われて高校3年生の4月の始業式の日からやり直すことになっていたとか・・・。


「こんな素敵な女性を前にして夢中にならないなんて、前の亮くんたちの方がおかしかったと思うけど・・・。」


「・・・今の亮くんは私のこと大好きだもんね。そこはうれしいな。」


麗華が僕の胸にほおずりしてくれている。思わず背中に回した手に力が入る。


「そういえば、もともとは麗華から告白されたよね。高3の始業式の日に高校の近くの喫茶店に誘われて。『私を無限ループから救い出すために、私と付き合って、結婚して欲しい』だっけ?あの時は驚いたよ。アタッ!!」


急にお腹の当たりに痛みが走った。どうやら麗華が強くつねったらしい。


「何言ってんの!驚いたのは私だよ。私がそう言ったら、『いいよ。付き合おう!結婚しよう!』って即答だったじゃん。しかも食い気味に。自分で言い出しといてなんだけど、私、ちょっと引いてたんだから。宗教とかマルチを疑うとか、ちょっと考えたいって答えるとか、そういう反応が普通じゃないの?」


確かに麗華の突然の告白に、僕が即答しでOKした時に見せた麗華のドンびいた表情は今でも忘れられない。


「こんな素敵な人が向こうから告白してきたんだよ。このチャンスを逃したくないって思うに決まってんじゃん。」


「調子いいこと言うな~。今回の亮くんは軽いタイプなのかな?」


麗華を抱きしめながら話していると、またその気分になってきてしまった。さりげなく麗華の髪や背中を撫でて誘いかけてみる。


「だめ!!明日から合宿で早いんだし・・・。1回で十分だって。」


「そっか・・・麗華は明日から1週間いないんだった・・・。寂しいな~。麗華がいないこの家に一人で耐えられるんだろうか。不安・・・。」


「なに言ってんのよ。1週間よ。せいぜい羽根を伸ばしたら?何か予定ないの?」


ちょっと呆れた口調でジトっとした目で見上げてくる。こんな表情もかわいい・・・。


「仕事以外だと健康診断の再検査の結果を聞きに行くのと・・・あと、高校の同級生と飲みに行くくらい。イタッ!!」


また麗華にお腹の肉をつねられた。


「・・・それ、本山さんも来ないよね?」


急に低くなった麗華の声も響いて来る。


「来ない来ない!大河原と山下と飲むんだって。本山さんとは高校卒業以来一度も会ったことないし!!」


地雷を踏んでしまったことに気づき、慌てて弁解する。


麗華が本山莉子のことをこんなにも気にする理由もちゃんと聞いている。


麗華によれば、過去のループで、ほぼすべての亮くんが麗華ではなく本山さんを選び、麗華は負けヒロインになったのだとか・・・。

正直、この話ばかりはまったく信じられない。高校の同級生である本山さんは、頭こそずば抜けてよかったけど、身なりに頓着しなくていつも野暮ったい格好をしてたし、性格も素直で明るい麗華の方が断然いいに決まってる。それなのに本山さんの方を選ぶなんて、前の亮くんはそろいもそろって目が節穴だったのかな?


「言っとくけど、本山さんと会ってたら、顔面パンチだからね・・・。」


そんな僕の気持ちが伝わらないのか、僕の胸のあたりからは相変わらず迫力ある低い声が聞こえてくる。この声も好きだから別にいいんだけど・・・。


「何度も言ってるけど、僕は麗華しか目に入ってないから。麗華と結婚して、麗華と毎日ゲラゲラ笑って、おじいちゃんおばあちゃんになるまで添い遂げるのが僕の夢だから・・・。そんな愛しい麗華がいるのに、他の女に目を奪われるなんてありえないよ。」


「・・・・・。」


急に麗華が黙ってしまった。怒らせちゃった?


だけど、なんかさっきよりも強く体を押し付けられてる気がする。これはもしかして・・・。


試しに麗華の首筋にキスをすると、麗華もキスで応えてくれた・・・。


明日早いって言ってたけど大丈夫かな?頭の片隅では少し気になったけど、麗華の魅力の前ではそんなの些事に過ぎなかった・・・。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る