第22話 花火の下での告白
図書室の扉を開けて机のあたりを見ると、誰も座ってない。だけど、見覚えのある勉強道具。あの筆入れは・・・。
部屋の中を見渡すと、窓の近くに見覚えのある眼鏡と二つ結びの黒髪。彼女は本棚の陰に立ち、窓から外を見つめていた。
「・・・ごめん。」
「遅いよ・・・。」
莉子は窓の外から視線を外さないままだった。その声にも特に感情はこもっていない。
「わたあめ食べたり、一緒に写真撮ったり・・・。手もつないだりして・・・楽しそうだったじゃない。」
「ここから見てたんだ。」
「見てないよ!たまたま目に入っただけ!!」
ピシャリとした口調で否定されてしまった。
だけど、勉強道具が置いてある机から距離はあるし、たまたま目に入るとは思えないけど・・・。
「まっ、別にいいんだけど。どうせ私は練習相手だしね。」
「あっ・・・うん。そのことなんだけど。ちょっと話しておきたいことがあるんだ。」
その言葉に彼女は初めて僕の方に視線を向けた。
「莉子には、大学に入るまで、練習として付き合うって言っちゃって・・・。あれは・・・間違えてたと思う。」
「・・・・・・・。」
莉子は何も言わない。表情も変わらない。
だけど、僕を見つめる瞳の黒さが、さっきよりも深くなった気がする。
「だから、大学に入るまでって約束だったけど、練習で付き合うのは今日でやめたい。」
そう伝えると、莉子は、少しだけ瞳孔を開き、だけど表情は変えないまま、また視線を窓の外に移した。
「まあいいよ。どうせ練習だし。バランスも悪かったし。亮にふさわしい相手が見つかったんだったらそっちと付き合った方がいいよ。」
花火を見るために広場に集まり始めた生徒を見つめているのだろうか、視線は窓の外を捉えたまままったく動かない。表情もいつものポーカーフェイスのままに見える。
「それにしたって、別に、わざわざ今日ここに来て言う必要なかったのに・・・。城ケ崎さんを待たせてるんでしょ?」
「うん・・・。でも、新しい一歩を踏み出すんだったら、きちんとそれまでの関係を清算してからじゃなきゃいけないと思って。」
「そっか、真面目だね・・・・。」
それから莉子はずっと黙ったまま。
何を思っているのだろうか。僕はただずっとその横顔を見つめる。
一緒に歩くときは、いつもずんずんと先に行ってしまうため、これまで横顔をゆっくり見ることができなかった。思えばずっと莉子の背中ばかり見てきた。
「・・・もう話が終わったなら行ってもいいよ。彼女が待ってるんじゃないの?」
莉子は怪訝そうな口調だ。その視線は窓の外を見たまま動かない。
「待って・・・もう少しだから・・・。」
腕時計を見て時間を確認した。広場の生徒のざわめきも大きくなる。
よしっ!!
「あのさっ!!ちょっとこっちを向いてもらっていい?」
腹に力を入れて大きな声を出すと、莉子はゆっくりとこちらを見てくれた。
「僕は、ずっと莉子のことが好きだった。練習じゃなくて本当の彼女になって欲しい。」
「えっ・・・?」
莉子のポーカーフェイスがやっと崩れた。目を見開いて明らかに動揺している。
「前にバランスが悪いって言ってたよね。確かに。莉子から見て、僕だとバランスが悪くてふさわしくないってのはわかってる。莉子は僕よりもずっと頭が良くて、どれだけ頑張っても全然追いつけない。このままじゃ彼氏と一緒にキャンパスを歩くっていう夢もかなえられない・・・。だから夏休みの時はとっさに練習だってごまかしちゃって・・・。だけど、違う。僕は練習相手になりたかったわけじゃない。莉子の隣を歩きたい。そのために、これから頑張って、莉子と同じ大学に行けるように勉強する。だから・・・。付き合ってほしい。」
その時、ちょうど窓の外からドンッ・・・という音が響き、窓ガラスがビリビリ揺れた。花火が打ち上げられたようだ。間に合った・・・。
「・・・・・。」
莉子の向こう側には次々に花火が美しく花開く様子が見える。
だけど、莉子は憮然とした表情になり黙ってしまった。
ああ、ダメだったか・・・。心の中でガックリとした時だった。
「私が・・・バランス悪いって言ったことを気にしてたんだ・・・。」
莉子がおもむろに口を開いた。僕は固唾を飲んで次の言葉を待つ。
「バランスが悪いって言うのは、私のこと・・・私は性格もひねくれてて、かわいげもないし・・・容姿もよくない。素直で優しくて・・・派手さはないけど見た目は悪くない亮とは釣り合わない・・・。だから練習相手でも仕方ないって思ってた・・・。」
莉子は目を伏せて無表情のまま訥々と語り続け、それから急に首を振った。
「しかも城ケ崎みたいなかわいい子にも好かれてて・・・どう考えても亮は城ケ崎さんと付き合うのが普通だって!気の迷いで私と付き合って・・・わたしがその気になってから捨てられたら耐え切れない。今日だってここから見てたけど・・・。」
彼女はカーテンをぎゅっと握り、そのまま、また窓の外を見つめてなにかつぶやいた・・・。でも、その視線の先で花火が何発も打ち上がっていて、歓声と花火の打上げの音で何をつぶやいていたのかよく聞こえない。
「・・・・正直言うと、身の程知らずに莉子を追いかけ続けるよりも、その方がいいかもって思ったこともある。でも、僕は、城ケ崎さんと一緒の時も、気づけばずっと莉子のことを考えてた。わたあめを食べた時も、お化け屋敷に入った時も、カフェに行った時も・・・これ莉子が好きそうだな、莉子と一緒だったらどんな顔をするんだろうってずっと思ってた。花火を待ってる時も、莉子と一緒に花火を見たいと思った・・・。もう莉子以外のことは考えられない。だから、お願いします。」
深々と頭を下げて返事を待ったけど、莉子は何も言ってくれない。
もしかして、外の歓声で声が届かなかったんだろうかと心配になり、おそるおそる顔を上げると、こちらを見ていた莉子と視線がぶつかった。
「・・・・えっ!・・・。」
僕の目に入った莉子の顔はこれまでに一度も見たことない表情だった。
「いいの・・・?私で・・・?」
頬を赤く染め、口元はにやけているのか、はにかんでいるのかわからない。目元もぐしゃぐしゃに崩れていた。
でも、喜んでくれてるのは間違いない!
「もちろんだって!」
僕は慌てて駆け寄って、莉子の手を取る。
「莉子以外は考えられない。ぜひよろしくお願いします。」
「うん・・・。」
うつむいて照れている表情もなんとも言えないくらいかわいい・・・そう思いながら見惚れていると、後方でガラッと扉が開く音がした。
「亮く~ん・・・。ここにいる~?全然帰って来ないから迎えに来たよ・・・。」
城ケ崎さんだ!
慌てて隠れようとしたけど、そんな暇はなかった。
僕がその声に振り返るのと、城ケ崎さんが僕たちを見つけるのはほぼ同時だった。
「えっ?えっ、えっ?どういうこと?どうして亮くんが本山さんと二人きりなの?どうして本山さんの手を握ってるの?」
城ケ崎さんは戸惑った表情をしながらも、つかつかと僕たちの方に歩み寄り、あっという間に距離を詰められた。
「あの・・・。実は、僕はずっと・・・莉子と付き合ってたんだ。だから・・・。」
「はっ?えっ?ウソでしょ?だって、亮くんは私と恋人同士になるって決まってて・・・えっ?どういうことなの?どうして今回はこんな展開になるの?」
彼女は、動転し、不思議でしょうがないといった表情をしている。事態を把握できなくて、少し混乱してるのだろうか・・・?
「あの・・・僕がずっと莉子のことを尊敬していて、そのまま好きになっちゃって。最初は身の程知らずかなと思ってたけど、思い切って告白したら莉子も同じ気持ちでいてくれて。それで・・・。」
莉子の方をチラッと見ると、頬を赤くしてはにかみながらも、うなずいてくれている。
しかし、その言葉に城ケ崎さんが豹変し、鋭く莉子を睨みつけると、そのまま僕の肩を掴み、強引に莉子から引き離した。
「おかしい!それは絶対におかしい!!今回はなかなか告白してくれなくて変だなって思ってたけど・・・でも最後はこれまで通り恋人同士になるって信じてた。じゃあ、私はこれからどうしたらいいの?これからどんな展開になるのよ!!」
僕をの肩を揺さぶりながら血走った目で詰め寄ってくる。僕は一歩、二歩と後ずさり、そのまま壁際に押し付けられた。物凄い力でまったく動けない。
「いや・・・展開と言われても・・・。」
「あっ!そうか!この後、ちょっとだけ付き合ってから、私の所に戻ってくる展開とか?それならわかる。でも、それだったら最初から止めといた方がいいって。本山さんにも悲しい思いをさせるだけだしさ!!」
あまりに意外な発言に困惑し、壁に貼り付けられながら、なんとか顔だけ動かして莉子の方に視線を向けると、莉子も戸惑った表情をしているのが見えた。莉子も不安になってるかもしれない。ここは僕が頑張らないと。
「違う。これからも僕は莉子と別れるつもりはない。だからすぐに別れて城ケ崎さんと付き合い始めるなんてこともないから・・・。」
僕の言葉を聞いた城ケ崎さんは、なぜか急にすんっという表情になり、僕の肩を掴んでいる手の力を緩めた・・・。
「ああ、うん。そうだね。あれっ・・・なんで私、あんなに取り乱してたのかな。うん。わかった。お幸せにね。」
さっきまでの取り乱した様子が嘘だったように、冷静な表情に戻った城ケ崎さんは、そのままスタスタと図書室から出て行った。
残された僕と莉子は、目を見合わせる。
「何だったの・・・?」
「わかんない・・・。」
そのまま呆然としながら二人で向かい合っていると、窓の外の花火が目に入った。
「あっ・・・そうだ!知ってる?文化祭の花火の下で告白すると、ずっと一緒にいられるって伝説があるんだって。だったら、僕たちもそうだよね・・・。」
「そうなんだ・・・でも、そうだったら亮には頑張ってもらわないとね。」
「えっ?どういうこと?」
「さっき言ったでしょ?彼氏とキャンパスを歩きたいって夢をかなえるために、私と同じ大学に行けるように猛勉強してくれるって・・・。相当頑張らないと難しいよ~!」
えっ?と思い、莉子の方を見ると、莉子は照れたように頬を染め、にっこりと笑いながら、控えめに僕の手を握って来た。
「明日から猛特訓だよ。この手がペンだこでゴツゴツになるくらい鍛えるからね!」
それからの約半年間、莉子の猛特訓に耐え文字通り死ぬ気で頑張った。毎日体力の限界まで猛勉強したせいか、この日から春までの記憶はほとんど残ってない。
だけど、春には何とか莉子の夢をかなえることができた。二人で一緒に並んで大学のキャンパスに足を踏み入れた時、これからもずっと莉子と横に並んで歩きたいと決意した・・・。
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