第20話 文化祭の誘い

「そういえばさ~。明日から文化祭じゃん。」


「ああ、そうね・・・。」


早朝の教室。僕と莉子は自分の席に座って、それぞれ問題集を解いている。

僕から莉子に声を掛けて始めた朝の自主勉強の時間。始業までまだ1時間近くあるので、教室には僕と莉子の二人だけだ。


「文化祭の日、どうするの?友達と出店とかを見て廻るの?」


「はっ?聞かないでもわかってるでしょ!!一緒に廻る友達なんていないし。去年と同じように、どこか空き教室でも見つけて勉強するつもり。」


莉子はそう言いながらも、淡々と数学の問題集を見て、回答をノートに書き込んでいる。

勉強しながら世間話をするのもすっかり慣れてしまった。


「・・・じゃあさ、僕と一緒に廻らない?ほら・・・一応付き合ってるわけだし、そういう思い出があってもいいかなって・・・。」


「・・・・・。」


莉子が黙ってしまったので横目で見ると、彼女は無表情のまま問題集から目を離さず、問題を解く手も止まっていない。


「・・・・秘密にするって約束でしょ。一緒に廻っても大丈夫なの?」


「そうなんだけど・・・。」


その瞬間、教室の扉がガラッと開けられた。

思わずビクッとして、入口の方を振り返ってくると、大河原くんがオッスと手を上げながら入ってくるところだった。


「ああ、おはよう。早いね。」


「お、おう・・・。実は亮に二人だけで話があってさ。早めに来たんだよ。ちょっと時間いいか?」


「もちろん、いいよ。」


二人だけの話だったら場所を移すのかなと思い腰を上げかけると、それよりも先に大河原くんが僕の席の前に座って話し出した。

あれっ?莉子の姿が見えてないのかな?


「実はさ、明日の文化祭だけど、俺と沙也加と、それから城ケ崎さんと一緒に廻んない?」


「えっ?それ城ケ崎さんにも聞いたけど、冗談じゃなかったの?」


「ああ、冗談だと思ってたのか・・・そういうことか。いや、城ケ崎さんが亮から全然返事がないって沙也加に相談して、それで沙也加を通じて、俺から返事を聞いて欲しいに頼まれてさ。じゃあ、いいだろ?一緒に廻ろうぜ!」


「えぇ~っ?それは・・・。」


チラッと莉子の方を見たけど、相変わらずポーカーフェイスで問題集を解き続けている。


「えっ?もう誰かと約束してんの?」


「いや・・・それはないけど・・・。」


「じゃあ、一緒に廻ろうぜ。沙也加から強く言われててさ!俺も絶対に大丈夫だからって言っちゃって・・・。今さら断られたなんて言えないし。だから頼むよ・・・。」


大河原くんは困ったような表情になって手を合わせている。

事情はよくわからないけど困っているのかな?だったら頼みを聞いてあげたい・・・。だけど・・・。


もう一度チラッと莉子の方を見ると、彼女は一瞬だけ僕を見て、小さくうなずいた。


「・・・うん・・・。わかった。もしかしたらずっと一緒は難しいかもしれないけど・・・。」


「ああっ、いいよ!とりあえず最初だけ一緒に廻ってくれればいいからさ!サンキュ~!じゃあ明日よろしくな!」


大河原くんは、パッと明るい表情になり、そのまま軽い足取りで教室から出て行った。


僕は大河原くんを見送った後、ギギッと首をひねり莉子の方に顔を向ける。


「・・・・ごめん。ずっとは一緒に廻れなくなっちゃったかも・・・。」


「いいよ。別に・・・。私は練習用の彼女ですから・・・。」


さっきと変わらずポーカーフェイスで数学の問題集を解き続けているけど、ちょっと言葉にとげがあるような気がする。


「最初にちょっと僕をイジって飽きたら解放してくれるだろうから、もしよければ、その後に一緒に・・・。」


「あのさっ!!」


彼女の問題集を解く手がピタリと止まった。声色も少し緊張感が増した気がする。


「気づいてないの?それとも気づかないフリしてるの?気づいてないんだったら相当鈍いし、気づかないフリしてるんだったら、かなり意地が悪いよね!!」


莉子の目はまだ問題集を見つめたまま。顔もポーカーフェイス。だけど、その声には明らかに怒りがこもっている。


「気づかないって・・・?」


「城ケ崎さんのことだよ!間違いなく亮のことが好きだよね!私は一学期の頃から気づいてたよ。だって、いつも亮に対する好意がダダ洩れだったじゃん!!気づいてないわけないよね!!」


えっ?えっ?

莉子の言葉には戸惑いしか覚えない。

城ケ崎さんが僕のことを好き?なんで?まさか!?

好きになられるような理由がまったく思い当たらない・・・。


「そんな・・・そんなことないって。あれは僕をからかってるだけだって・・・。」


「そんなことない!私にはわかるよ。だって私だって・・・。」


莉子は一瞬だけキッと僕を睨みつけた。だけど、またすぐに視線を手元の問題集に戻した。


「・・・・それは・・・僕にはわからなかったけど・・・。でも、万が一そうだったとしても、僕には莉子がいるわけだし・・・。」


「練習用の彼女でしょ!どうせ、私と亮とじゃバランス悪いし・・・。城ヶ崎さんのがお似合いでしょ!私のことは別に気を遣わなくていいから!!」


「えっ・・・?莉子、あの・・・。」


いろいろ動転してしまって何を言っていいのかわからない。


「今、数学の問題解いてるの。集中したいから話しかけないで!」


ピシャリと言われてしまい、僕も口を閉じるしかなかった。


その後、莉子は黙ったまま、ずっと数学の問題集を見つめていたけど、シャープペンを持った手はまったく動かなかった。


そのまま登校時間になり、他の生徒が次々と教室に入って来たので、莉子との話は中途半端に終わってしまった。

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