第19話 練習用だから

「亮く~ん、夏休みどうだった~?」


二学期の始業式の日、帰りの時間に、教室でまた城ケ崎さんに絡まれた。一学期の終業式以来だ。夏休みの間に僕イジリを飽きてくれていればと思ってたけど、まだ城ケ崎さんの中でブームは去っていなかったようだ。


「いや、ずっと予備校に通ってたから特に何も・・・。」


「え~っ、そっか~。真面目だね~。全然日焼けしてなくて、腕とかも真っ白だもんね~。」


ああ、今日は僕がひょろひょろで、しかも夏休みにどこにも行けない寂しいやつイジりかな・・・?


「城ケ崎さんはどこか遊びに行ったの?」


「そうそう。空手道場に来てる子供たちの合宿指導のために長野に行ったんだけど・・・。」


そう言いながら自分のカバンから小さな紙包みを取り出した。


「はい、これ!お土産!あげるね。」


「どうも・・・。」


紙包みを空けると、『おやき』とお腹に書かれた白色のお饅頭みたいなキャラのキーホルダーが出て来た。ご当地キャラかな?


「これ見たら、なんか亮くんを思い出しちゃってさ。カバンにつけてあげるね!!」


城ケ崎さんは僕の返事を待たず、床に置いた僕のカバンに勝手にそのキーホルダーを付け始めた。


これはどういうイジりだろう・・・?

わからん。陽キャが考えることわからん。


「・・・・今日も予備校なの?」


彼女はしゃがみながら上目遣いで僕を見上げてくる。瞳がキラキラして、ちょっとドキッとしてしまう。


「ああ・・・うん。これから行くんだけど・・・。」


「そっかそっか・・・。あっ、でも再来週の土日、文化祭あるじゃん。それはさすがに参加するでしょ?」


「もちろん・・・。あれは学校の授業だし・・・。」


上目遣いのキラキラした瞳がまぶしすぎて、正視できず目を逸らす。


「じゃあさ、文化祭、一緒に廻ろうよ!」


「うっ、うぇっ?」


「あっ、沙也加と大河原くんも一緒だよ。ほら、あの二人カップルだから、私一人だけだと邪魔しちゃうじゃん。だから亮くんも一緒に来てくれると助かるんだけどな~。」


彼女は、僕の机に顎をのせながらフフフッと微笑んでいる。


えっ?どうしたらいいの?


前にも想像したことあるけど、その4人の絵面、僕だけ違和感あり過ぎない?


思わず、隣の席に座っている莉子に視線を向けると、莉子は帰り支度を済ませ、カバンを持って立ち上がるところだった。


「じゃあ、先に行くよ~。」


そう言って足早に教室から出て行ってしまった。


「あっ、ごめん。僕も予備校の時間だ。行かなきゃ。」


僕も慌ててカバンを持って立ち上がる。


「え~っ!じゃあ、文化祭の件、よろしくね~。」


机に顎をつけたままの城ケ崎さんは、ちょっと不満そうな声を出したけど、すぐに、にこやかな笑顔に戻った。


どうやら今日はすんなり解放してくれそうでよかった・・・。



「ま、待ってよ莉子~!」


莉子はいつもよりもさらに早足で歩いたようで、駅の近くでやっと追い付けた。


「相変わらず亮さまはおモテになるようで・・・。」


「だから、あれはからかわれてるだけだって。」


「どうかな~。それ・・・。」


僕のカバンに付けられたキーホルダーを指さす。


「気づかなかった?城ケ崎さんのカバンにも同じキーホルダーが付いてたよ。お揃いにされてるじゃん・・・。」


えっ?そうなの?

どういうこと?どういうイジリ?


「ごめん、すぐ外すよ。」


「いいって、別に。」


「いや、だって彼女がいるのに他の子とお揃いっておかしいでしょ。」


「別に・・・。練習用の彼女でしょ?気にしなくていいよ。」


莉子は相変わらずポーカーフェイスのまま。

別に何も思っていないようだ。

それはそれで寂しい・・・。


練習という名目ではあるものの、莉子と付き合い始めてから約1か月。二人の関係はそれ以前とはほとんど変わらない。


いつも通り一緒に予備校に通い、勉強会をするだけ。手を繋ぐことすらない。


ただ一つ変わったのは、お互いの呼び方が亮と莉子になったことくらい。


思ってたのとちょっと違う・・・。



京都駅の八条口を出ると、向こうから何人も高校生が歩いてくる様子が見えた。

莉子が行くはずだった高校の生徒だ・・・。


僕は心配になって一歩前を歩く莉子を見た。6月、莉子が中学の時の友達の姿を見て、急に震え出したことはまだ記憶に新しい・・・


「あっ!」


莉子が小さな声を上げ、少しだけ目を見開いたかと思うと、急に駆け出した。


「佐智子ちゃん・・・。」


「あっ・・・莉子ちゃん・・・。」


駆け寄った先には、莉子と同じような眼鏡で黒髪のいかにも真面目そうな女子高生。


莉子は駆け寄って声を掛けたまではいいものの、その次の言葉が続かない。


佐智子ちゃんと呼ばれたその子も、戸惑っているのか黙っている。

そのまま黙って見つめ合う二人を置いて行くわけにもいかず、僕は少し離れたところで見守ることにする。


「・・・ごめん・・・。佐智子ちゃん・・・が・・・悪いんじゃない・・・のに・・・ずっと・・・謝りたかった・・・。」


先に口を開いたのは莉子だった。明らかに声が震えている。


「違う・・・。わたし、ずっと後悔してて。なんであの時あんなことしちゃったのかって・・・。」


佐智子ちゃんは首を横に振った。


また、そのまま二人は見つめ合い、何も言わなくなった・・・。


こんな時、僕はどんな顔をしてたらいいんだろう。腕でも組んで、ウンウンとうなずきながら、後方彼氏面でもしてればいいんだろうか・・・?


「あの・・・大丈夫?あの人・・・、莉子ちゃんの彼氏?」


佐智子ちゃんが僕に気づいてくれた。そうか、彼氏に見えるのか・・・。


「ううん・・・この人は、同じ高校の同級生で・・・同じ予備校に通ってる予備校仲間・・・。」


・・・そうか、予備校仲間と紹介されるのか・・・。がっくり。


その後も、二人はほとんど何もしゃべらなかったけど、別れ際に連絡先を交換したようだった。

きっとお互いに積もる話はあるだろうけど、それを話すにはまだ準備が整っていないのかもしれない。


「ごめん・・・お待たせ・・・。」


戻って来た莉子は、いつもと同じポーカーフェイスだったけど、なんとなく何かをやり遂げたという雰囲気が漂っていた。


「ああ・・・うん、よかったね。」


「ずっと声を掛けたかったけど勇気が出なくて・・・でも、今日は亮がいてくれたから勇気を出せたんだよ。もし冷たくされても、亮が側に居てくれるって思えたから・・・ありがとね。」


軽く口元を緩めてはにかんだ表情が何とも言えず愛おしい。

こんな僕でもそんな風に頼りしてもらえて嬉しい・・・。

心ではそう思ってるけど、なぜかそれを口に出すことができなかった。

むしろ僕の口からは、思ってもいないセリフが飛び出してしまった。


「・・・まあ、予備校仲間だからね・・・。」


「何それ?どういうこと?」


僕の口調がちょっと皮肉っぽかったからだろうか。莉子はちょっとムッとした表情になった。


「さっき・・・あの子に予備校仲間って紹介してたじゃん・・・。」


目を逸らして口を尖らせると、莉子は、「はあっ?」と怪訝な表情になった。


「練習用の彼氏彼女ってことは他の人には言わないって約束でしょ!!別に私は間違ったことしてないじゃん!!」


「それはそうだけど・・・。」


「もうっ!せっかく勇気を出して話し掛けられたのに、亮にも感謝してたのに、台無しになっちゃったじゃん!!」


莉子が頬を膨らませている。僕も自己嫌悪でいっぱいだ。なんで素直に感謝を受け入れられなかったんだろう・・・。

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