第18話 練習用の彼氏彼女
7月終わり。高校は夏休みに入ったけど、予備校では夏期講習がある。
だから本山さんと毎日のように会う日常はあまり変わらない。
「本山さん、ここわかんないんだけど。」
「うっさいな~。自分で考えてから質問しなよ!!」
最近では予備校に一緒に通うだけではなく、たまに帰りにファーストフード店に寄って一緒に勉強したりするようにもなった。
相変わらず本山さんは不愛想で口調はぶっきらぼうだけど、別に嫌な感じはしない。
「まあまあ、本山さんは教えるのうまいし・・・。ちょっとポテト食べていいからさ。この公式なんだけど・・・。」
「しょうがないな・・・。」
僕のノートをのぞきこむため少し近づいた彼女の顔を、気づかれないようにじっと見つめる。
重い前髪と黒ぶちの眼鏡に隠されてるけど、実はその下の小さな丸い顔は下手なアイドルに負けないくらいかわいく見える。
少なくとも今の僕の目には・・・。
僕は野暮ったいはずの彼女をそんな風に見せてしまう感情の名前はわかっている。
否定する気はない。はっきり認めてもいい。
僕は本山さんのことが好きだ。強く惹かれている。
あの6月の土曜日、僕の前で弱みを見せた時から、少しずつ本山さんのことを考える時間が増えた。
それまでは、尊敬できて少し面白い話をしてくれる友達のフォルダに整理してたけど、今は専用のフォルダができている。しかも僕以外はアクセス禁止。
でも・・・、本山さんはどう思っているの?
打算があったとはいえ、毎日待ち合わせて一緒に予備校に通っているし、こうやって二人で勉強もしたりする。
それに「ちょっと見た目のいい男子」なんて言ってくれたこともある。だから憎からず思ってくれているはずだ。
だけど・・・今日の本山さんは、くたびれたTシャツにくすんだ色の綿パン・・・。
髪もちょっとアホ毛が立っている。毎日こんな格好だ。
もし僕を異性として意識しているんだったら、もう少し身なりに気を遣うんじゃないだろうか。
僕が毎日気を遣っているみたいに・・・
だから、確信が持てない。下手に告白してこの関係が崩れたらと思うと、怖くて勇気が出せない。
こういう時どうしたらいいんだろう?
経験の乏しさが恨めしい・・・。
「ちょっと、聞いてる?やる気あるの?」
気づくと彼女が顔を上げてジトっとした目を向けている。
「もちろんだって!!本山さんのおかげで夏期講習のクラスも、スーパー特進に上がったし、感謝してるよ。」
「言っとくけど、私はスーパー特進スペシャル上位選抜αクラスだからね。」
「本当にそんなクラスあるの?アホが考えた必殺技みたいじゃん!」
「うっさい!!いずれにしても大多より上のクラスなんだから!早くここまで上がって来なよ!!」
ピシャリとそう言って、彼女は手元の問題集に視線を戻した。
本山さんとの関係を考えるうえで、この点も気になる・・・。
つい忘れそうになるけど、彼女は僕たちとは住む世界が違う孤高の才女なのだ。
いかにも普通な僕が恋をするには高嶺の花であることもわかっている・・・。
◇
「あ~っ!!今日も勉強だけで一日が終わっちゃったな~。高校最後の夏休みなのに。」
閉店を知らせる蛍の光を聞きながら、僕は急いで勉強道具を片付ける。そんな僕を尻目に本山さんのぼやきは止まらない。
「今年はしょうがないよ。だけど来年、大学生になったら遊びまくってやる!!サークルに入って、バイトしてお金稼いで、色んな所に遊びに行って・・・。そんなバラ色の未来が私の今の支え・・・。」
「でも、意外だよね。てっきり本山さんは勉強自体が好きなのか、それとも医者とか弁護士とかそういうの目指してて、だから一生懸命勉強してるんだと思ってた。」
彼女はフッと軽くため息をつき、唇の端を歪めた。
「もともと勉強は好きじゃない。だけど、友達から一人離れて辺鄙な高校に行って、それこそ大学もレベルの低いとこしか入れなかったら、道を外れてかわいそうって思われちゃうじゃん。だから、附属中のみんなと遜色ないレベルの大学に入ろうって一心で頑張ってるの。これも私の見栄だよ。」
「それでもそこまで努力できるのは十分にすごいけど・・・。」
自嘲するように言ってるけど、彼女の努力の量は僕がよく知ってる。見栄とかそういった生半可な覚悟でできる量じゃない。
「それから、大学に入ったら恋をして彼氏を作りたい。私に相応しい大学で、私にぴったりの彼氏と一緒に腕を組んでキャンパスを歩きたい・・・。」
その言葉に僕の胸はズキッと痛んだ。
僕は本山さんと同じ大学に行くなんて絶対無理。同じキャンパスを歩く未来もない。
たから、『僕なんか眼中にない』そう言われているような気がした。
これが引き金になったのだろうか・・・僕の心の中で、ずっと温めていたあのずるい作戦を実行してみなよと悪魔が囁いた。
「でもさ~。本山さんが、いきなりそんな大学デビューするってハードル高くない?」
「はっ?バカにしてんの?」
唇を尖らせて抗議の視線を向けてくる。この反応は予想通り。ひるまずなるべく余裕のある感じの笑顔を意識する。
「だって、本山さん。今は男子どころか女子ともほとんど話してないじゃん。大学に入っていきなり男子に気安く話しかけたりできるの~?」
「それは・・・。」
「それで、キョドってもたもたしてたら、周りはどんどんカップルが成立して、めぼしい男子はみんな他の子に取られちゃって・・・。本山さんが大きく出遅れるのが目に浮かぶな~!」
ことさらに意地悪そうな顔をして大げさな口調で言うと、本山さんの表情がみるみる曇った。
どうやら本山さんも同じような不安を持っていたようだ。
「じゃ、じゃあどうしたらいいのよ?」
「う~ん・・・やっぱり高校の時から経験を積んでおいた方がいいんじゃないの?できれば高校のうちから練習で誰かと付き合っておくとか・・・。それで慣れておけば大学スタートと同時に気後れせずに男子と仲良くできるんじゃない?」
「そ、そっか・・・それはそうかも・・・って、無理言わないでよ!そんな相手いないし!!」
僕の言葉に一瞬だけハッとしたような表情をしたけど、すぐに頬を膨らませた。
よしっ・・・ここまでは作戦通り。
「誰でもいいじゃん。練習なんだから。ちょっと仲良い男子くらいいるでしょ。」
「そ、そんな人、大多以外にいないしっ!!そんなのわかってるでしょ!!」
真っ赤になって戸惑いながら横を向いてしまった。
よしっ、ここだ。勇気を出すところだ。
「そっか・・・仲良い男子って僕くらいしかいないもんね。じゃあ、僕以外に練習相手はできないか~。」
「はっ?」
鳩が豆鉄砲を食らったような・・・というのはこういう顔を言うのだろう。彼女はそのお手本のような表情で僕を見つめて来た。
「どういう意味・・・?」
「いや、本山さんに練習が必要なら僕が手伝ってあげてもいいよって・・・。」
作戦では、ここで本山さんが、もし嬉しそうな表情をしたら本気の告白をするつもりだった。
また、ちょっとでも嫌そうな態度を見せたら、すぐに「冗談だよ~!」と言ってごまかすつもりだった。
我ながらずるいと思う。
でも、本山さんと前に進みたいけど、失敗して失いたくない。そんな気持ちから保険を掛けたのだが・・・・。
「う~ん・・・。」
しかし、本山さんの反応は僕が予想していたどちらでもなかった。
なぜか腕を組んで考え込んでしまったのだ。
その表情は嬉しそうでも嫌そうにも見えない。
えっ、どっち?想定外だ!どうしたらいい?
「あっ、いや練習だよ練習。本気じゃなくて慣れるための練習・・・・。」
「それでも・・・バランス悪くない?」
バランス?どういうこと?
意外な言葉に僕は完全にパニックに陥ってしまった。
そうか・・・!彼女も僕では釣り合わないと思ってたのか・・・。
ちょっとガックリしたけど、なぜか僕は言葉を止めることができなかった。
「じゃあ、大学に入学するまでの期間限定ってことにすれば?そこで別れるって条件なら、バランスなんか気にしなくていいと思うけど・・・。」
「えっ?う~ん・・・・。」
「あっ、あと、この練習のことは他の人には絶対に秘密にするっていうのは?それだったら他の人の目を気にしなくていいし、バランスおかしいとか考えなくても・・・。」
考えてもいなかった言葉が次々と僕の口から零れ落ちる。
だめだ、完全に空回ってる・・・もう成功の見込みはないし、今からでも冗談ってことにした方がいいかもしれない・・・。
立ち上がって「ドッキリ大成功~!」みたいなおどけたポーズをしようとした瞬間だった。
本山さんがやっと口を開いた。
「大多が・・・それでいいなら・・・・。」
その瞬間、腰から崩れ落ちそうになるくらいの喜びが湧き上がって来た。
思わず、頬も緩みそうになったけど、そんな顔を見せるわけにいかない。
必死で口の中で内頬を噛んで表情を引き締めた。
「んっ・・・じゃあまあ練習だけどね・・・。」
「ん・・・わかった・・・練習ね・・・。」
お互い無表情で、他の人から見れば、ここでカップルが成立したなんてとても思わないだろう。
現に閉店の準備を始めた店員さんは、何の遠慮もなく早く退店するよう僕たちを急き立ててきたので、余韻に浸る暇もなかった。
一緒に歩いた駅までの道でも、電車の中でも、本山さんはずっといつもと同じようなポーカーフェイスで、いつもと同じような感情のこもらない無機質な声で世間話をしていた。
彼女が何を考えているのかまったくわからない・・・。
これでよかったんだろうか?
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