第19話 恩人 ※竜雲(ボス)視点

俺が、箕輪や斎賀ら森江支局のメンバーと、出現型ゲートから発生したモンスターを叩き終わって戻った時、薙乃と柊木はもう支局にいなかった。


「おい、なんであいつら勝手に帰してんだよ」

留守番をしていた局員に迫るが、食堂に行ったきり帰ってこないとか、食堂からプリンが届いてるとか、そんな話だ。


じゃあなんで、食べるつもりのプリンを置いたっきり帰って来ねえんだよ。

そんなのおかしいじゃねぇか。


二人の家に連絡を入れても、柊木のとこは『まだ帰ってない』だし薙乃のとこは誰も電話に出やしない。

柊木のとこはなんとか誤魔化して今日は支局に泊めるって事にしたが、あいつら本当にどこ行ったんだよ。


「竜くん、二人のGPSの最終探知位置が出たよ」

箕輪の声に、俺はノートパソコンをひったくるようにして覗き込む。


「は? 森江中央図書館……ってゲートの中じゃねーか!!」


しかも、位置情報は10時前を最後にもう4時間は消えたままだ。


何であいつらわざわざそんなとこに……。


そこまでで、今朝、薙乃が家で叔父さんと交わしていた会話を思い出す。

そうか、あいつの叔父さんが、あそこにいたのか……。


「俺達も行くぞ!」叫んで飛び出そうとする俺の腕を、箕輪が慌てて掴んだ。

「入っちゃダメだからね!?」

「はぁ!?」

「うちがバタバタしてたから、駆けつけてくれた門川支局の攻略隊がさっき潜ったとこなんだよ」

「門川……ってーと、道角んとこか……」

あいつんとこなら、まず無茶な事はしねぇだろーけどよ……。

「支援要請もないのに、うちが入ったら権利問題になるって」

「別に何も取りゃしねぇよ、うちんとこのが無事か様子見るだけだ」

「そんな言い訳通らないって、分かってるでしょ?」


「…………」


箕輪の言うことはもっともだ。

そんなの、俺だってわかってるよ。


どかっとソファに座れば、局員達がホッとしたのが気配で分かった。


くそ……。落ち着け、俺……。

周りの奴ら不安にさせてどーすんだよ。


「住民の避難誘導には出てるよな?」

「うん、A班とB班が行ってる。医療班も6班が出てるよ」

「そうか、じゃあ入り口までは行けるな」

「入らないならね」

「わかってるよ」

「竜くんは今のうちに少し寝たほうがいいよ、もう中学校のゲートからこっち、ろくに寝てないでしょ」


確かに、あの件は中学生に死亡者が出て、頭を下げに行かなきゃならないところが多すぎた。

なんで教育委員会まで俺達に文句つけてくんだよ。

発生率なんて俺の管轄じゃねーよ。


「……わかった。なんか動きがあったら起こしてくれ」

俺はそう告げてそのままソファに寝転がる。

「うん」

「絶対だぞ」

「わかってるって。ボクも命は惜しいからね」

箕輪の言葉に笑う奴はいなかった。

それほどに俺は鬼気迫る顔をしてたらしい。


はぁ……。ダメだな。

こんなんじゃ寝られそうにない。


「……東条、寝かしてくれるか」


「はい、わかりました」

まだ若い東条の声にも、疲れが滲んでいる。


「お前らも、休めるうち休んどけよ」

目を閉じたまま言った俺に「はい」やら「へい」やら「分かりました」やら、人それぞれの返事がくる。

皆、結構疲れた声してんな。

……そうだよな。

ここんとこ立て続いてたからな……。


「おやすみなさい、ボス」

医療班の東条がそうささやくと、まもなく俺の意識は深い闇へと沈んだ。








俺の能力は身体強化だ。


よく見えるとかよく聞こえるとか、重いものが持てるとか、早く走ったり高く飛んだりできるだけ。

ビームだとかも出せねぇし、火とか水とか操れるわけでもねぇ、パッとしねぇ能力だ。

しかもパシリにはもってこいだしな。


俺は生まれつき巡力が高くて、小学校に上がる頃には巡力130以上の奴に配られるSOSカードを持っていた。


SOSカードってのは、カードのボタンを押すと、すぐにコンカーが駆けつけてくれるという代物だ。


親は、俺と一緒にいるとモンスターに襲われやすくなるってわかった上で、家族4人で暮らし続けることを選んだ。


あれは、ザーザーと雨の降りしきる夜だった。

夜中に突然、俺の寝ている部屋にモンスターが現れた。


近くに開いたゲートから発生したモンスターは、この辺で一番巡力が強かった俺のいる家に、迷うことなくやってきたらしい。


俺は急いでSOSカードのボタンを押した。

2階で寝てたのは、俺と姉ちゃんだけだった。


姉ちゃんは、俺を庇ってモンスターの前に飛び出して、腕をちぎられた。


あんな簡単に、人の腕がちぎれるなんて、思ってなかった。


俺の頭をいつもぐりぐり撫で回してた姉ちゃんの手が、あんなとこに転がってるなんて、おかしいと思った。


許せなかった。あの化け物が。

だから思い切り殴った。

そしたらモンスターはあっさり吹き飛んで、家の壁まで無くなった。


危機に追い込まれると能力が発露するパターンは少なくない。俺もそんな一人だった。


1階で寝てた父さんと母さんが慌ててやってきて、血だらけの姉ちゃんを見て悲鳴を上げた。


そこにまたモンスターが来た。

俺は、今度も吹き飛ばしてやろうと思って、立ち向かった。


けど、父さんと母さんが俺を止めた。


俺は、ちょっと振り払うつもりで腕を振った。

でも父さんと母さんは、すっかり無くなった家の2階の壁部分から、外へとまっすぐ吹き飛んだ。


死んでしまうと思った。

俺が吹き飛ばしてしまった両親は、このまま地面に叩きつけられてしまうんだと。

俺が、俺を助けようとした父さんと母さんを殺してしまうんだと思った。


「父さん! 母さんっ!!」


駆け出そうとした瞬間、明るい声が聞こえた。

「はぁーい、大丈夫よー。危ないとこだったわねぇー」


俺の両親は、水で作られた大きな手のようなもので、地に落ちる前に受け止められていた。

その手に凛々しく立って、明るく笑っていたのが神山玲子さん……後の薙乃玲子さんだった。


「玲子さん、モンスターがあと三体」

振り返れば、いつの間にか知らないおじさんが部屋にいて、姉ちゃんのそばに座っていた。

手にはちぎれた腕を握っている。

「なっ、なにすんだよっ」

「大丈夫だ、元通りになるからな」

「元、通りに……?」

おじさんが手をかざすと、痛みに喘いでいた姉ちゃんの表情が和らいだ。

「マズいんだが、これをひと瓶飲み切れるか?」

「はい」と姉ちゃんは必死でそれを飲んだ。

おじさんは姉ちゃんの肩にちぎれた腕を重ねて、細くてキラキラした糸で繋ぎ合わせる。

「お? この糸が見えるのか。将来有望な坊主だな」

おじさんはそう言って俺の頭を撫でた。

それが、薙乃雄大さんだった。


二人は中央所属のコンカーで、俺が協会に入ってからも、よく声をかけてくれた。


時々飲みに誘われて、同期には言えないようなグチを聞いてもらったり、飯をおごってもらったりしていた。


森江支局の副支局長になった時には、祝いの席を設けてくれた。


その頃には二人には男の子がいて、玲子さんは「うちの子ももう少し大きくなったら森江支局のお世話になるわね」と言っていたし、雄大さんは「その時には竜雲が支局長かもしれないなぁ、うちの子を頼むぞ」なんて言って、大きなあったかい手で俺の背を叩いてくれた。


俺は、その言葉が嬉しかった。

本当に本当に……嬉しかったんだ……。


なのにどうして、俺はあの二人がいなくなった後、あの人達の子をちゃんと見てなかったんだ。


小学校からの高巡力者名簿には欠かさず目を通してた。

でもいつになってもそんな名前の子は上がってこなくて、引っ越したのかもしれないなんて思って終わりにしていた。


だから、あいつを見ても一目では気づけなかった。

名前を聞いて、心臓が凍るかと思った。


小さい頃の写真は何度も見せられていたし、何なら動画だってたっぷり見せられた。

ちゃんと五体満足な子だった。


――それが、どうしてあんなことになってんだよ!!


俺も、俺の家族も、皆あの二人が救ってくれたのに。

ちぎれた姉ちゃんの腕だって、ちゃんと元通りにしてくれたのに。


俺の家族は今だって元気に暮らしてるってのに、あの人達のたった一人の息子が、あんな身体になってたことが、俺には信じられなかった。


全部、俺のせいだと思った。


俺がもっと早く、二人の子が今どうしているのか調べていればよかっただけなのに。


俺の担当地区で、こいつはずっと生活してたのに。


忙しさにかまけて、俺が放っといたせいで、あの二人の大事な息子を守ってやれなかった。


俺に、「頼む」と言ってくれたのに……。


大切な恩人の頼みを、俺は…………。







「竜くん。竜くん起きて。ゲートの拡大が止まったよ」


箕輪が俺を揺すっている。

ああ、そうか。何かあれば起こせって言ったよな。


次の瞬間、俺はハッと覚醒する。

「ゲートが止まった!? 縮むのか!?」

「それはまだわかんないよ。現地に行って調べる?」

「ああ、すぐ行く。今何時だ?」

「まだ17時前。2時間ちょっとしか寝られなかったね」

「十分だ」と俺は答えて支局を出た。


今回のゲートは拡大型だったこともあり、ゲートの周辺は完全に退避が終わっていた。


「……静かなもんだな」

「この辺にはもう誰も残ってないからね」

「念の為、斎賀も呼んどくか?」

「斎ちゃんも少しは休ませてあげてよ」


そういう箕輪は今も専用車に積まれた機器を広げて、難しい顔でゲートの動向を探っている。

一番働き詰めなのはお前だろうよ。


「そういうお前は寝てんのかよ」

「寝かせてくれないのは竜くんでしょ?」


……それは、その通り過ぎた。


「あー……その……。……悪ぃな」

俺は視線を泳がせて、首の後ろに手を回す。


「謝罪はいらないんだけど、休みは欲しいんだよねぇ……」

苦笑するように呟いた箕輪が、ノートパソコンの画面をこちらに向けた。


「ゲートは今のところ安定、縮む様子はないよ」


「は? じゃあ、もう……?」

俺は思わず目を見開く。こんなに早く片が付くなんて、思ってもいなかった。

もう、中では門川の奴らがボスを倒したってのか。

「早ぇな……」

俺のつぶやきに箕輪がうんうんと頷きながら答える。

「そうだね。こんな大きさのゲートは前代未聞だし、もっと何日もかかって、ボクたちにもお呼びがかかるものと思ってたよ」


中に入れないのは残念だが、この早さでボスが倒せたなら、中の人間の生存率も高そうだ。


「それじゃあ、ボクはちょっと寝るから。今度は竜くんが見張り番ね」

箕輪はそう言って車の座席の背もたれを倒す。


「おう、お疲れさん。しっかり休んでくれ」

答えた俺は、箕輪が開いて行ったノートパソコンのゲート監視画面が見えるとこで、自分のタブレット端末で森江支局のメンバーと連絡を取ったり、書類仕事を片付けた。






――それからたっぷり9時間が経った。


俺の残りわずかな忍耐力は、限界を迎えていた。


箕輪が「ふわぁ、よく寝たぁ……。うう、座席で寝過ぎて腰痛くなっちゃったよ」と起きてきた。

時刻は深夜の2時を回っている。


「なんで誰も出てこねーんだよ!!」

俺はどうにもならない苛立ちに叫ぶ。


「ボクに言われても知らないよ」

「斎賀を呼べ。うっかり手が滑って突き落としてやる」

「それは全然ウッカリじゃないからね!?」

箕輪は文句を言いつつも、ノートパソコンを開くと何やらカタカタやり始めた。

「ええと、寝てる間に考えてて……」

いや、お前。寝てる時くらい頭休めとかねぇと、それこそずっと働き詰めだろ。


「これはボクの勝手な仮定なんだけどさ」

そう前置きをして、箕輪はいくつかの図を俺に見せた。


「もしゲートの大きさと、ダンジョン内部の大きさが比例するとしたら、今までのゲートのダンジョンのサイズがこう。で、天井の高さが大体ここからこのくらいね」

箕輪の言葉に合わせて、マウスポインターが数字の上をなぞっていく。


「この割合がそのまま適用されるとしたら、今回のダンジョンは、天井高が少なくとも300メートルを超えてると思うんだよね」

「300メートル……?」

「そう、東京タワーくらい」


「はぁ!? そんなん、中にいる操作系の人数だけじゃ脱出路が作れねぇだろ!」


「うん、だから出て来ないんじゃないかなーって思ったんだ」

「そんなら、こっちから操作系のやつを送ってやるしかねーだろ」

「まあそれは、中央がそう判断したら。だね。ボクは一応この仮説をまとめて中央に提出しておくから」


箕輪はそう言うと、ノートパソコンをカタカタやり始めた。

「俺に出来ることは何かねぇのか」

「じゃあ、ボクと待機中の医療班の人達に差し入れ買ってきてよ」


結局、パシリ以外に俺に今出来ることはねぇのかよ。


「……くそっ」

悪態をつきながら車からエコバッグを引っ張り出す俺に、箕輪が声をかける。

「もー、なんでそんなイライラしてるのさ? いつもの竜くんらしくないよ。そんなに中の子が心配?」

「ああ」と俺は即答した。

そうだな……。こいつにだけは言っておいたほうがいいか。

俺がどうしようもなくマズイ行動をとってしまった時、ちゃんと切り捨ててもらえるように。


「箕輪、お前にだけは言っとく。俺は、あいつを助けるためなら、命も立場も捨てちまうかも知れねぇ。そうなった時は……」


「ちょっ、何その本気ぶり!? 柊木ちゃんはまだ中学生だよ!? しかも付き合ってるとかでもないんでしょ!? 流石のボクでもドン引きしちゃうよ!?!?」


……。


待て待て。そうじゃない。

そうじゃないぞ!?

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