第20話 恐怖 ※前半少し竜雲(ボス)視点

「待て箕輪っ、誤解だ! そうじゃない!!」


俺はドン引きの箕輪の両肩を掴むと、慌ててこれまでの経緯を説明した。

長い話だったんで、途中で買い出しにも行ったし、もちろん実働班に差し入れと声かけもしてきた。

箕輪は最後まで聞いてから「それで昨日はわざわざ薙乃くんを迎えに行ったんだ」と苦笑した。


「ああ、叔父さんとやらの顔も見たかったしな」

「もしそれで、薙乃君の叔父さんが、竜くんの気に食わないような奴だったらどうする気だったのさ」

「玲子さんの弟が、嫌な奴なわけねぇだろ」

「はー……、心酔って怖いねぇ」

「恩があるって話だ。別に酔っちゃいねぇ。ただ薙乃が今どんな場所でどんな暮らしをしてんのか、俺が直接見ときたかったんだよ」

「ふぅん、反省してるんだねぇ」

「……これ以上、後悔したくねぇからな」


そんな話をしてるうち、空が明るくなってきた。

「よし、送信っと」

箕輪がタンッと勢いよくキーを叩いた。

「お、中央に出したのか?」

「うん、資料しっかり集めたら、ボクの仮説を裏付ける数字がズラッと揃ったからね。これは間違いないと思うよ。今日の会議に回してもらえれば、早ければ今夜くらいには意見がまとまるんじゃないかな」

「そんでも今夜か……。俺もちょっと寝るかな」

「そうそう、竜くん結局2時間しか寝てなかったしね。今のうち休んでおかないと、本当に頑張らないといけない時に動けないよ」

「そーだな」

俺は苦笑して座席に寝転んだ。


箕輪に話してよかった。

人に話すことで、俺も少しは整理できた。


過ぎちまった過去は、どんだけ悔やんでも、取り返せない。

俺は、これからの人生全部で、あいつの面倒を見る。そう決めた。

つーか、今から俺にできることなんて、これしかねぇしな。


そのためにはまず、しっかり休んで、あいつらがここから出るときにサポートしてやらねぇとな。


しばらくぶりに、スッキリした気分で目を閉じれば、睡魔はすぐに迎えにきた。







んん……。

日陰とはいえ、日中の車内は流石に暑ぃな……。

箕輪みたく暗いうちに寝とくべきだったか……。

それでもずいぶんと軽くなった身体に、やっぱり睡眠は大事だと痛感する。


今……何時だ……?

腕時計に視線をやれば、時計の針は14時に近づいていた。

8時間くらい寝たのか。ここ最近の睡眠時間としては最長だな。


車のドアを開けた瞬間、俺は地の底から湧き上がるような強い巡力を感じた。


ピピピピピピと箕輪のノートパソコンが警戒音を鳴らす。

「竜くん起きて! ゲートから何か来る!!」


俺は車から飛び降りて一瞬でゲートに駆け寄る。


ドパッとゲート周りの空間まで巻き上げるようにして、勢いよく飛び出してきたのは、薙乃たちが乗ってたのに近い雰囲気のロボットだった。





*** ※ここから主人公(薙乃 啓)視点




俺たちの乗った機体は、地上60メートルほど……つまりマンションの20階あたりの高さまで上がると、じわりと自由落下を始めた。


「ぴえぇぇ」

今聞こえたのが柊木さんの断末魔なのだとしたら、可愛すぎるな。


エアバッグは装備しているが、その程度で何とかなりそうな高さじゃない。

どうも現在の俺の巡力総量では、気合いを入れるにしても全力を出すのはまずいようだ。

もっと繊細な巡力コントロールができるようにならないとな。


「柊木さん、ちょっと改造してみる。集中して」

こんな無重力の最中に、我ながら無茶振りをしていると思う。

それでも、柊木さんは「ひゃいっ」と健気に返事をした。


俺と柊木さんの被っているヘルメットは額の内側部分に巡力を流しやすい金属版が取り付けてあり、そこから2つのヘルメットを太い配線で繋いでいた。これで、額を付けなくてもそれなりの精度で彼女の能力を使うことができる。


ロープを等間隔に切断して、コックピットを保護するドームガラスとロボット本体に等間隔に装着。

次いでドーム状のコックピット上部を切り離す。


これで多少歪ではあるがドームをパラシュートがわりに減速したい。


ボッと音を立ててガラスドーム部分が離れる。

剥き出しのコックピットに座る俺たちを風が襲う。

こんなことならフルフェイスのヘルメットにすればよかった。


減速には成功したが、まだまだ安全な着地には程遠い。


何かないか!?

何か、他の手は……!


――そうか、手だ!!


俺は収納していた両アームを広げて飛行機の翼に似せて改造すると、風をとらえるように角度を調整する。


さらに減速はしたが、着地予定の公園はとっくに通り過ぎてしまった。


公園を囲むオフィス街の向こうは住宅地だ!

なんとか旋回を……!!


瞬間、吹き込んだビル風にドームがあおられ角度を変える。


マズイ!


空気を掴み損ねたロボは、大きく揺れて急速に落下した。


激突する!!

俺は翼を操作して姿勢を変えると、ロボの脚でビルの壁を蹴る。

ビルへの激突は避けても、落下は避けられない!!


「落ちるよ!」

柊木さんには着地時に歯を食いしばるよう伝えてある。舌を噛むとまずいからな。


予定よりずっと落下速度はあるが、可能な限り減速はさせた。

後は、衝突タイミングで、俺が機体の全方向に向けたエアバッグを開くだけだ。

剥き出しのコックピット前方に、地面が迫る。


俺はこんな景色を前にも……。


外せないタイミングに指先が震える。


――ああ……違う。


これは俺が、落ちるのが怖くてたまらないんだ……。


気付いてしまった途端、スーッと指先から血の気が引いてゆく。


今はダメだ!


今だけは、耐えてくれ!!


俺は柊木さんを守らなきゃならないんだ!!


エアバッグを、俺が開かなきゃ――……!!


動かない指先に青ざめる俺の前に、何かが現れた。


「まぁた無茶しやがって、お前らはっ!!」


聞き覚えのある声。

次いで、ズガガガガガッと地面の抉れる音が耳を貫く。

けれど、体に加わる衝撃はささやかだった。

「ぇ……」

俺たちの乗ったロボは、ボスの両腕にしっかり受け止められていた。


「……ボス……」

こわばってしまった指先を、何とかほどいて、胸元まで引き寄せる。

どうしてエアバッグを自動化しておかなかったんだろう。

手動の方が最善のタイミングで開けるなんて。

どうして自分の過去を棚に上げていたんだろう。

たくさんの巡力を手にして、知らず気が大きくなっていた?

俺の身勝手さが、傲慢さが、危うく柊木さんを殺してしまうところだった。


その事実に、ぞくり、と背筋が震える。


「わぁ、ボスっ、助けにきてくださったんですか!? ありがとうございますっ」

後ろから聞こえる柊木さんの声が、何だか遠い。

「おう、つーかお前ら何でそんな無茶ばっかするんだよ。これじゃ俺の心臓いくつあっても足んねぇだろ」

「えへへ」

「何でそこで照れんだよ、どっこも褒めてねぇよ」

「えっ、そうなんですか!?」


キキィッと車の止まる音がして、バタバタンッと扉の音が続く。

「ほいほーい、医療班連れてきたよーっ。みんな生きてるーーっ?」

えっほえっほと走ってくるのはきっと箕輪さんだろう。


「薙乃さん? 大丈夫ですか?」


……あれ、おかしいな。


「おい、しっかりしろ! 聞こえてるか、おい!?」


外はまだ明るい時間のはずなのに、すごく……暗……い……。


そこまでで、俺の意識は途切れた。

貧血で倒れる俺の肩を支えてくれたのは、父さんみたいな大きくて温かい手だった。







……ずっと遠くで、誰かが話している声が聞こえる。


何人かの男性の声と、ホワホワした女の子の声だ。


「ちょっと竜くん、落ち着きなよ。誰が見てるかわかんないよ?」

「この辺にゃ誰もいねぇだろ」

「いやいや報道ヘリとか来るからさぁ、とにかくちょっと座んなよ」


ああ、そうか、俺は着地の恐怖で気を失ってしまったのか。


……全く、つくづく自分が情けないな。


「おい東条、どうなんだ。薙乃は大丈夫か?」

「大丈夫かどうかで言うなら大丈夫ですよ」

「顔色が真っ青じゃねぇか」

「一時的な貧血ですよ。緊張しすぎてたとか、怖い目に遭ったとかじゃないですか?」

「「怖い目……」」

同時に呟いたのは、柊木さんと箕輪さんのようだった。

「なんだお前ら。なんか心当たりあんのか?」


「あ……、ありますけど……個人情報だから言えませんっ」

「はぁ!?」

「うん、ボクも二人の会話記録チェックしたからあれかなーってのはあるけど、かなりセンシティブな内容だったし、ボクの口からはちょっと言えないかな……」

「はぁあ!?」

「竜くんは管理ログ見る権限あるんだから、後で見ればいいでしょ」

「っ、そんなん言われた後にこっそり見るとかできるかよ!」


俺は、ボスと道角さんのことをぼんやり思い浮かべる。

支局長っていうのは、どの人も、何だか生きづらそうな生き方をしてるよな。

中央には逆らえないけど、一般人にも大きく出られないし、その上局員の面倒から責任まで負わないといけないんだもんなぁ。

ああ、こういうのを中間管理職っていうのか。

父さんがテレビを見ながら「中間管理職だけはやりたくねぇな」なんて呟いていたのはこういう人たちが身近にいたからかもしれないな。


遠く聞こえていた皆の会話が少しずつ近づいてくる。

冷え切って動かなかった指先にも、じわりと熱が戻ってきた。


「気になるなら本人に聞いてみたらいいんじゃないですか? もうすぐ貧血治りますよ」

「東条……、お前貧血治してたのか」

「ええ? 貧血とか治せるものなの?」

「いや、俺も初めてやってみましたが、リンパマッサージの応用みたいな感じで巡力使ったら治せました」

「お前天才だろ」

「東条くんすごいねぇ」

「これで血がダメじゃなきゃ即一軍なのになぁ」

「え、東条さんって血が苦手なんですか? 医療班なのに?」

「ちょっ、言わないでくださいよ!」

「あれ、そういえば東条さんって今日お休みなんじゃなかったですか? 昨日『明日は久々の休みだー』って言ってませんでしたっけ」

「……たまたま近くを通りかかっただけです」

「えっ、この辺って避難指示出てませんでしたっけ?」

「たまたま近くを通りかかっただけですっ」

「柊木ちゃんその辺にしといてあげてよぅ」

「いや柊木はこれ全然悪気ねぇんだよ。ここが怖いんだよな、こいつ」


そこへ、もう一つ女性の声が混じる。

こちらは凛として溌剌とした中に女性らしい美しさを感じる声だ。

話す内容は、いつも少しだけポンコツだったが。

「あれぇー? なんかこのへんピカピカしてると思ったら、何でみんなこんなとこに集まってんの? ゲートはもっと向こうだろ?」

「あらら、斎ちゃんも来たよ。みんなボスが好きだねぇ」

「べっ、別にぃ? 僕はたまたま近くを通りかかっただけだし?」

「それはもう東条くんがやったから」

「なにそれ」

「二番煎じってやつだ」

「なにそれ!?」

「わかんねーのかよ。お前は暇ならさっさと大学行って卒業してこい」

「休学中だから授業ないもーん。僕を正式に雇ってくれたらすぐ辞めてくるよ?」

「辞めるんじゃねぇ! 大卒になってから来いっつってんだよ!」


ああ、何だか安心するな、この感じ。

やっぱり、ボスの側は居心地がいいんだろうな。

だから皆、自然と集まるんだ。


「薙乃くん、聞こえるー? 貧血治したよー」

東条さんの柔らかな声が近くで聞こえた。

俺は、そっと目を開いた。


「あっ、薙乃さんっ、目が覚めてよかったですぅぅぅ、大丈夫ですか?」

「うん、大丈夫だよ。心配かけてごめん。それと、危ない目に遭わせてごめん……」

「大丈夫ですよ、こんなのいつものことです」


え、そうか……?

俺ってそんなにいつも柊木さんのこと危ない目に遭わせてるっけ……?


今までのあれこれを振り返ってみる。確かに毎回柊木さんはピンチだった。


「そうか、いつもか……」

思わず凹んだ俺を置いて、柊木さんは周囲を見渡す。


「それより、早く滑車とロープを設置して戻らないとですよっ」


「そうだ! 今何時?」

「えっと、14時半です」


俺は30分も寝ていたのか!?


「ボス、森江支局の皆さん、助けてくださってありがとうございます!」


「なんだ、もう行くのかよ」

ボスはどこか寂しそうに呟くと、俺を抱えてコックピットに戻してくれた。


「滑車とロープって、何するの?」

尋ねる箕輪さんに、俺は収納ボックスから図面を取り出す。

「あ、箕輪さん、ちょっとこれ見ていただけますか」

箕輪さんがほいほいと返事をしながらコックピットに上ってくる。


ボスは何も言わずに俺のシートベルトをしっかり締めると「怪我すんなよ。早く帰ってこいよ」と言って頭をグシャグシャと撫でて去った。

ボスのこういうやり方、何だか父さんに似てるんだよな。


俺は箕輪さんに計画の説明をして、滑車の保持をお願いする。

「わかった、こっちは任せといて」

「お願いします」

「ねーねー、なんで薙乃くんそんなキラッキラになってんの?」

斎賀さんが不思議そうに尋ねてくる。巡力のことだろうか。

「また戻ったら説明しますね」

「ちぇー。じゃあここで待ってるから、早く帰っておいでよぉ?」

斎賀さんと入れ替わるように、東条さんが駆け寄ってくる。

「俺の私物なんだけど、巡力ポーションいる?」

なんだ、本当に皆結構持ってるもんなんだな。

いやでも貴重なことに変わりはないか。

「大丈夫です、持ってます」

俺が苦笑すると東条さんは「そっか、頑張ってね」と笑った。

柊木さんは後部座席につく前に、俺にヘルメットをかぶせて行ってくれた。この二つのヘルメットは繋がってるから、近くでかぶるしかないんだよな。

柊木さんがヘルメットをかぶるのを確認して、俺はロボを起動させる。

各部のチェックをすると、ありがたいことに破損箇所はほとんどなかった。

「柊木さん、まずはロボを戻そう」

「はいっ、いつでもどうぞ」

何だか柊木さんの返事も頼もしくなってきたな。

ロボを元の形状に戻した俺たちは、当初の予定通りに、ロープを滑車に通して滑車を地上に固定した。

ゲートを出たところに、降り場としての足場も作る。


次はこのロープを下まで引いて、カゴと滑車に通して繋ぐ作業だな。


「じゃあ、行ってきます」

ゲートの淵に立つロボの背に4つの声がかかる。

「おう、しっかり気ぃつけろよ!」

「こっちの滑車は見とくからね。頑張ってねー」

「怪我しないようにね」

「早く帰っておいでよぉー」


「柊木さん、行くよ」「はいっ」

俺は、跳びすぎないように気をつけて、小さく跳んだ。

こうして、俺たちはダンジョンへのゲートをもう一度くぐった。

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♿君と一緒にロボットを作って🔧 弓屋 晶都 @yumiya_akito

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