第18話 ジャンプ
「そうだよな、少し前に学校の研修旅行で行ったよ」
「行きましたっ!」
「そんで乗ったよな、350メートルの高さを50秒で移動する、分速600mのエレベーターに」
「そ、そこまではわかりませんが、ひとクラス全員乗れて、いっぱい乗れるなあって思いました」
「ああ、確か40人乗りだった。ダンジョン内には雨も風もないし、その辺の計算はいらないな」
俺はロボの下にいた叔父さんに声をかける。
「叔父さん! スカイツリーのエレベーターに関する資料があったら持ってきてほしい、あとロープーウェーの資料も!」
俺の言葉に、叔父さんは「うん、わかった!」と立ち上がる。
なんで気づかなかったんだろう。
俺たちは今まで2回もエレベーターを改造していたくせに。
下から上まで全員が一気に通れる道を作ろうとするから難しかったんだよ。
避難者には老人も子どももいる。
カゴに入れてロープで運ぶのが一番早くて安全じゃないか。
それに、これなら全体面積もコンパクトに済む。
ロープの長さを思うとそれなりではあるが、今まで考えていた建築型に比べれば圧倒的にコンパクトだ。
これなら柊木さんの処理能力でもなんとかまかなえるだろう。
早速設計の概要を思い浮かべながら、それでもやはり、今回も彼女に多少の無理を強いることにはなるな……と気づく。
「柊木さん、これでも結構、組み立てる時はキツイと思うよ……?」
「大丈夫ですっ、頑張りますっ!」
柊木さんは胸をドンと叩いて、軽くむせた。
……本当に大丈夫か? という思いを飲み込んで、俺も言う。
「ああ、頼りにしてるよ」
結局いつも、俺は柊木さんを頼りにしているし、彼女ならそれに応えてくれると思ってしまっている。
ああそうか。
重めに信頼されてるのは、俺だけじゃなかったな。
苦笑を浮かべた俺に、柊木さんはニッコリほほえんだ。
***
道角さんに脱出ルートの案を話すと、図書館内に避難していた人の中からロープーウェイやエレベーターに詳しい人を募ってくれた。
そうして、俺の図面は5人の大人の目でチェックを受けて、その日の昼には設計部分のGOサインが出た。
俺が見落としていた意外な部分の指摘もあったし、もっと効率的な回路案ももらって、これからのロボ作りにも生かせそうな知識をたくさん得た、充実した午前中だった。
図面が完成した後も大人達は、今後こういった天井高型のダンジョンが出た際に外から中に降ろせるような井戸状の折り畳み式装置を作ったらどうかとか、そんな話でずっと話し合っている。
柊木さんは途中から「もうわかりませんんんん」と離脱していたが、彼女が理解している必要はないので大丈夫だ。むしろ彼女にはこの先で頑張ってもらわないといけないので、今はゆっくり頭を休めていてほしい。
さて、今回の形式はエレベーターというよりもロープーウェイに近い仕様となったが、どちらにせよ一番大事なのはゲートの外に取り付ける滑車だ。
俺はロボに固定されたスマホで時刻を確認する。
もうすぐ14時か。
今俺たちは、俺と柊木さんで作った強力なロープと滑車を格納したロボに乗り込んでいる。
このロボで、まずはゲートの外に出る。そして滑車とロープを取り付けて戻ってくるという算段だ。
ちなみに、ロープや滑車の材料は、ダンジョン内に飲み込まれた各種車両から拝借している。
この辺りの材料調達も、大人達の協力を得られてからはスムーズだった。
柊木さんの操縦席も、図書館の移動図書カーの運転席を借りたのでもう固く冷たい椅子ではない。
ちなみに、これらを作った後、巡力ポーションは俺が飲んだ。
ポーションは、俺が覚悟していたほど酷い味でもなかった。
まあ、飛び降りたての頃は内臓もそこそこやられてたので、検査で色々まずいもんも飲まされたからな。
俺にしてみれば、バリウムほど飲みにくくはない。
味はバリウムのほうがマシだが、俺はあの息の詰まるようなペンキ感が苦手なんだよな。
ともかく、俺の方が柊木さんよりも巡力を保有できる量がずっと多いので、ポーションは俺が飲んだ。
まあ、限界を越えればまた前のように熱を出したりする可能性もあるし、様子を見つつではあるが、俺の体は上位ポーション1本分の巡力を残さず保有した。
次は、俺の巡力を彼女に必要な分だけ回す。
「薙乃さん……恥ずかしいです」
「大丈夫だ。俺も恥ずかしい」
「何にも大丈夫じゃないですぅぅぅぅ」
俺の右手と柊木さんの左手、俺の左手と柊木さんの右手をそれぞれなるべくピッタリ、ずれないように重ね合わせると、結果的に向き合って両手で恋人繋ぎをすることになるわけだ。
「気にしない気にしない。別にそうおかしいポーズじゃねーって、俺らも仲間と巡力分ける時よくするしさ」
玄雨さんがそう言って励ます。
いかついコンカー達が戦場でこんなポーズをしてるのは、なんだかもっと嫌な気がするが……。
玄雨さんがスッと俺のそばにきて、小声で尋ねる。
「つか啓君めっっちゃくちゃ眩しいんだけど、君って巡力上限いくつなん? 俺が今まで見てきたコンカーの中でもダントツの眩しさってか、もしかして400とか超えてたりする?」
400……?
……もしそれが本当なら、あのポーションは1本で200ほどの巡力が入っているんだろうか。
「いやー、ほんとに薙乃さんたちの子なんだなぁ……」
玄雨さんは、遠い記憶の中二人を思い浮かべるように目を細めながら離れた。
「よ、400……ですか……?」
柊木さんが、聞いたこともないような数字にひきつっている。
そうだよな。140ですら滅多にいないのに、400なんて……。
そんなの世間にバレたら、親元から離されて中央に閉じ込められる……だけで済むんだろうか?
ぞくりと、背筋に悪寒が走る。
両親が、俺に嘘をついてまで俺の力を隠していたのは、何より俺のためだったんだな……。
「えっ、あれ? パートナーちゃんも聞いてなかった? うわ、俺また口滑らした!?」
青くなる玄雨さんの『また』って言葉が引っかかる。
この人多分、口が災いの元になるタイプだな……。
俺は尋ねた。
「ええと、巡力量って他のコンカーさんも見れば分かるものですか?」
「んー、そーだなぁ、うちの探索チームは俺含め3人とも分かると思うけど、他は……医療の子と操作のあの子は分かるかな。あとは局長もザックリわかるだろーな」
無駄かも知れないと思いつつも、俺は玄雨さんに、巡力量についてはなるべく口外しないでくれるように頼む。
「おう、わかった!」
という快い返事は、やたらと軽く聞こえたが、気のせいという事にしよう。
俺は前に向き直ると、心ここにあらずといった様子で「400……」と小さく呟いている柊木さんに、声をかける。
「柊木さん、巡力を流すよ」
「は、はい……」
大丈夫だろうか。
俺は少しずつ右手から巡力を流し始める。
……いや、全然ダメだな。
流した巡力は、ほとんど受け取られることなく二人のてのひらの隙間からあふれて消えた。
「柊木さん集中して、こぼれてるよ」
「わわっ、ま、待ってくださいっ」
「うん、一度止めるから、準備ができたら言って」
「は、はい……」
柊木さんがゆっくり深呼吸をする。
「……柊木さんが動揺するのも、正直分かるよ。俺だって、もう長いことずっと……『もっと巡力があれば』なんて思ってたんだし……」
「えっ、もしかして、薙乃さんも驚いてるんですか!?」
「そりゃそうだよ。むしろ、俺が一番驚いてる」
「そ……、そうですよね……驚きますよね……。聞いただけの私でも、こんなに驚いてるんですから……」
ぽかんと驚いたままの顔で呟いた柊木さんが、本当に心底驚いた様子で、俺は思わず笑ってしまう。
「ちょ、ちょっと笑わないでくださいっ」
「ごめんごめん」
玄雨さんが、柊木さんの後ろでさっきよりさらに青い顔をしている。
まさか俺も知らなかったなんて思ってなかったんだろうな。
「もう大丈夫です。落ち着きました」
柊木さんの言葉に、俺は「じゃあいくよ」と巡力を流し始める。
今度は順調だな。
巡力はスルスルと柊木さんの左手に吸い込まれていく。
「もう少し量を増やしていい?」
「はい」という柊木さんに、俺は少しずつ流す量を増やしていく。
あんまりもたもたやっていては、配置についているコンカー達が待ちくたびれてしまうからな。
ん、今ちょっとこぼれたか……。
柊木さんは気付いていないようだ。俺は少しだけ量を減らした。
「なんか、薙乃さんの巡力ってぽかぽかあったかくて、お風呂に入ってるみたいですねぇ……」
幸せそうな顔をしてるところ悪いけど、もうちょっと集中してほしい。
彼女を驚かせずに伝えるには、何と言ったらいいか……
「ありゃりゃ。柊木ちゃん、ちょいちょいこぼれてるよ」
玄雨さんの言葉に、柊木さんが「ひゃいっ」と肩を揺らす。
うん、盛大にこぼれた。
そんなこんなで、ロープや滑車を作ってロボも改造したが、柊木さんは現在巡力満タンだ。
安全対策もエアバッグにシートベルトにヘルメットと、これまでより格段に充実している。
ロボの足は、ジャンプ力に全振りした形状に変更している。
ぎゅっと折りたたまれたバッタ並みにでかい足は、伸ばせばコックピットの何倍もの長さになる。
そんな足が、ロボの下にはもう3段階つけられている。
切り離し予定の足3つには、操作系能力者のコンカーに、切り離し後10秒間だけその場に留まるという、空間固定機能を付与してもらっていた。
まだ若そうな操作系能力者のお姉さんは、3つ分の空間固定を設定すると同時にダウンしていたので、かなり難しい部類の操作なんだろうな……。
ともあれ、無事完成したこの新形態は、3段パージジャンプロボと名付けた。
柊木さんには「そのまんまですね」と言われてしまったが。
そういや、名付けで思い出したな……。
俺は、道角さんと柊木さんの会話で突っ込み切れずに気になっていた点を口にした。
「ところで柊木さん、なななって何?」
「えっ」
俺の問いに柊木さんが後ろからおずおずと答える。
「私の……名前……ですけど……」
「柊木、なな……?」
「ななな、です」
「な、多くないか?」
「よく言われます……」
「どんな字書くんだ?」
柊木さんは俺がロボの中に持ち込んでいた図面の端っこに小さく氏名を書いて差し出した。
『柊木 菜々㮈』
いや苗字は知ってる。
俺は紙とペンを飛び出さないようボックスにしまいながら言う。
「なんか……木が多くないか?」
「よく言われます……」
「お姉さんは菜々だったりするのか?」
「違いますよぅぅぅ」
「お二人さん、いいかー?」
声をかけてきたのは玄雨さんだ。
俺たちの周囲には操作系のコンカーたちが待機している。
彼らには、俺達が途中で切り離した脚部を、住宅に落ちる前に回収する役目がある。
「柊木さん、いい?」
「はいっ」
俺は「いつでも行けます」と玄雨さんに返事をする。
玄雨さんは「じゃあカウントするぞー」と10カウントダウンを開始した。
玄雨さんは意外と器用な探査系能力者のようで、ずいぶん離れた図書館に残っている道角さんとも巡力の色や形で通信ができるらしい。
俺には巡力はどれも白っぽく光って見えるだけだが、違いの分かる人には分かるんだなと感心する。
そういえば、森江支局の斎賀さんもモンスターの位置が分かる様子だったし、探知能力が高いっていいよな。
「ぅぅ……」と柊木さんの小さなうめきが聞こえる。
どうやらずいぶんと緊張しているらしい。
「大丈夫だよ。もし落ちても操作系の人が助けてくれるから」
「はぃぃぃ」
俺は苦笑を浮かべて、左右の操縦桿を握り直す。
4、3、2、1、とカウントが進む。
玄雨さんは0の次に「発射!」と叫んだ。
俺たちはロケットか!?
頭の端で突っ込みながら、俺はロボを全力でジャンプさせる。
ぐんぐんと上空へ進むロボの勢いがジワリと落ちる、瞬間、第1脚を切り離し、それを足場に第2脚でジャンプする。
くっ、ジャンプ時にかかるGが半端ないな……。
「ぅきゅぅ」と空気がもれるような声は柊木さんだ。
『ジェットコースターもフリーフォールも大好きなので、多分大丈夫です!』
と言ってはいたが、果たしてこれはどうだろうか。
無重力になる瞬間の、ぞわりとした浮遊感、それを感じるか感じないかの辺りで、第2脚を切り離して第3脚でとび跳ねた。
もうゲートは目の前いっぱいに広がっている。
それなのに、ゲートがあまりにも大きくて距離感が掴めない。
全然届きそうな気がしない。
「くそっ」
「もうちょっとですよっ!」
俺は第3脚を切り離すと、巡力をたっぷり込めて最後に残ったロボ足でとび跳ねる。
「「届けぇぇぇぇ!」」
俺と柊木さんの声が重なる。
ズボンッとロボがゲートに突っ込んだ。
そのまま軽い水の中を一直線に進んで、俺たちは一気にゲートを抜けた。
ドパッという音と共に。
やたらと勢いよく。
……まずいな、ちょっと気合を入れて跳びすぎたかもしれない。
みるみるうちに、俺たちの町が足の下で小さくなっていく。
「……あの、これ、……着地ってどうするんですか?」
柊木さんの質問に、俺は「こんなに高く跳ぶ予定じゃなかった」とだけ返した。
「ひえぇええええぇぇぇぇ!?」
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